Lv.93 死は、すぐ側に
黄金卿は大きく剣を引き、俺の腹めがけて突く。その場でジャンプしてその剣を避け、黄金卿の肩を蹴って距離を取る。
「猿のように飛び回るか」
「人は猿の進化系って言うしな」
「それならばこちらは獣を相手にせねばならないな。ミカエル」
そう言って黄金卿は黄金剣を大きく振る。すると黄金剣が溶け、別の形を取る。それは、黄金の小型バリスタを形作った。
黄金卿はそれを右手に装着し、弓を装填した。
「狩りの時間だ」
素早く俺の方に狙いを定め、黄金卿は弓矢を発射する。発射された弓矢は空中で分散し、黄金のレーザーとなって飛んでくる。
「ファイの能力か!」
「ははは! こっちがオリジナルだ」
俺は地面を蹴り、急いで黄金レーザーから逃げる。確かにオリジナルのようで、ファイのものより追尾性能がいい。俺の背後をピッタリと着いてくる。
ジグザグに走っても、ピッタリと俺の通った後をしっかり正確になぞってくる。
「それ、次弾行くぞ!」
黄金卿は第二射を放つ。放たれた矢は空中で分散し、黄金のレーザーとなって俺の正面から挟み撃ちにしてくる。
「マジかよ!」
俺はスライディングで正面からのレーザーをくぐる。下を通ればレーザーが俺の方に曲がり、次々と地面にぶち当たる。
石床の破片を背中に受けながら、俺はまだ走る。ずっと走りっぱなしだから、そろそろ休憩したい。
そんな事を思っていたら、不意に黄金卿が目の前に現れる。
黄金卿は腕を伸ばし俺の頭を掴むと、勢いをつけて投げ飛ばす。
「シルヴァ危ない!」
コーネリアの声が聞こえる。声の方を見ると、俺はコーネリアが放った魔術群に向かって投げ飛ばされていた事を知る。俺は咄嗟に身を丸め、被弾面積を最小にする。いくつもの魔術、火球水球土塊鎌鼬光弾。それらが俺の体を傷つける。
俺はボールのように地面に着地し、少し転がって壁に叩きつけられる。
肺の中の空気はダマとなって、口から吐き出される。
「シルヴァ!」
アルの声にハッとする。正面を見ると、黄金レーザーが何発も俺に打ち込まれていた。
アルは俺の前に転がり込んできて、盾を構えて黄金レーザーを受け止める。何発も何発も受け止め、ついにアルの盾は崩壊した。それでもアルは退かず、その体で黄金レーザーを受け止める。
「アル! 俺なら大丈夫だ!」
「いいや! シルヴァはボロボロだよ! 自分の状態見えてないの!?」
俺は自分の体を見る。右腕は無い。足も折れてるようだ。背骨はヒビが入っている。頭蓋もだ。内臓は壁に叩きつけられた衝撃でいくつか破裂している。皮膚もコーネリアの魔術でボロボロだ。だが、即死じゃない。
「俺は大丈夫だ!」
「どこが!? 普通の人間なら死んでるよ!」
「俺は……普通じゃない!」
「でも死ぬときは死ぬんだよ!!」
「アル! シルヴァを正気に戻して!」
コーネリアの魔導書が壁となって、アルの前に立ち塞がる。黄金レーザーを受け止めるが、本なので数発も耐えない。
ボロボロになったアルは俺の元にやってくる。そして、俺の顔をビンタした。
「痛い?」
「……あぁ」
「シルヴァだって生きてるんだから、命を大切にしてよ。自分の命が一番大事なんだよ? 傷は治るかもしれないけど、シルヴァの命はひとつなんだよ……?」
アルの言葉で、俺の体は痛みを思い出す。
痛みは生きている証拠。俺の体は目の前にまで迫っていた死を思い出し、震え出す。
俺は傷が治るから、レベルアップすればなんとかなるからと死を恐れなくなっていた。だが、死ぬのが急に怖くなった。
死を忘れることなかれ
死神は既に俺の首に鎌をかけていたのだ。
俺は【地形変化】で壁を作り、自分自身に【治癒(極)】をかけ傷を治療する。
「アル、傷は大丈夫そうか」
「結構キツイよ」
「治療する。近くに」
「ううん……この壁もそう長くは持たないよ。だからシルヴァだけでも傷を完治して、万全の状態で戦って」
俺はアルの手を引っ張り、無理矢理【治癒(極)】をかける。
「シルヴァの傷を優先で治して! 私は大丈夫だから!」
「いいや、アルも俺とおんなじくらいボロボロだ」
「でも……」
アルはそう言って黙ってしまった。黄金レーザーは俺の作った壁を砕きながら、何発も俺を掠める。
アルの治療を完了させ、アルの手を離す。
「よし。アル、戦えるか?」
「私は大丈夫だよ……でもシルヴァはまだボロボロだよ……」
「なぁに。これくらいじゃまだ簡単には死なないさ」
俺はゆっくりと立ち上がる。治りかけの、ヒビまみれの足に激痛が走る。まだペースト状の内臓が、ドロリと体の下方に落ちる。皮膚も全体的に破れていて、所々から血が流れ出ている。
だが、戦える。死なない程度に、戦える。
俺は作った壁に手を当て、一気に前に壁を押し出す。
「【フラッシュ】!」
強烈な光が、俺の左手から放たれる。
黄金卿に届いたかはわからないが、今の一瞬。俺は黄金レーザーと一体化している。
マントを触り、周囲の色に溶け込ませる。そのマントを全身にかぶり、ただひたすらに前進する。
黄金レーザーの大群の中心を走り抜ける。真正面から飛んでくる黄金レーザーは、【五感強化】で強化した視覚でしっかりと捉え、最小の動きで回避する。周りは俺を取り囲むように黄金レーザーが飛んでいる。俺とは逆方向に。俺の進む方向とは逆に。
俺が過ぎ去った事に気づいた黄金レーザーはその追尾性能を発揮し、方向転換を行う。方向転換をした黄金レーザーは、別の黄金レーザーにぶつかり黄金の粒子となる。
俺は黄金レーザー群の中心を抜けると、目の前には次弾を放とうとしていた黄金卿がいた。
大きく息を吸い込み、身を屈める。
【火属性魔術】を手に纏わせ、ぎゅっと拳を握り込む。
「……いつの間に!」
黄金卿は驚いた顔で俺を見る。マントで透明化しているとはいえ、やはり火を使えばバレる。だが、もう防御も間に合わないだろう。鎖でできた右手で黄金卿の胸ぐらを掴み、炎を纏わせた左手を大きく引く。
「【夢、打ち砕きし者】!」
無我夢中でそう叫ぶ。拳に纏った紅焔が、唸りを上げて黄金卿の顔面に入る。
「た、盾は……」
「……右手でできた右手のひらの先を、尖らしておいた。攻撃と反応してくれたから、自動で防御してくれたよ」
俺の鎖でできた右手の中。黄金卿の胸ぐらと一緒に、黄金の盾が握り込まれている。
左手の紅焔はすっと消え、黄金卿の体に紅焔が移る。
黄金卿は鎧の中から紅焔を吹き出し。
「だが甘い」
黄金卿は紅焔を吹き出しながら、未だ黄金卿の顔にめり込んでいる左手をがっちりと掴む。
そして左手を雑巾のように捻り、捩じ切った。
「ぐッ……!!?」
「おいおい逃げるなよ」
黄金卿は勢いそのまま俺の左肩を掴み、力を入れて下に引いた。肩が物凄い音を立てて外れる。次いで激痛。
黄金卿は俺の首を掴み、地面に叩きつける。卵の殻を割るような音が、頭の中から響く。まだ治りきっていない頭蓋が、完全に割れたようだ。
黄金卿は足を大きく上げ、俺の頭を踏み潰そうとしている。その様子を血に染まった脳でぼーっと眺める。
世界はスローモーションとなり、俺の脳内を走馬灯が駆ける。
「シルヴァ!」
アルが俺にかぶさり、黄金卿の足を受け止める。
アルは痛みに顔を歪めながら剣を握り直し、体を捻って黄金卿の頬を切る。
「シルヴァを殺すなら、私が壁になる」
「ほぉ。呪い持ちで随分と辛そうだな」
「……シルヴァを逃すくらいならできる」
「なら全てを無駄にしてやろう」
黄金卿はそう言って、手を叩いた。その音に呼応して、何かが下から迫ってくる。何階層も下から、一直線に床をぶち抜きながら。
そしてついに、そいつは姿を現した。
「銀の……体毛……」
「紹介しよう。我が友、ギルバートだ」
二メートルを超える銀毛の獣は、アルに飛びかかる。
「これで止めに邪魔は」
「あたしがいるっての! よくもバカバカバリスタ撃ってくれたわね!」
「あれは流れ弾だ」
コーネリアの魔術が、俺と黄金卿の間に飛んでくる。
コーネリアは魔導書を黄金卿に投げる。なんの変哲もないただの魔導書を、黄金卿は手で払い除ける。だが、その魔導書は黄金卿の腕にペタリとくっついた。パラパラとページが捲れ、真ん中のページでぴたりと止まる。
そのページは白い光を放っている。
「【鎖罠】……」
咄嗟に鎖で距離を取る。次の瞬間、黄金卿を中心に白い爆発が巻き起こった。
「シルヴァ!」
コーネリアが俺の元に駆けつけてくる。
俺は必死で息をしながら、意識を保っていた。腕が動かない。足も。いや、視線以外動かない。もう体も限界だった。
「シルヴァ、立てる?」
「……」
「シルヴァ?」
コーネリアが俺の顔を覗き込んでくる。視線が動いている事を確認すると、コーネリアは俺の体を抱え起こした。小さな体を精一杯動かし、俺を引きずって部屋の隅に連れていく。
コーネリアは黙って魔導書を取り出し、黄金卿がいた方向に飛ばす。魔導書達は何発も何発も、黄金卿がいるであろう場所を攻撃している。時間稼ぎだろう。
「今のあたしじゃどうやっても黄金卿を止めれない。シルヴァを連れて逃げることもできない……」
コーネリアは俺の顔を真剣な顔で見ている。
「アルもキャットと戦ってるので手一杯……」
ゆっくりとコーネリアの瞳に、涙が溜まる。
「あたしに何か、できるかな……」
俺は大きく息を吸う。肺に空気が送り込まれるがその肺に穴が開いているようで、体の内側に空気が送られ絶痛が走る。
それでも呼吸を止めない。呼吸して、呼吸して、呼吸して、呼吸して。
「コーネリア、時間を稼いでくれ」
「……一人で逃げない?」
「……」
俺は同意の意を込めて、ゆっくりと瞬きする。
コーネリアは涙を拭い、魔導書をさらに展開する。手に持った魔導書を光らせ、黄金卿のいるであろう場所を睨みつける。
「わかったわ。任せて」
コーネリアは魔術を放ちながら、黄金卿のいる方向に走っていった。
俺は、それでも必死に呼吸し続けた。
あと……
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