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第2章(6)

ラベルトは、岩をとらえている指が疲れないように時折手を丸めて岩に押し付けながら体を支えていた。しかし、岩の高さの半分ぐらいに達した時、彼の腕にも多少の疲れが見えてきていた。指は適度に休めていたが、腕はずっと肘を曲げた体勢できていたので、さすがにしびれを感じ始めていた。


彼は腕を伸ばせる場所を探した。頭上に視線をあげると、ここまで登ってきた岩壁ではあまり見当たらなかった、大きな岩角が突き出ていた。両の手を同時に置けるぐらいの広さがあり、手をかけるにはちょうどよく見えた。彼はそこまでまた歩を進めると、片手でその岩の強度を確かめた。見た目は大きくても実際はもろいことも有り得るが、岩は手を触れても欠けずにそのまま岩壁に貼り付いていた。


彼は体重をかけても平気だと判断すると、まずは右手を岩に置いて全体重をかけてみた。岩は思ったようにびくともしなかった。確信を抱くと彼は左手もその岩に手をかけた。そうして背中をぐっと後ろに反らせると自然と彼の腕もぴんとまっすぐに伸び、固まっていた筋肉がほぐれるように、彼の体からしびれた感覚が抜け落ちていった。ラベルトは体をよく伸ばすと、岩に体を押し付けてしばしの休息をとった。


彼は下を見下ろし、ルイス達の姿がだいぶ小さくなっていることに気がついた。いつのまにか、自分がかなりの高さまで登ってきていることを知ると、頂上も間近なのだと彼は悟った。一瞬胸が高鳴ったが、もう一度平静を取り戻すと彼は気を引き締めて再び登り始めた。 ラベルトはその手をのせた岩角をそのままよじ登らずに、迂回していくことにした。大きく突き出た岩角を登るには更に慎重さを求められ、体力を消耗するのは目に見えていた。


 だから彼は、その岩を避けるように右へ移動し、今まで登ってきた形状の岩壁をとらえて、上へと登った。その間左手は下からずっと伸びていた割れ目から手を離し、別のすきまを探し求めなければならなかった。けれども意外にそれが困難であることに気づくと、彼はとにかく突き出た岩角よりも高い位置に自分の体を持って行き、今度は左側に自分の体を寄せて、再びその割れ目を利用して登って行くことにした。岩角よりも上へと登ると、彼は足をその岩角にのせて左へ左へと動いていった。全てが順調にうまくいきそうであった。


 しかし、途中で思いもよらないことが起きた。絶対崩れない岩だと思っていたその岩が、急に右の方から音を立てて崩れ出したのだ。慌てたラベルトは右手につかんでいた岩角を思わず離し、足だけで左側へ寄った。彼が今までのっていた岩は見る間に崩れ落ち、一番端の岩場まで追い詰められてしまった。彼は気を呑まれたように、身動き一つとることができなかった。


「くさびだ。くさびを入れろ」


 下から声を限りに叫ぶ声がした。とっさに彼はくさびを取り出し、岩壁の一筋の割れ目にぐいっと左の拳ごと押し込んだ。そのとたん、足下にあった最後の岩場も一気に地上へと落ちていった。横にして入れたくさびは、しっかりとそのすきまに収まり、彼の全体重はそのくさびと左手だけで支えられた。ラベルトの足は宙を舞い、体は岩壁にぶつかり、鈍い痛みが走った。彼は辛そうに目をつぶったが、歯をくいしばって左手だけでくさびにぶらさがった。


「ラベルトさん。危ない」


 ルイスは大きな叫び声をあげた。隣にいたクリスティーナは見ていられないとばかりに顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。


「馬鹿野郎。よけろ」


フィルはものすごい剣幕で二人をつかむと、急いで岩壁から離れた場所に引きずっていき、いきなり彼らを押し倒した。


「ガラガラッ」


とたんに岩の上から細かな石が降ってきたかと思うと、ドシンと重い音が辺りの岩場に鳴り響いた。三人は恐る恐る顔を上げてみた。見ると、岩壁のそばには自分達の頭ぐらいの岩がごろりと転がっていた。どうやらラベルトの足下にあった岩の残骸のようであった。


「ふーっ。危なかった」


フィルもさすがに肝を冷やしたらしく呟いた。


「あっ、ラベルトさんは」


ルイスは我に返って、岩の上を見上げた。ラベルトは岩の状態が落ち着くのを見計らってから、右手を岩壁に押し当て、確信のもてそうな別の割れ目に右足をかけると、体の体勢を立て直していた。


「よかった。大丈夫みたいだ」


ルイスはほっとして、胸を撫で下ろした。そして気まずそうにフィルに言った。


「ありがとう。助けてくれて。フィルは見守っているだけでも、ラベルトさんの役に立つけど、僕はちっとも役に立たない。フィルの手を煩わしているだけで、僕は本当にどうしようもない」


「私もそうだわ」


クリスティーナも申し訳なさそうに二人を見た。フィルは彼らの発言に驚いたように目を大きく見開いた。


「おまえらだって役に立ってるだろ。さっきの状態で奴一人だったら、あのくさびから手が離れて、下に落ちていたかもしれない。下で待ってる俺達がいたから、奴はこらえたんじゃないか。おまえらがここで待つと言わなければ、俺は迷わず山を越えて太陽の塔へ向かっていただろう。だからおまえらだって意味があるってことさ。でもまあ、手間がかかるっていうのは当たってるかもな」  


彼は事もなげにそう言うと、岩の上のラベルトに大丈夫かと声をかけた。一瞬ルイスはむっと膨れた顔をしたが、本当のことだからしょうがないと半分あきらめたように肩を落とした。


けれどもルイスは彼の言ったことを考えていた。待っているって言い出したのは確かに僕だな。だったら、フィルの言う通り意味があるのかも。たとえ助ける力がなくてもいるだけでもいいのかな。


だけど、あいつだって口には出さなくたって本当は待つつもりだったんじゃないかな。だって僕らの意見に賛成だって言う風にうなずいていたもの。あれは単に僕らに合わしただけだったのかな。ルイスはフィルの心の中を覗き込むようにじっと彼の姿を見つめていた。


 ラベルトは完全に体のバランスがとれるようになると、鞄の中からフィルからもらった紐を引っ張り出して、くさびに紐を巻きつけた。ここから先はもっと高さを増して危険度も高まっていく。本当に下へ落ちたら死しかない。落ちるわけにはいかないと彼は思った。 地上では彼らが待っている。雷鳴の鳥を描かずに命を閉じるわけにはいかない。自分の言ったことが嘘でもなんでもないことを証明しなければ、今まで自分のやってきたことが全て嘘になる。絶対そうはさせない。彼は自分の魂をこめるようにきつく、きつく紐を締めあげた。


「もっと早く紐をつけてれば、さっきみたいな時には、安全だったんじゃないかしら。私達が声をかければよかったのね」


クリスティーナが失敗したとばかりにとても無念そうに声をあげた。それを聞いたフィルは、すぐさま答えた。


「いや、あの紐はそんなに長くないから、あまり下からつけていっても肝心の上へ行った時に長さが足りなくなるだろう。それじゃ、意味がないんだ。あの高さぐらいのところからなら、なんとか足りるだろう。俺だって登山者じゃないからな、そんなに長い紐はもってないさ。どっちにしたって、紐はたいして役に立たないさ。下手をすれば切れることもある。自分の足だけが全てってことさ」


彼女はフィルの淡々とした返事に、ため息をついた。


「私達にできることって本当に見守ることしかないのね。あとは祈ることかしら」


「祈るだけでもいいんじゃないか。確か魔法使いって言うのは祈ることを力にして魔法をかけるって聞いたことがあるぞ。おまえ、術が使えるんだろ。少しはそういうのあるんじゃないか。まあ、俺はそんなことはしないけどな。俺は祈っても何にもならないからな。俺は見守る方専門だな」


 クリスティーナはフィルの助言にびっくりした。そんなもの何の役にも立たないと真っ向から批判されると思っていたのだが、どういうわけか理解を示された。なんとなく不自然なものを覚えはしたものの、それでも彼の言ったことはクリスティーナにとって興味深かった。


 今まで自分の使う術について考えたこともなかったクリスティーナは、かつて自分はどうやって術を編み出していたのかを思い出そうとしていた。対象の石に手をかざすと、自然とそこから不思議な力が生まれた。何の疑問もなく、ただ手をかざしただけだ。けれども心の中では何を思っていただろうか。願っていたかもしれない。石が再生することを。もう一度元通りになってくれるよう、願っていたのかもしれない。その気持ちは慈しみの心だったのだろうか。


石を生命体だと思わずに、それでもその頃の自分は、少しの疑いも抱かずにそういった気持ちを持っていたのかもしれない。祈ることで力が出せるのだとしたら、やはり今の自分では術をかけられない。少なくとも故郷の地では。クリスティーナは暗い気持ちに襲われかけたが、急いでその思いを断ち切った。今はラベルトのことだけ心配してればいいのだと、彼女は自分に言い聞かせた。

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