第4章(5)
青い水が辺りを満たしており、ゆったりと流れている。気がつくとラティアスは湖の只中に放り込まれていた。荒立つ波もないところを見ると、彼女は物静かな人なのだろう。この水自体が彼女自身を指している。この湖の中に彼女の力がどこかにあるはずだ。彼はそれを感じとると、息を吸い込み、湖の中へと身を躍らせた。最初のうちは水も淡い光を放ちながら、ゆらめいていたが、底へ行くに従って、深みのある紺青へと変化していった。音も何も聞こえない静けさの中で、ラティアスは孤独と闘いながら、底へ底へと下りて行った。魔法を使いながら、もうこれ以上は深くは行けまいと思うところまで彼は潜り続けた。しかしなぜだか、底が見えなかった。彼はふと立ち止まると、まだ底の見えない水中を見下ろした。そうしてあることに気がついた。行っても行っても底が見えない。もともと底がないのか。本来は底がなくてはいけないが、彼女は未知の可能性を秘めているのかもしれない。しかしここまで深い湖となると、将来どうなることか。なかなか面白い逸材だ。彼はふっと笑うと、一瞬にしてその湖から抜け出し、クリスティーナの意識の中から目覚めた。目の前には水晶玉の前に座っているクリスティーナの姿があった。ラティアスが水晶玉から手を外すと、彼女は心配そうに聞いた。
「それで私の中には力はあったでしょうか」
ラティアスは即座に答えた。
「ご心配なく十分に力はありましたよ」
「ほんとですか」
クリスティーナは跳び上がらんばかりに喜んで叫んだ。
「ええ、本当です」
ラティアスがにっこり笑うと、事の成り行きを見守っていたルイスもまた、にっこり微笑んだ。
「さあさあ、次は君だよ」
休む間もなく、ラティアスはルイスを自分の前へと座らせた。そうしてさっきと同じように神経を集中させ、水晶玉に手をかざした。と、思う間もなく、彼の顔はみるみるうちに青くなっていき、絶望したような大きな声をあげた。
「いったい、どうしたんですか」
慌ててルイスは彼に尋ねた。何か良くないことを自分は仕出かしたのだろうか。よく分からない不安が、また頭をもたげてきた。ラティアスは取り乱したように顔を手で覆っていたが、しばらくすると落ち着き払った声でこう言った。
「いえ、何でもないです。大丈夫です」
「僕は駄目だったんじゃないですか」
あのように落胆したのは、僕に力がなかったからに違いない。ルイスはそう思っていたのだが、彼は一言。
「とんでもない。それどころかすごい力がありますよ」
そう言ったにも関わらずラティアスはルイスを憐れむような目で見つめていた。
「おい、今度は俺の番だろ」
ずっと黙り込んだままだったフィルが口を開いて主張した。フィルの声で、ラティアスはようやく気を取り直したのか、そうですねと明るい調子で答えた。フィルはラティアスの前に座ると、怪訝そうに彼を見やった。ラティアスはフィルのそんな態度にはお構いなしに、神経を集中させ水晶玉に手をかざした。そのとたん、彼は驚いたように手を引っ込めた。
「どうしたんだ」
フィルの声に思わずびくっと顔を上げると、明らかに怯えた表情で彼はルイスに言ったのと同じように大丈夫ですと呟いた。
「大丈夫なら、しっかり見ろよ」
ほらほらと言わんばかりに、フィルはラティアスにもう一度水晶玉を見させようとした。しかしそれに対してラティアスは、さっきとは別人のように威厳に満ちた声で主張した。
「見なくても、あなたにも力はあります」
そうきっぱり言われてしまうと、フィルも無理に言うことはできず、納得はしていなかったが、しかたなさそうに肩をすくめた。
ラティアスは三人をそれぞれ審査し終わると、疲れた様子で椅子にもたれ、手を額の上にやり考え込むかのように目をしばらくつぶった。そうしてそのうち彼は、その考えからようやく解き放たれたかのようにすくっと立ち上がった。彼は三人を見渡すとこう告げた。
「それでは三人とも力はあるようなので、塔の中へこれからご案内します」
「よろしくお願いします」
クリスティーナが丁重に頭を下げると、つられてルイスも頭を下げた。ラティアスは側の木の壁に手をかざした。見る見るうちに、壁に大きな穴が開いて行き、闇に包まれた洞窟がぽっかりと現れた。
「さあ、私について来てください。足下には気をつけてくださいね」
彼はそう言うと、青いローブを翻しながら、洞窟の中へと入って行った。しかしその顔には奇妙な笑いが浮かんでいた。




