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Lv.83 夢物語

地上に戻ると、王城だけに灯りがついていた。


「やぁやぁ。よく戻ってきてくれたね」

「吟遊詩人……」


着陸した船を待っていたのは、緑色の服を着た吟遊詩人の女だった。


「さぁさ王城に向かおう。街の人をみんな一ヶ所に集めて、守りやすくしているんだ。君達も、一度落ち着ける環境で休んでもらわなきゃね。……そろそろ始まるし」

「何が始まるんだ?」


吟遊詩人の女は、空に浮かぶ黄金郷(エルドラド)を指差した。

俺達はそれに釣られて空を見上げる。


「な、なんだあれ……」


いつの間にか、黄金郷(エルドラド)の表面は黒い触手ですっぽり覆われていた。


「今、首領が黄金卿と戦ってる。玉座にたどり着くまでの時間稼ぎにしかならないけどね」


そう言いながら吟遊詩人は、王城に向かって歩き始めた。

俺達はその後ろをついていく。街のあちこちには戦闘の形跡があったが、人の姿はどこにもなかった。


「ねぇ。さっきの発言、首領が負けるみたいな言い方だったけど……?」


アルが吟遊詩人に質問する。

すると吟遊詩人は振り返ることなく、そのまま歩き続けている。


「ねぇ!」

「そうだよ。首領は負ける」


アルはショックを受けた顔をする。


「今の黄金卿は死なない。玉座に座った時に、やっと殺すことができる……らしい」

「らしいって……」

「だって首領は何も言ってくれないから」


吟遊詩人は拗ねたようにそう呟いた。

王城の門をくぐり、バリケードを抜ける。


「……おかえりなさいませ」

「うん、防衛ありがとう」


バリケードの裏に隠れていた城の兵士と、サイフォン魔物討伐隊の冒険者が吟遊詩人に敬礼をする。

城の中には所々に傷を負った兵士が座り込んでいる。食堂の中では一般人も参加して、炊き出しを行っていた。

そのまま城の奥まで歩いて行き、謁見の間までやってくる。扉は閉められていたが、吟遊詩人はそれを片手で軽々と押し開けた。


「お父様……」


コーネリアが呟く。俺達の正面。城の玉座にはコーネリアの父親、王様がどっかりと座っていた。

王様はコーネリアの顔を見ると何かを言いたそうな表情を押し殺し、咳払いを一つした。


「愚息から全て聞いた。まさかアーサーが術者だったとはな。それを殺し、よく力を示した」

「うん……これで、認めてくれた?」

「……認める。お前が、冒険者として自由にやっていくのを」


王様はため息まじりにそう言った。


「冒険者など名乗るだけでなれる職業、どうしてそれに憧れてしまったのだ……」

「自由だからよ。ここには無かったものよ」

「……お前をもっと自由に育てるべきだったのかもな」


王様は反省したようにそう呟いた。そして懐から鍵を取り出し、コーネリアに投げ渡した。


「これは……?」

「それは図書室の鍵だ。あの魔術師の残していった本が全て残っている。お前が見つける前に全て処分しようと思ったんだがな……」

「そう。ありがとう……そういえばお兄、イーグルは?」

「医務室にいる。魔力の使いすぎと暗殺者共にやられた傷を、今治療しているらしい。そこの吟遊詩人に案内してもらえ」


コーネリアはそれを聞くと、王様に背を向けた。


「いいのかい?」

「いいのよ。どうせまた帰ってくるから」

「そう。なら医務室に」

「先に図書室にいくわよ」


吟遊詩人は驚いた顔をする。


「何驚いてるのよ。イーグルはそう簡単に死なないわよ。なら優先事項は見えてくるわ」


そう言ってコーネリアは謁見の間から先に出ていった。

俺達もそのコーネリアの後を追う。


「オーロ・シルヴァ」

「はい?」


王様に呼び止められる。

俺は歩みを止め、振り返る。


「お前にコーネリアを、我が娘を任せる」

「……あぁ。任せろ」

「何やってるのシルヴァ、置いてくわよ」


俺はコーネリアに急かされ、謁見の間から出た。

コーネリアは城の中を早足で歩き、図書室に直行する。

部屋の中は古い本棚が二、三個ある小さな個室のようだった。埃が立ち込めており、何年も開けられていないようだった。これは図書室と言うか、禁書庫と言った様子だ。


「で、何をしにきたんだ?」

「何言ってるのよ。あんたがあの夜、死にたくないから知ってることを教えてくれ〜って泣きついてきたじゃない。その時に知ってるかもしれないって言ったわよね?」


俺は記憶を探る。

……そうだそうだ。あの時だ。船を降りて宿屋に戻った時に確かにそう言った。俺がレベルアップの事やスキルの事を話した夜の事だ。

泣きついたかは定かではないが、コーネリアはそれっぽいことを言っていた。


「昔一度見ただけだから……あ、ここらへんね」


コーネリアは本棚の中から一冊の古びた本を取り出した。中身をペラペラと確認し、俺に渡してくる。

俺はその本を開き、中身を読む。


「え〜と何だって……? 神に愛されてしまった時の対処法?」


内容は、架空の危機対策本のようだった。その割に内容はしっかりしている。


「結界を張り、神からの視線を切る。神からの干渉は防げるが自分自身に結びついた能力は消えない……?」

「ま、読書に耽るならご自由に。あたしは……眠るり足りないから眠るわ」


部屋の中にあった古びたソファに寝転び、すぐにコーネリアは寝息を立て始めた。

俺は近くにあった本棚から何冊か本を取り出し、内容を軽く流し見る。

どれもこれも魔術や戦闘に関する本だ。驚いたのは全て手書きなのだ。


「アル、これとかどう思う?」


俺は剣術のページを開き、アルに見せる。アルは眉を寄せながら本の中を見る。


「なんというか、基礎的な事を書いてるね。剣の持ち方とか、振った時の呼吸法とか……」

「なるほどな」

「剣で戦ったことがない人とかにはいいんじゃない?」


アルはそう言って、近くの本棚から何冊か本を取り出して読み始める。


「何読んでるんだ?」

「シルヴァの役に立ちそうな本があるかなって思って」

「そっか。でもアルはとりあえず鎧の修理とかの方が先じゃないのか?」


アルの鎧はキャットとの激闘で、ボロボロになっていた。

アルはそれに気づくと、鎧を脱いで傷を確かめ始めた。


「ほんならうちに任せぇ。船を直したおっさんを見かけたからそいつに修理させればええんや」

「……まぁそうだね。ここにいてもシルヴァの邪魔になるかもだしね。じゃ、また後でね」


アルとセレンは部屋を出ていった。

俺はコーネリアの寝息をBGMに、読書に耽る。

本の内容はどれもこれも魔術の研究書のようだった。どういうシステムで魔術が放たれているのか、魔力の回復のさせ方、魔導書の作り方等。

一通り流し見て、俺はもう一つの本棚からしわしわの表紙の本を取り出した。


「ねぇシルヴァ」


眠っていたはずのコーネリアが、話しかけてくる。


「シルヴァって、どこから来たの?」

「俺? 俺は……くだらないところだ」

「シルヴァはそこは嫌い?」

「大嫌いだ」

「そう。あたしとおんなじね」


コーネリアはそう言って、クスリと笑った。


「シルヴァはそこに帰れるとしたら、帰るの?」

「いいや、帰ることはないな」

「よかった。……アルがね、相談してきたのよ」

「アルが?」

「えぇ。……アルって、あんたの事になると見境なくなるわよね」

「そりゃ……」


俺はアルの発言を思い出す。

最初は、首領に指示されて俺に近づいた。

信じるとは言ったが、やはり疑念は晴れないもの。まだアルは俺に何かを隠している。


「もしかして、あんたアルの事疑ってたりするの?」

「……」

「……まぁいいわ。そうよね、そんな風になるかもね」

「何がだ?」

「いや、アルはあれが素よ。あたしが保証する。あの子、あたしと同じで昔から自由がなかったのよ。きっと」

「どうしてそんな風に言えるんだ?」

「勘よ。でも接してきてわかるわ。同族ってのは、嫌でも分かるもの」


コーネリアはそう言って、ゆっくりと上体を起こす。

白い髪が、サラサラと古いソファを撫でる。


「しかも自分から自由を捨てている。だから、自由な今に興奮しているのよ」

「……どう言うことだ?」

「あったま悪いわね……ま、乙女心なんてわからないでしょうし」

「えぇ? ひどくないか?」

「面だけいいのが悪いのよ。……ねぇ、シルヴァってアルのこと好き?」

「好きか嫌いかで言えば……好き」


コーネリアは魔導書を飛ばして、俺の頭を殴ってくる。


「あんた怖がりすぎよ。何に恐怖しているの?」

「別に……俺に怖い物なんてないよ」

「……裏切られるのが怖いの?」


俺は思わず顔を逸らす。

すると、コーネリアはため息を吐いた。


「ま、怖いものなんて誰にでもあるから深くは聞かないわ。でも、これだけは覚えておいて」


コーネリアは立ち上がり、俺の頭を両手で掴む。そして俺の額に、自分の額を押し当てる。

コーネリアの綺麗な目が、俺の視界いっぱいに広がる。


「あたし達は仲間よ。あたしもアルもセレンも、あんたを裏切らないって事」

「でも……」

「あんた生き辛い性格してるわね!」

「だって……」

「うじうじしない! あんた強いんだから、裏切られたってどうにでもなるでしょ!」

「そう言う問題じゃ」

「そう言う問題よ! 現実は甘くないのよ! 裏切りもある、殺しもある、この世界は夢物語じゃないのよ。そんな世界であたしが嫉妬するほどの強さを持つのがあんた。だから胸はって、裏切られたら裏切った奴ぶっ殺すくらいの気持ちでいなさい! それができるのが、あんた。オーロ・シルヴァなんだから」

「……上手く丸め込まれてる気がするんだが」

「そうよ! 裏切りが怖いのなんてみんな一緒。そんな中でみんな信じあって生きてるんだから、不思議な世界よね」


コーネリアは諦めたようにそう言って、俺の頭から手を離した。


「ま、そんな世界でもあたし達はあんたを裏切らないって事よ。命でも賭けた方がいい?」

「いや、いい。諦めるよ、疑うのはさ」

「……ならいいわ。そんなに口上手じゃないけど、伝わったみたいだしね」

「いや、内容は何も伝わってないぞ。その熱意だけは伝わったからさ」

「……あんたってほんと可愛くないわね」

「そりゃどうも。かっこいいって事だろ?」


コーネリアは無言で魔導書をぶつけてくる。

そして不貞腐れたように部屋の扉のほうに歩いていく。


「もっと上質なベッドで寝る。部屋は開けておくから自由にするといいわ」

「あぁ。おやすみ、コーネリア」


コーネリアは怒ったような、しかし笑ったような表情を俺に向けて部屋を出ていった。

俺は一人残った部屋で、本に目を落とした。

サラサラの表紙が、指にくすぐったい。

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