第5章(2)
まだフィルに胸ぐらをつかまれたままの亭主は、苦しそうな声でそう言った。
「くそっ」
フィルは亭主から手を離すと、腹立だしそうに呟いた。側で様子を見ていたルイスはフィルに言った。
「クリスティーナを助けに行かなくちゃ」
「ちぇっ、やっかいなことになりやがって」
フィルはそう言うと、一旦部屋へと戻り、フィルから借りたシャツを脱ぎ捨てた。そうしていつもの自分の服へと着替えると、月の光を背中にしっかり装備した。今日はいつもと違い、服の中ではなく、服の上から縛りつけていたので、剣の見事な様子が誰の目にも一目で分かった。
「今日は隠さないんだね」
「これから戦いに行くのが分かっているのに、隠す必要はないだろ。それより星の石はその包みの中にあるんだよな」
クリスティーナの荷物の中の小さな包みを指差しながら、フィルは尋ねた。
「うん、そうだよ。まさか渡すの」
「そんなわけないだろ。ここの亭主もグルなんだから、置いておくと盗まれるだろ」
「あ、そうか。それにしても、どうせ僕達の宿代でもらえるんだから、ここの主人がグルになることないのに」
「星の石一個じゃなくて、もっと欲しいってことだろ。おまえはほんとにおめでたい奴だな」
フィルはそんなことも分からないのかと、迷惑そうな顔をした。
「そっか。とにかく助けに行かなくちゃ」
そう言うとルイスはクリスティーナから貸してもらっているあの細身の短剣に目をやった。一瞬、持って行こうかどうしようか、ルイスの中で迷いが生じたが、結局彼はその短剣を手に取り、身に着けることにした。
「俺が星の石を預かるが、それでいいな」
フィルはルイスのためらいに微塵も気づいていないようだった。
「うん、もちろん、いいよ」
ルイスは慌ててそう答えた。フィルはしっかりと星の石の包みを自分の体に縛り付けると、用意のすべては整ったとばかりに、ルイスに言った。
「じゃあ、行くぞ」
「うん、行こう」
二人は急いで階段を駆け下りると、カウンターの亭主には見向きもせず、とうの昔に日が暮れてしまった夜の町の中へと出て行った。
夜の町は昼間の賑わい同様、華やかなものだった。立ち並ぶ店の前には、変わらず多くの人々が行き来し、欲しい物を買い求める者達が、あちこちに見受けられた。フィルとルイスは、本当は走って突っ切って行きたかったが、あまりの人の多さに、その隙間を縫うように歩いて行かなければならなかった。フィルは思わず舌打ちしをしたが、しかたなくその人の流れに乗りながら、大通りまで歩を運んで行った。こうして大通りまで実際に来てみると、朝来た時でさえ、人をはばかるような雰囲気があったが、夜改めて見ると、その印象は更にますます強まっているように見えた。できればこの通りを歩きたくない。ルイスは、はっきりそう思ったが、この先に行かなければクリスティーナを助けられないのだと思うと、立ちすくんでいるわけにもいかなかった。
「よし、じゃあ走るぞ」
ルイスの気持ちとは裏腹に、フィルは気合いを入れて、ルイスに声をかけた。
「えっ。うん」
二人は一気に走り出した。彼らの足音が静まり返っている大通りに反響していく。するとどうだろう、辺りの並木が風もないのにざわざわとざわつき始めた。一瞬背筋がぞっとしながらも、ルイスはきっと気のせいに違いないと思うようにした。そうでもしないと、この通りを通りぬけるには、かなり勇気がいった。どう見ても、木がこちらを見張っているような気がしてならないのだ。しかも今回は怒っているようなそんな不思議な感覚が、ルイスにつきまとって離れないなのだ。それはまるで我らの眠りを妨げる者は決して許さないと言っているように思えた。フィルも敏感にその雰囲気を感じ取ったのか、倉庫に着くまで、一言もしゃべらなかった。フィルとルイスはなるべく余計な音を立てずに、慎重に走って行った。そのうち、亭主の言っていたように二つ目の横切っている道が現れ、そこを右に行き、更に走って右に行くと、倉庫らしき大きな建物が夜の闇の中に佇んでいた。ルイスはそのまま、正面から倉庫に向かって走って行こうとしたが、そこでフィルがぐいっとルイスの腕をつかんだ。
「待て。陰から様子を見よう」
そう言うと彼は、倉庫の周りにある木立ちの中へと身を潜めた。ルイスもそれを見習って、フィルと同じように、陰に隠れた。
「何人いるのか、今確認してくるから、おまえはここで待ってろ」
口答えは許さないと言わんばかりに、フィルは命令口調でルイスに言った。
「うん、分かった。気をつけて」
ルイスは異を唱えずに、フィルの偵察に同意した。何しろ夜である。こういったことに全く慣れていないルイスにとっては、余計不安が募るばかりだ。やはりこの場合は慣れているフィルに行ってもらうのが得策だろうと思ったのだ。しばらくするとフィルが戻って来た。彼は小声でルイスに伝えた。
「倉庫の中に敵は七人いる。前方に三人その後ろに二人いて、更にその奥にクリスティーナが椅子に縛られて、残りの二人の盗賊に見張られている」
「えっ、そんなにいるの。いったいどうしたらいいんだろう」
ルイスは悲観的に小さな声で叫んだ。




