Lv.87 獣の襲来
十六階層も変わらず、石造りの遺跡。
代わり映えのしない遺跡内を、ただ突っ走る。
次の階層への階段は、あっさりと見つかった。
追撃も、待ち伏せも、何もない。
「……よかった」
ホッとして、思わず頬が緩む。
しかし、他のみんなはそうでもない様子だった。
「シルヴァ、感じないの?」
「何がだ?」
「殺気、上の階から。ビリビリと」
しかし、俺は何も感じない。
「……いずれは進まなきゃだから」
そう言って、アルが先陣を切って階段を登る。
俺も一緒に登り切るが、そこには何もなかった。
十七階層。そこは他の階層とは違い、植物の蔦や苔が所々に見てとれた。遠くから水の音も聞こえる。
「植物園……?」
俺の声に反応し、物陰から何かが飛び出す。
身構えたが、そこには小さなウサギがいるだけだった。
「……と、とにかく先に進もう」
吟遊詩人も狼狽えながら、先へと進んでいく。
少し景色が変わった遺跡内は、気分転換にはちょうど良い。走りながらもそんなことを考える。
色々な動物達も見える。馬、山羊、兎、猫、鹿、鳥。
さっきの階層までの生命の欠片もない風景よりも、生命の息吹あふれるこの風景はどこか異常にも見えた。
「あ、階段」
吟遊詩人が声を出す。
また、階段はすぐに見つかった。
「にゃ〜ん」
猫の声が聞こえる。振り返ると、そこには一匹の黒猫がいた。
黒猫は俺達の事をじっと見つめながら、時折鳴き声を上げた。
「にゃ〜ん」
「……なんだ、あの猫」
「シルヴァ。猫なんて放って、先にいかなきゃ」
「にゃ〜ん」
猫の声はやけに響いて、遺跡内に消えていく。
「……にゃ〜ん」
一瞬、猫が天井を見る。
ぞわり、と背筋に嫌なものが走った。
俺は、上を見る。
天井には、何かが這いつくばった姿勢で張り付いていた。
いや、見覚えがある。何度も見ただろう。あの銀の体毛。手に持った赤い鞘の刀。二メートルは越すであろうその体躯。
姿形を変えようとも、間違えるはずがない。
「……キャット」
「にゃァァァァァァァ……」
低く小さな唸り声を上げ、獣の姿のキャットは地面へと落ちてきた。
空中で体を捻り、その四本の足でしっかりと地面に着地する。音もなく、俺が気づかなければ誰も気づかなかっただろう。
「この!」
一人の冒険者が飛びかかる。しかし、次の瞬間にはその冒険者が視界から消えた。
すると、十七階層の通路の奥から爆発音が聞こえた。
「……まずい」
吟遊詩人がそう漏らした次の瞬間、キャットが視界から消えた。
「防御し」
「【次元斬】」
ぱき。という何かが割れる音が、背後からした。
振り向くと、そこには空間の裂け目のような物ができていた。その裂け目は、いつの間にか俺の腹の中に入り込んでいた。そこから更に伸び、吟遊詩人、アル、コーネリア、冒険者達の体にも伸びていた。
それらは全て、一秒にも満たない時間の出来事だった。
「……!」
声にならない痛みが、腹に走る。
口から血が溢れ、地面にぼたぼたと落ちる。
「あ、ぁぁ……」
他のみんなも同じ。裂け目が入っていた場所を押さえながら、その場に血を吐きながら疼くまっている。
「な、何が……」
「にゃぁぁぁぁ……」
「今、【次元斬】って……俺のスキルにも同じものが……」
俺がこの世界に来てすぐ。名前がかっこいいスキルとして、いつか取りたいと思っていたスキルだ。
キャットは首を傾げながら、右前足に持った刀を俺達に向けた。
「にゃァァァ……」
「……それが本気ってわけか」
俺は口から漏れ出た血を拭う。腹を触ると、ぼこりと凹んだ。さっきの一撃で、内臓を粉微塵にされたらしい。
通りで出血は止まらないし、やけに気分が悪い。さっきの一撃もスキルだった。スキルであった。あの一撃は、絶対にスキルであった。他の者では分からない。
「だからこそ、他の奴よりわかることの多い俺の出番だ」
「いいやダメだ。先に行くんだ」
吟遊詩人がそう言って、俺を十八階層に投げる。続いてアルを、コーネリアを投げる。
俺は内臓のダメージが悪化し、カエルが潰れたような声を出した。
「それじゃあ、後はよろしく」
吟遊詩人はそう言って、階段を登る。
飛びかかろうとしたキャットの前に、冒険者達が立ち塞がる。達、などと言っているが、実際は十人以下。反応すらできないあの攻撃、その冒険者達が死ぬのは分かり切っていた。
階段の下の冒険者が、ポシェットから何かを取り出して吟遊詩人に投げ渡した。
「じゃ」
「お達者で」
短い別れの挨拶の後、冒険者の一人が自分の首をナイフで切り裂いた。
眩い光と鈍い衝撃。それらが階段が崩し、瓦礫の山が階段を塞ぐ。
これで下の階と今いる階は完全に分断された。
「俺なら……なんとかなったかもしれないのに」
「シルヴァには黄金卿と戦ってもらう使命がある」
「そんな使命は課された覚えはない!」
「ウダウダ言ってないで、腹を決めて」
吟遊詩人はポケットの中から、紫の液体が入った小瓶を一本取り出した。
あの小瓶は、黄金竜を倒した後に首領に飲まされた液体。傷が急速に治る液体だ。
吟遊詩人はそれを手の中で割り、俺達一人一人にかけて回る。傷は治り、血は補充され、視界がはっきりする。
吟遊詩人は俺達が立ち上がったことを確認すると、遺跡の奥に走り出した。
「なんで俺なんだよ……」
「シルヴァ、先に行こう。あの人達のためにも」
「あたし納得いかない。シルヴァとおんなじよ」
アルは困った顔で、俺とコーネリアを交互に見る。
そして、静かに頷いた。
「私は、こんな状況に何度も遭ってきた。いろんな道を探って、それでも誰かを犠牲にしなきゃダメな時が何度もあった……」
「だから俺達にもそれを我慢しろって言うのかよ」
「違う。今シルヴァ達と一緒に旅をしてきて、昔の自分が怖くなったんだ……考え抜いた先で、人の命を捨てる選択をする自分が……何が正しいか、もう分からない……」
アルは自分の手をじっと見ている。
俺達の足は完全に止まっている。
「でも、君達がやらなきゃ全生命が死滅する」
いつの間にか、吟遊詩人が俺の背後にいた。
「彼らにも、守りたい物があった。魔物に殺されなければね。他の人達に同じ思いをして欲しくない、そんな願いからこの役割を受け入れた。君達が足を止めることは、彼らの願いから目を背ける。いや、踏み躙ると同義だ」
「……」
「彼らの死を無駄にするなとは言わない。どうか彼らの願いを、僕達の願いを叶えてくれ」
吟遊詩人はそう言って、頭を深々と下げた。
「……なら、命を軽く見るような行動は慎んでほしい」
「……善処するよ」
俺は、塞がれた階段の方に手を合わせた。
そして、遺跡の奥へと進み始めた。
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