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Lv.67 黒騎士

「忘れた貴様にもう一度教えてやる! 私の名前はアーサー! お前達を殺すラピスラズリの兵士長にして、蛇の足暗殺部隊のリーダーである!」


大剣を振り上げ、黒騎士は俺めがけて剣を振り下ろす。

俺は動くことができずに、その剣を見つめることしかできない。脳から動こうとする信号が発されるが、手足に届く前に靄にかき消される。

結果何もできない。何も行動に移すことができない。


「ストップ!」


メガネの人が、金網の外から叫ぶ。黒騎士の動きは止まり、アルに担がれてその場を離れる。


「あぁ! クソ! 遠距離の停止は長く持たないぞ!」


その声と同時に、黒騎士は動き出す。

剣はコロッセウムのど真ん中に、大きな穴をつくった。


「ほう! 時間停止はここまで届くのか!」


黒騎士はそう言いながら、俺の方に剣を向けた。


「今に忘れるぞ。女騎士、お前の存在も。コーネリア様の存在も。海賊、お前の存在すらも!」

「それがどうした。お前を殺せばシルヴァの呪いは解ける!」


すると、黒騎士は剣を地面に下ろして笑い出した。


「残念だが、それは普通の呪術師だけだ。私は違う、黄金卿から賜った力。私が死のうがどうなろうが呪いは解けない力。そして、術を受けた者が死んだ時に周囲に同じ呪いをばら撒く。それが黄金の呪いだ!」

「そ、そんな……」


アルは俺の顔を覗き込む。可愛らしい顔だ。思わず笑顔になる。


「事態の深刻さも理解できない程度……呪いの進行はおおよそ八割後半程度か? これは夜明けと同時に、死の呪いが発動するだろう」

「シルヴァの呪いを解け!」


アルが怒鳴り、黒騎士に切り掛かる。剣の連撃を、黒騎士は大剣でガードする。


「無駄だ。私は力もあり、呪術もある。私が負ける事は……無い!」


剣の一振りでアルは金網まで吹き飛ばされる。


「ぐっ……! コーネリア!」

「お待たせ!」


コーネリアの魔術が大挙して、黒騎士の背中に押し寄せる。

しかし黒騎士は大剣を振り、コーネリアの魔術を消し飛ばした。


「そ、そんな」

「私の宝剣エクスカリバーは魔術すら打ち消し、人の肉を軽々と引き裂く!」


アーサーは姿勢を低くし、片手を地面についた。


「そして私のこの運動能力!」


クラウチングスタートのように地面を蹴って、黒騎士は走り出した。俺の隣を素通りし、背後の金網をスムーズに登る。

そしてそのまま金網を蹴り、セレンに向かって飛んでいく。


「あっぶな!」

「ふん! 気が散っていたのに避けるとは……次は外さんがな」


そう言いながら黒騎士は、剣を頭上に掲げた。


「呪術、宝剣エクスカリバー、天性の戦闘能力。三つが揃ったこの私を倒せるものは、この世に存在しない!」


勝ち誇ったように宣言する黒騎士。

しかし、三人は俺の前に立つ。


「まずはアーサーを殺す。それからここを出て、シルヴァの呪いを解く方法を探す」

「わかったわ。あたしはシルヴァのそばで魔術を撃って援護する」

「ならうちら二人は前衛やな。シルヴァのお守り、任せたでコーネリア」


コーネリアが俺のそばにやって来る。セレンとアルが、それぞれカトラスと剣盾を構えて前に立つ。

黒騎士もその様子を見て、剣を構えた。


「死ぬがいい!」


黒騎士は剣を寝かせ、俺達に向かってくる。

勢いよく振られた黒騎士の剣はアルの盾と、セレンのカトラスで受け止める。


「コーネリア!」

「わかってる!」


コーネリアが空中に放った魔導書が、黒騎士に向かって魔術をいくつも放つ。

黒騎士は魔術を避けるために攻撃をやめ、一旦バックステップで距離を取る。

しかし、黒騎士は空中で剣を地面に刺し、勢いを殺した。


「バカめ! 着地点に魔導書を仕込んであることなどお見通しだ!」


そう言いながら剣を倒し、黒騎士は着地点をずらす。

そのまま足を開き、黒騎士は姿勢をまた低くした。

勢いよく走り出した黒騎士は、俺達にまた剣を振るう。

しかし俺達の目前でブレーキをかけ、自分が走ってきた勢いを剣に乗せて振るった。


「ッ!?」


黒騎士の剣はアルを捕らえ、まるでバットに当たったボールのようにアルを吹き飛ばした。

振りきられた黒騎士の剣はぴたりと空中で止まった。黒騎士の目は、セレンを捉えていた。

バットを振り切ったような体勢から、黒騎士は剣を返す。アルを吹き飛ばした軌道を逆になぞり、大剣はセレンの腹を捕らえた。


「ゴッ!」

「身体真っ二つコースだなぁ!」


そう言いながら黒騎士は大剣に引っ付いたままのセレンを、大剣ごと地面に叩きつけた。


「ふむ。真っ二つにならないのか。その体、何でできているのやら」


黒騎士はブツブツとそう言いながら、コーネリアと俺の前に仁王立ちした。


「お前を守る騎士達は、そうそう動けまい。死んでもらおう」


ゆっくりと剣を振り上げる黒騎士。まるで断頭台だ。


「シルヴァ」


コーネリアが俺の手をしっかりと握る。

そして黒騎士が剣を振り下ろしたと同時に走り出した。

寸でのところで剣の一撃を回避する。コロッセウムの中央に、また黒騎士の一撃が叩き込まれる。


「逃げても無駄だ!」


黒騎士は飛び、俺とコーネリアの目の前に回り込まれる。

そして落下の勢いを剣に乗せ、振り下ろす。


「このぉ!」


コーネリアが魔導書を何冊も飛ばし、俺達の前に壁を作る。しかし剣が止まる事はなく、魔導書を何冊も引き裂きながら俺達に襲い掛かる。


「ストップ!」


黒騎士の動きが止まる。


「今だ我が妹よ!」

「ありがとう!」


コーネリアは壁にしていた魔導書を展開させ、黒騎士を囲い込んだ。

その魔導書群から一斉に魔術を放ちつつ、俺の手を引いて走り出した。


「スタート!」

「予測済みヨぉ!」


黒騎士は剣を地面に叩きつけ、その勢いで飛び上がる。コーネリアの魔術を全て避け、剣の重さを使って自由自在に方向を変える。

向いた方向は、俺とコーネリアの逃げた先だった。


「シルヴァ! 危ない!」


コーネリアは俺を突き飛ばした。

俺は地面に転がり、天井を向いて倒れた。


「ふん。哀れな」


そう言って黒騎士は、俺の首を掴んで持ち上げる。


「見ろ。お前のせいでみんな痛めつけられているんだ。どうだ、絶景か?」


アルは金網に引っかかったまま、血を流している。

セレンは潰れたカエルのように、地面に倒れている。

コーネリアは、体を縦に深く斬られている。


「ははは。貴様が死んだ後に、全員送ってやる」


黒騎士は俺の腹に大剣をゆっくりと突き刺す。

ズプズプと皮膚を裂いて体内に侵入してくる大剣は、内臓を引き裂き激痛を引き起こした。

その瞬間、俺の脳の靄が一瞬晴れた。


「【フラッシュ】!」

「ぬわぁぁ!」


アーサーは俺の【フラッシュ】を至近距離で食らい、俺の首から手を離した。

剣は俺の腹から抜け、俺は地面に落ちた。激痛は収まり、頭の靄はまた俺の思考を曇らせた。

目を覆ったまま黒騎士は、剣をめちゃくちゃに振るう。何度も地面に剣が叩きつけられ、砂埃が舞う。俺のすぐそばに剣が叩きつけられた時、俺の体が黒騎士から引き離された。


「シルヴァ……大丈夫……?」


そこには俺の体を引っ張るコーネリアがいた。顔の半分は剣で切られ、血が流れ出ている。


「は〜……あたしもまだまだ弱いわね……あたしお父様の言う通り、冒険者とか魔術師とかの才能ないのかしら」


そう言いながらコーネリアは、鎖の巻かれた禍々しい魔導書をローブの中から取りだした。

魔導書を開き、魔力を流し込む。魔導書は光を放ち、より一層禍々しく変貌する。


「コーネリア! やめろ!」

「無理よ。これを使わなきゃ勝てやしないもの」

「それが何か、分かっているのか!」


メガネの男が、そう叫ぶ。

コ……? 魔女服の少女は、俺の方を見て微笑んだ。


「これは時止めの魔導書。イーグルの未完成の時止め魔術ではなく、完全に世界の動きを止める時止めの魔術が封じられているわ。完全な時止めの魔術は、先生ですら使うのを渋っていた。なぜなら発動するために、魔力だけではなく生命力の上限も消費するから」


そう言って魔女服の少女は、自分の髪をサラリと撫でた。


「髪が白くなったのは、生命力を消費しすぎたから。もうあたしの生命力の上限は、一度時止めを発動したら生命力はマイナスになる程度よ」

「それが分かっているのなら、使うな! 僕がなんとかしてやる!」

「無理よ。イーグルの魔力も、既に底を付きかけているでしょ。これ以上やったら命に関わるわ」


黒騎士は頭を振り、静かに顔を上げた。その視線の向く先は、魔女服の少女だった。


「自分の命をかけて、そんな男一人を延命させる。それでどうなる? 時を止めても、結局は動き出した私に殺されるのがオチだ」

「……そうかもね」

「私はあなたの、コーネリア様を信じている。あなたならきっと黄金卿の考えを理解して、協力してくれると私は考えている。ここから出たら現国王を殺し、国をコーネリア様の物に。それから国民に訓練を積ませ、優秀な暗殺者に仕立て上げる。そうすれば黄金卿はきっと御喜びになってくださるのだ」


黒騎士は剣を下ろし、魔女服の少女に対して手を差し伸べた。


「形式上はコーネリア様に拾われた命、その恩を返したい。その男をお渡しください」

「……」

「コーネリア! 渡せ! 渡すんだ! 命を無駄にするな!」


メガネの男は叫ぶ。

魔女服の少女はメガネの男に向かって、笑顔を向けた。


「シルヴァは、あたしの身分なんか知らないのに魔術を褒めてくれた。ここにいた時はみんなあたしが王女だから、それを枕詞にしながらあたしを誉めた。心の中ではそんなこと思ってなくても」


そう言いながら魔女服の少女は、地面に寝ている俺の胸に手を置いた。


「シルヴァは、あたしの身分関係なしに魔術を誉めてくれた。それが嬉しかった。あたしの身分なんか知らないのに一緒に黄金竜を倒しに行ってくれた。あたしの身分なんか知らないのに、シルヴァもアルもあたしと一緒に冒険に連れて行ってくれた」


「あたしの夢であった、心の底からの友達になってくれた! あたしの死んだ心を生き返らせてくれた! あたしの居場所であってくれた!」

「コーネリア、やめてくれ……」



「ごめんね、お兄ちゃん。あたし、ここが好きなの」


魔導書から、光が放たれた。

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