Lv.7 エルドラドもどき
俺は忘れていた。そんな強そうな敵を倒したらどうなるのか。
それに気づいて断ろうとしたが、ライムに止められてしまった。
今からでも経験値の入手を抑える方法を考えないと。と考えているうちに、『サンペトル』に着いてしまった。
サンペトルは見た所観光業で栄えているようで、あちこちに出店が出ている。
その出店の商品は『黄金竜の剣』『黄金竜風の袋』『黄金竜味のパン』『黄金竜が描かれた椅子』などやりたい放題であった。しかも街の至る所に黄金竜の〜とか黄金竜が〜とか描かれている。
「この街の経済は黄金竜で回っているのか?」
「ようこそ! 見知らぬ人。ここは黄金竜の街、サンペトルだよぉ! 記念に黄金竜の布団はいらんか?」
「いらない。というか馬車の前に立つな」
布団を売りつけてきたおっさんの声を聞き、まるで生ゴミに群がる蠅のように人が寄ってきた。
「観光かい!? うちの黄金竜の宿に泊まりなぁ!」
「うちの黄金竜のパンはいらんか!? 黄金竜ステーキもあるぞ!」
「黄金竜の歩いた後の土! 今なら安いよ!」
どれもこれもいらない物ばかり。いや、黄金竜と名前が付いてるだけのゴミだ。遠くから見てもわかる粗悪な装飾品、保管方法が雑な食料、普通にゴミ。
この街の観光業は終わっていた。
俺は怯えるライムを抱き抱え、馬車で宿屋に向かった。
先にアルに良さげな宿を選んできてもらったが、まともな宿が街の外れにしかないのはどうかと思った。
「あ、シルヴァ! こっちこっち!」
「目つき悪男!」
街の外れの宿屋は、小さく少し古かった。
しかし、黄金竜装飾は一切施されていなかった。
「この街は『黄金竜の街』に改名すべきだ」
「地元住民は既にそう呼んでるみたい」
「あぁ、そう……」
「キュー……」
宿屋の店主はいかにもな無愛想な偏屈ジジイというタイプだった。
カウンターの奥で腕を組んで椅子に座ったまま動かない。
しかし、そんな奴が掃除したとは思えないほど部屋は綺麗だった。
もちろん当然ながら俺とアル、コーネリアは全員別の部屋だ。金ならまだ余裕があるからな。
ちなみにライムは俺と同じ部屋だ。
部屋に荷物を置き、一階の食堂に集まる。
「早速明日、黄金竜の元にカチコミに行くわよ!」
目を爛々と輝かせながら、コーネリアがそう宣言する。
周りに誰もいないからよかったものの、この街でそんな事を聞かれればそうなるかわからない。こいつはほんとに何も考えていないのだろう。
釘を刺しておかねば。
「その話、本気で言っているのか」
いつの間にか店主が俺の背後に立っている。
手には肉切り包丁を握っている。
コーネリアは満面の笑みでその質問に答える。
「もちろん! あたしが黄金竜を倒して、名を上げてやるんだから!」
「そうか」
店主はそう言うと、厨房へと消えていった。
「おい、黄金竜を祭り上げてるこの街の住人にそんな事言うな」
「どうしてよ!」
「自分たちに利益をもたらしてくれる黄金竜を殺すと宣ってる奴、そんな蛮族を生かしておくと思うか?」
「でも黄金竜は魔物なのよ!」
「……俺は黄金竜の事を何も知らない。色々と教えてもらえるか?」
俺は恥を忍んでコーネリアにそう聞いた。すると、コーネリアは一冊の本をローブの下から取り出した。
小さな子供が読むような絵本であることは、一目瞭然だった。
「いい? 黄金竜は昔からいる凶悪な魔物なの。体が黄金で出来ていて、剣も魔術も効かないの。黄金竜はペティ山の頂上に住んでいて、いろんな国から奪ったお宝を溜め込んでいるのよ。以上よ!」
「体が黄金で出来ているのに誰からも狙われないのか?」
「もちろん狙われるわよ! でも強いから誰も勝てないの!」
「まるで御伽噺だな」
だが、今の話でこの街の住人達が黄金竜を崇拝する理由がわからない。
話を聞いただけだでは悪い魔物。お宝を奪って、誰も倒せない。
どうしてこの街の住人は黄金竜を崇拝しているんだ?
「その話、まだ続きがある」
「……店主」
宿屋の店主が、料理を持って俺たちのテーブルにやってくる。
「食え。俺の奢りだ」
「どう言う風の吹き回しですか?」
「俺が黄金竜が嫌いだからだ」
アルが店主に席を譲る。そんな様子を見て、俺はアルに席を譲った。
店主は本に描かれた黄金竜を指さした。
「俺がガキの頃、この街は普通だった。山の上に住む黄金竜にビビって、日々を過ごしていた。だがある日、黄金竜を目当てに冒険者一団がやってきた。そいつらは街で豪遊し、次の日に山に登った。そして黄金竜に殺された。その日の夜、冒険者の遺品が山から落ちてきた。それだけならよかった。だがそれが、一部が黄金に変わった布や兜だったんだ」
「黄金に変わった……?」
「それを見た街の奴らは、黄金竜の噂を積極的に流し始めた。その噂を聞きつけた奴らが、山ほどやってきた。街で金を落として、死んだ後は黄金に変わった遺品。その二つがいい収入になった。街の住人は黄金竜を神のように扱い始めた。俺はそれが嫌で、街の端に宿屋を建てた」
店主は涙を流した。
「この街に住んでれば、黄金竜に襲われることもある。俺の妻は、黄金竜に殺された。俺は黄金竜も、この街の奴らも嫌いだ。だから、どうかこの街から出ていってくれ……黄金竜を刺激しないでくれ……」
「分かったわ!」
コーネリアはあっさりと承諾した。
いや、しかし。その顔は諦めの表情ではなく、決意を決めた顔をしていた。
「あたしが黄金竜を倒して、みんなの目を覚まさせてあげる!」
店主含め、俺たちはポカンとした。
「え、話聞いてた?」
「もちろん! アルこそ、ちゃんと聞いてたの?」
「聞いてたけど……」
「なら最善の選択がわかってるはずよ! あたしは黄金竜を倒して名をあげる。この街の住人は黄金竜がいなくなって目が覚める。まさに一石三鳥よ!」
「二鳥だと思うんだけれど……」
「いいや、三鳥だ。黄金竜による被害者が増えない。だ」
コーネリアはそんな事考えていないだろう。
アルは納得がいかない顔をしているが、関係ない。
黄金竜を倒す事で問題が全て解決する。それだけは動かない事実だ。
「なら予定通り明日黄金竜にカチコミよ!」
「それはダメだ。まずは黄金竜の事を調べる。生態とか、習性、弱点とか。それを集めて倒し方を考える」
「だ、か、ら! あたしがすごい魔術で消しとばすから大丈夫よ!」
「あ〜……それは最後の切り札にしよう」
納得がいかずギャーギャー喚くコーネリアをよそに、俺はアルの肩を叩く。
「一応斥候としてアルに行ってもらいたいんだが、受けてくれるか?」
「もちろん! 私がシルヴァの役に立てるなら、囮でも何でも引き受けるよ!」
「命大事にだぞ。肝に銘じておけよ」
「ん!」
アルは嬉しそうだ。その従順さに、慣れそうな自分も怖い。慣れは恐ろしい。いつの間にか人間の持つ物差しを破壊する。俺は自分にブレーキを課すために、心に一つ決まり事を敷いた。
「ありがとうな」
「シルヴァのためだもの、任せてよ」
感謝の心を忘れない。それさえ忘れなければ、大丈夫だろう。
「さ、腹が減っては戦はできぬ。店主、この料理食べてもいいか?」
「……好きにしろ。もっと持ってきてやる」
そう言って店主はまた厨房に消えた。
しかし、その顔には笑みが浮かんでいた。
俺は料理に手をつける。
美味いことを確認し、ライムの分を小皿に取る。
ライムは俺の膝の上で、嬉しそうに料理を食べている。
美味しいものは、明日への活力だ。
『テレレテッテテ〜♪』
『レベルが上がりました〜!』
俺はログを開く。
『食事+5000(ブースト込み×2)』
レベルが20になってから、確かにレベルが上がりにくくなっている。しかし、何か行動した際の経験値獲得量が増えるせいでプラマイゼロだ。
だが、今はそれでいい。
黄金竜だなんて化け物と戦うんだ。レベルはあればあるだけいい。
「自分からレベルを上げる事になるとはな」
「キュー!」
「あたしが倒すのよ!」
「だから、それは最後の切り札として……」
たまには、騒がしい飯も悪くないかもしれない。そう思うことができた。
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