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Lv.86 十五階層

しばらく走り、後ろからファイが折ってきていないことを確認して立ち止まる。

俺が立ち止まると、他のみんなも釣られて立ち止まった。

俺はそのまま吟遊詩人の胸ぐらを掴み上げた。


「人の命をなんだと思ってるんだ!」

「彼らはそれが役目なんだ」

「ふざけてんじゃねぇぞ!」

「君だって、いくつ命を奪ってきた? 綺麗事が言えるほど、その手は綺麗なの?」


俺は思わず手を離してしまう。

俺の手は血に染まっていると言うのか。


「お前に、何がわかるんだ」

「君はいつから命を奪うことに抵抗がなくなった?」

「……今でも抵抗はある」

「嘘だね。僕は知ってるよ、殺せる威力の魔術を人に容赦なく撃てる。そんな君の姿を知っている」

「何も知らない。一緒に旅をしてきた仲間でもないお前が、何を知っているって言うんだ!」


吟遊詩人はため息をつき、俺に背中を向けた。


「君の初めての殺人はいつだったっけ? あぁ。そうだ、船の上だったね。船の上から落として海賊を殺したね?」

「……は?」

「僕はなんでも知ってる。吟遊詩人は情報屋でなければならない。じゃなきゃ詩なんて作れない」

「な、なんで……」

「僕はなんでも知っている」


吟遊詩人はそう言って、俺の前まで歩いてくる。

そして、俺の肩に手を置いた。


「わかって。僕だってこんな方法取りたくはない、でもこれ以外解決法はないんだ。突破法は、これ以外ないんだ」


縋るように、求めるように、救いを乞うように。そんな目を向けてくる。


「他にも……解決法はあるに決まってる……」

「ない。彼らの命が失われると判断された瞬間、彼らの命を消費して大爆発を起こす魔法が仕込まれている。その時の爆発は悪夢(ナイトメア)を内包する者に対して絶大なダメージを与え、数十秒の時間を稼いでくれる」

「戦えばいいだろう!」

「戦えば間に合わなくなる。今も一分一秒が惜しい」

「それでも……」


冒険者数人が、俺のすぐそばまでやってくる。


「我々はいいのです。実際病気でこれ以上生きる事も難しい身、それでも首領の役に立てるのなら本望です」

「あんたらは……命をなんだと……」

「言ったよね。みんな何かに命を預けなきゃやってられない。それくらい死と密な世界なんだよ」

「だからって……」


『テレレテッテレ〜♪』

『レベルが上がりました〜!』


そんな音が、遺跡内に流れる。いつの間にか怪我していた、頬の小さな傷が塞がる。


「それに対して君の命って価値があるのかな?」


アルが無言で剣を抜く。

それを目の端で捉えながら、吟遊詩人は言葉を続ける。


「君は傷が塞がるし、瀕死になっても生きる術を持ってる。何もしなくてもだ。猛毒を喰らおうとも、呪いを喰らおうとも、体を黄金にされようとも、体がバラバラになりかけても。実際命は無限にあるも等しい。ずるいとは思わないのかい?」

「……」

「シルヴァから手を離して。元上司だろうが、容赦なく殺す」

「僕は責めているんじゃない。シルヴァにはこれを止める権利はないって事を教えているんだ。止める権利は、辞退する権利は、彼らが自分で捨てたんだ」


冒険者達は、一斉に頷く。

異常だ。異常者だ。


「その顔は僕らを異常物として見ている顔だ。でも、僕らから見れば君の方がよっぽど異常だ。生命に対する侮辱そのものだ。命を投げ捨てる選択をしたにも関わらず、命を持って帰ってくる。チートとはよく言ったものだよ」




「…………おい今なんて」

「見つけたぞ! 黄金卿の邪魔はさせない!」


俺達の背後から声がする。次の瞬間、何本もの黄金の触手が飛んできた。

吟遊詩人がリュートを弾くと細かな斬撃が奏でられ、黄金の触手を切り刻んだ。


「時間を使いすぎた! 走れ!」


吟遊詩人がそう合図すると、一人の冒険者を除いてみんなが走り出した。

俺はアルに手を引っ張られて、無理矢理走らされる。


背後で爆発音と強烈な光が、弾けて消えた。




「それで、今どこに向かってるのよ!」

「十六階層から上の階層は、外からは入れない! 僕達はこの遺跡内の階段から上に上がらなければならない!」

「階段なんて随分と親切設計なのね!」 

「いいや。侵入口を絞ることで、迎撃をしやすくしている。きっとその階段には黄金の眷属がいるはず。そこを一瞬で突破するための彼らだ」


冒険者達は深く頷く。

俺はその様子を後方から眺めている。


「シルヴァ……」

「……ほっといてくれ」

「ほっとけないよ」


隣を走るアルが、俺を心配そうに見つめる。俺はその視線から逃げるように壁を見る。

壁を見て走っていたせいで転びそうになるが、そこをアルがすかさず支えてくれる。


「ほら、ほっとけない」

「……ありがと」

「うん。今は走ることに集中しよ」


そう言いながらアルは地面に落ちてた大きめの瓦礫を拾い上げ、背後に投げつける。するとちょうど飛んできていた黄金触手レーザーにぶつかり、黄金触手レーザーを止める。


「あれキラキラしてるからわかりやすいね。近距離で使われたら大変だけど……」


アルは必死に俺を元気づけようと話しかけてくるが、どうにも返事をする気にはなれなかった。


「あ、ストップ」


アルに手を引かれ、急ブレーキする。

前を進む奴らが、立ち止まっていた。その目の前には、上階に進むための階段があった。


「ようこそ。ご足労感謝します、しかしこの階段は通しません」


階段の上から、ゆっくりとした足取りでファイが降りてくる。


「No.エイト。八番目に生み出された黄金の眷属。そして封じられていたファーストロットの一体それがこの」

「長々と名乗る暇があるのかよ」


いつの間にか冒険者の男の一人が、ファイに飛びかかっていた。その手には小さなナイフが握られていた。

ファイは反射的とも言える動作で、その男を触手で串刺しにする。

次の瞬間、冒険者の男は体の内側から爆発した。


「今のうちに」


そう言って吟遊詩人は爆煙の中を進む。

俺達は階段を登り、上の階層。十六階層に進んだ。

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