第3章(6)
彼女のその言葉を聞くと、宿屋の主人はとたんに満面の笑みを浮かべて三人に言った。
「では、こんな所でよければ泊まっていってください。おい、お客さんをお部屋にお連れしろ」
宿屋の下働きのような男に言いつけると主人はつけ加えた。
「何かありましたら、こいつに言ってください。すぐに参りますので」
下働きの男は言われた通りに三人を部屋に案内すると、食事は一階の食堂で出されることと、湯浴み用の部屋はこの階にあるので、湯を使う時はそこを使って欲しいといった説明だけすると部屋を立ち去って行った。
「ああ、良かった。ほっとしたわ」
クリスティーナは急に気が抜けたのか、自分に割り当てられたベッドに倒れ込んだ。ルイスも何週間ぶりかのベッドの上に寝っ転がると、ふうーっと大きなため息をついた。
「けど、なんでクリスティーナは嘘をついたの」
それに対して彼女はこう答えた。
「もし本当のことを言ったら、ここの主人は私を利用してもっと星の石を手に入れようとしたに違いないわ」
クリスティーナがそう言うと、フィルは笑って言った。
「ははっ。確かにな。あいつ散々金の問題じゃないとか言いつつ、結局金だしな。これだから大人は信用できないんだ。それにしても、クリスティーナ。おまえは馬鹿だな。そんな大事な物をあんな奴の前に出すなんて」
「でもそうでもしないと、私達泊めてもらえないじゃない」
クリスティーナは切羽詰まったような目でフィルを見た。そのクリスティーナの視線から逃れるようにフィルは顔を背けると、苦虫をかみ殺したように呟いた。
「身なりが汚いとかで入れてくれないような、そんな塔なら行くの止めちまえよ。そんな考えの連中がいるところにおまえが行ってもしかたないだろ。おまえの話なんてとりあってもらえないさ」
フィルの言葉にクリスティーナの胸はうずいた。彼女は深く沈み込んでいきそうな自分の気持ちをなんとか切り替えようとした。
「そんなこと言うなよ」
ルイスは怒ったようにフィルを睨んだ。
「クリスティーナは必死で、なんとかしようとしてるんだから。フィルが言いたいことも分かるけど、それでも相手はそれなりの権力を持っている人みたいだし。身なりが良くないって言う理由で門前払いを食らうぐらいなら、初めからきちんとしていった方がいいよ。どちらかが相手に合わせなきゃいけないって言うなら、僕らの方だろ」
フィルはルイスをじっと見たが、頭を振って
「必死か。まあいいさ。おまえらがどんな格好で行こうが俺には関係のない話だ」
「何言ってんだよ。フィルも身なりを整えて行ってもらわないと困るんだから」
ルイスはそう言うと、自分の荷物から着替えのシャツを取り出しフィルに手渡した。
「明日はこれを着ていくといいよ。そんな汚れたシャツで行くわけにはいかないだろ」
血で汚れた部分を少しでも目立たないようにと裏返しに着ているフィルのシャツを、忌み嫌うように指さした。
「なんだ、俺も行くのか。二人だけで行ってくればいいじゃないか。そうすれば俺はおまえのシャツを着ずにすむ」
「けど君はクリスティーナと約束したじゃないか。太陽の塔まで連れて行くって。まだ塔にたどり着いていないよ。君はその代償に星の石をもらうと言ったんだ。塔まで行かなくちゃ、星の石を手に入れることはできないはずだろ」
それを聞いたフィルは傷つけられた怯えた子供のように、目を大きく見開き、微動だにしなかった。それは端から見ると思考も止まってしまったように見えたが、実際のところは、フィルは何かを反芻し、自分自身に問いかけていた。彼はしばらくそうしていたが、ふいに挑むような調子でルイスに言った。
「俺は確かにクリスティーナと約束した。分かった、俺も一緒に行く」
ルイスはフィルの返事を聞くと、胸をなでおろした。クリスティーナも行ったことがない塔に二人だけで行くのは正直心細かった。フィルは向こう見ずなところもあるが、それでも彼がついて来ることが分かると、なぜかほっとした。
「よし、それじゃあ、さっそく、体を洗いに行こう。僕達が先でも構わないよね、クリスティーナ」
「どうぞ、行って来て。私は後にするわ」
クリスティーナは自分の荷物に手をかけながら、静かに笑って二人に言った。
「もう洗いに行くのか」
フィルは気だるそうな声を出した。ルイスはベッドから立ち上がると、きっとした態度で睨んだ。
「だって君の汚れ具合は半端じゃないだろ。僕も手伝ってやるよ」
「はっ。自分の体ぐらい、自分で洗えるさ。おまえなんかに手伝ってもらう必要なんてないね」
不機嫌そうな声で怒鳴ると、フィルも立ち上がった。
「じゃ、行ってくるよ、クリスティーナ」
ルイスは彼女に一声かけると、フィルと一緒に部屋を後にした。残されたクリスティーナは明日着て行く服を取り出し、しわを丁寧に伸ばし始めた。しかし急にその手を止め、服の端をぎゅっと握りしめた。まるで胸の中の気持ちを抑えこむかのように固く握りしめながら、彼女はしばらくそのままの姿勢でベッドの上に座り込んでいた。




