Lv.61 コーネリアの過去
その夜。俺達は宿屋・家出少女には戻らなかった。
あんな脅迫まがいの事を言われて、襲撃がないとは思えなかったからだ。
ではどこにいたか。
正解はイーグルさんの部屋に泊まらせてもらった、だ。
そしてそのイーグルさんの部屋はどこかと言うと、王城の中庭にある小さな小屋。中庭と言っても森が存在し、イーグルさん以外誰も構造を理解していないからと言われ、押し負けた。
「んで、俺達は敵のお膝元で夜を過ごすわけだが。どうする」
「どうするって、何が?」
アルは首を傾げながら聞いてくる。
「これからの予定だ。予定では明日ここを発つ予定だったのに、生きてこの国から出られると思うなよとか言われたんだぞ」
「それ言われたのはシルヴァだけやし、うちは関係ないわ〜」
セレンはあくび混じりにちゃちゃを入れてくる。
渦中の俺を他所に、みんな楽観的な反応だった。
コーネリアを除いて。
「……」
コーネリアは黙ってイーグルさんの作ってくれたパンを、窓際で食べている。
謁見の間を追い出された時から、ずっとこの調子だ。
「……なぁコーネリア。ショックだったのはわかるが、これからの事を考えるべきだろ?」
「信じられない」
「そうだよな、実の親に」
「あんたよシルヴァ。何もするなって言ったのに……」
コーネリアは失望した様な、そんな表情で窓の外を見つめている。
「でも俺、許せなかったんだよ」
「知らないわよ。あたしが我慢すれば全部解決したのに、あんたのせいで面倒ごとに」
「コーネリアの我慢で解決するのを知ってても、俺は行動したよ」
「……ふん」
コーネリアはそう言って、食べかけのパンと一緒に布団に潜っていった。
俺の肩を、イーグルさんが叩く。
「馬鹿なことをしたね」
「実の妹にそんなこと言われて、イーグルさんはよかったんですか」
「いいや? だから君達をここに匿ってる。それに君が手を出さなきゃ今頃僕は、国王殺害の罪で処刑台に連れて行かれていたかもね」
そう言って俺の肩を軽く、もう一度叩いた。
イーグルさんは安楽椅子に座ると、大きく息をついた。
「僕ら兄妹の話をしようか」
イーグルさんはそう言って、温かい飲み物が入ったコップをどこからか取り出した。
そしてそれを飲み、ふぅと一息吐いた。
「僕らはこのラピスラズリ家に生まれた。僕が五歳上の兄、コーネリアが妹。後継候補は多い方がいいんだけど、父上は子供を作りにくい体質でね。それで僕ら二人しか後継がいない状態になった。父上は僕ら二人に最高の教育を施した。一流のマナー、一流の頭脳、一流の話し方、一流のセンス、一流の剣術、一流の魔術。どれもこれも、苦痛で大変だったよ。上手くできなきゃ父上に殴られるからね」
「だからコーネリアはボリスの所でのマナーが完璧だったのか……」
俺は、ボリスの所でのコーネリアを思い出す。俺はアルからそのマナーを教えてもらっていたが、コーネリアは知っていた。それに、セレンに教えるほど熟知していた。
イーグルさんは頷いて、話を続ける。
「自由なんてなかった。僕はご覧の通り飄々とした性格だったから期待されていなかったけど、コーネリアは違った。期待に応えようと、必死で自分を偽り続けた。我慢して、我慢して。苦労して、苦労して。だから父上も期待して、その厳しさは激しくなっていった。そんなある日、確か僕が十歳だからコーネリアが五歳だ。ワイバーンの群れがこの国にやってきた。大量の被害を出して、この王城にもやってきた。当時の剣術担当の先生と魔術担当の先生を筆頭に、白の兵士総出で戦った。結果魔術担当の先生が死んだんだ。兵士も次々と死んでいった。そこにふらりと現れたのが、僕らの先生だ」
イーグルさんは、楽しそうに話をする。
「先生はあっという間にワイバーンを、見たこともない魔術で一掃した。それを見た父上は、先生をちょうど死んだ魔術担当の代わりとして雇うと言ったんだ。それに首を縦に振って、晴れて先生は僕らの魔術の先生になった。それからは楽しかった。体罰を許されているにもかかわらず、先生は僕達に手をあげなかった。それどころか、一緒に遊んでくれたんだ。その遊びの中に魔術を組み込んで、僕らに魔術を教えてくれたんだ。とても楽しかったよ」
そう言いながらイーグルさんは、手の中で火球や水球、土の球や渦巻く風の球を作り出してみせた。
「僕には才能があった。魔法の才能がね。魔術は教えて貰えばすぐに再現できた。でも、コーネリアに魔法は使えなかった。生まれつき才能がなかったんだ。一緒に遊ぶ中でも、コーネリアは段々と遠慮がちになっていった。でも魔法への憧れは誰よりも強かった。私生活のだらしない僕の世話なんか申し出て、代わりに魔法の感覚を教えてくれだとか、どんな風にやれば魔法が使えるようになるのか考えてくれとか。いろいろ言ってきた。先生はそんなコーネリアの思いを知っていた。そこで先生は、僕ら兄妹にあるものをプレゼントしてくれた。それが、魔導書だ」
そう言ってイーグルさんは、懐から一冊の古い魔導書を取り出した。
相当年季が入っており、何度も何度も開かれた跡が残っている。相当大切にしてきたのだろう。
「僕は必要なかったが、コーネリアには必要だった。魔法が使えない者が魔術を使う方法はいくつかあるが、その中で先生は魔導書を選んだ。コーネリアは夢中で魔導書の使い方を先生から教わっていたよ」
イーグルさんは、静かに、慣れた手つきで魔導書を開いた。
すると、魔導書はすぐに光り始めた。
「魔導書を開いて、自分の中の魔力を流し込む。魔力は誰にでもある。魔法が使えようが使えなかろうが、どんな人にも。魔力が流れ込めば、その魔導書は光りだす。そうすれば準備は完了だ」
イーグルさんは、魔導書を前に突き出した。
「頭の中で魔導書に込められた魔術をイメージするんだ。大きさ、形、スピード、数。大きな、槍型で、早く、一つ。小さな、球体で、遅く、大量に」
イーグルさんがそう言うと、魔導書から言葉通りの魔術が浮き上がる。
「撃つ時は、撃つと強く念じろ。自分の魔術は、人を傷つけもするし、救いもする。その事に責任を持つために、頭の中でいちいち強く念じるんだ。ってね」
そう言ってイーグルさんは魔導書を閉じた。
「コーネリアは魔導書に適応していった。どんどん魔導書の扱いが上手くなっていった。しかし、コーネリアは魔導書にハマりすぎた。父上が怒った。ずっと図書室でよくわからん本にうつつを抜かしやがって、てね。図書室には魔術に関する本があったから、コーネリアは先生との授業時間以外はそこでサボっていたんだ。段々とコーネリアの態度も今に近くなっていってね。父上に怒鳴られたときに一瞬戻るけど、それ以外の時間はずっと自然体を出していたよ」
懐かしそうに目を細めるイーグルさんは、今のコーネリアを見てクスリと笑った。
そんな良いとこの王族を演じていたコーネリアが、今じゃ布団にくるまってふて寝しているんだ。俺も、少し笑顔になる。
「それで……父上は先生を追放した。この国からね。最後に先生は、僕らに時止めの魔術を教えてくれた。そして、俺の研究室にはもっとすごい魔法が眠っている。そう言ってた。僕は居ても立ってもいられなくて、先生の後を追ってこの国を飛び出した。王位に興味はなかったからね。でも先生はもういなかった。僕時止めの魔術を使って世界を旅した。危険な魔物には時止めで倒し、捜索隊の兵士は時止めでやり過ごした。でも、コーネリアは僕とは違った」
イーグルさんは静かに息をつき、コップを近くのテーブルに置いた。
「ここからは人伝に聞いた話だけど。父上は危機感を感じたのか、コーネリアをこの国に幽閉した。だからコーネリアはよく家出していたんだ、魔導書や魔術の本を抱えてね。それでたまに家に帰って父上に殴られる。また家出するを繰り返した。そんなある日、国から国宝のローブとコーネリアの姿、そしてコーネリアの魔導書が消えた。コーネリアの部屋には魔法陣の残骸があったらしい。この魔法陣が人を転移させる魔法陣でね。コーネリアは自分でそれを書いて、魔導書経由で魔力を注ぎ起動させ、厳しい警備を通らずにこの国から脱出したんだ。それが……ちょうど2、3ヶ月前くらいかな」
「……俺らとコーネリアが出会った頃か」
あの茂みから転がり出た時のコーネリアを思い出す。きっと、初めての外の世界に混乱していたのだろう。
「ま、それからは君達の知る通りだ。黄金竜討伐の功績をあげ、世界に名を広げた」
「え、そんなに話題になったんですか?」
「まぁ一部ではな。国にも、父上の耳にもその噂は届いていただろう。それなのに父上はあの様子だ」
くたびれた様子でイーグルさんはため息をついた。
コーネリアの今までに、そんなことがあったのか。そう考えると、コーネリアの今までの言動にも辻褄が合う。
自由奔放で血気盛んなのは、今まで抑圧されて育ってきた反動だろう。
そんなコーネリアも、今ではこれか。
「むにぃ……」
コーネリアは布団の端から顔だけを出し、涎を垂らしている。
いつの間にかゴンザレスパジャマに着替えている。
ゴンザレスは、じっとこっちを見ている。
「あの、あのパジャマってなんなんですか?」
「あれはゴンザレス。先生と出会った時に襲撃に来たワイバーンは、ワイバーンの子供を攫ってきた奴らを追ってきての事だった。そのワイバーンの子供がゴンザレスだ。先生がワイバーンを全滅させたせいで、責任をとって殺そうとしたんだが、コーネリアが飼うって聞かなくてな。それで飼ってたんだ」
「そのゴンザレスは今どこに……」
「……先生がいなくなった後に急にいなくなったって聞いたな。その時にパジャマは作ってもらったんだろう」
なるほど。なぜ俺を睨み続けているのかは、不明のままだ。
「さ、話は終わりだ! 寝ろ寝ろ」
そう言ってイーグルさんは、安楽椅子に深く座り込んだ。
そしてものの二秒とたたずにすやすやと寝息を立て始めた。
俺もその寝息のリズムに乗せられ、目を閉じてしまった。
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