Lv.58 街を抜けて
あっという間だった。嵐のように全ては過ぎ去っていった。
俺は黙って宿屋の中に戻り、アルやコーネリア達を起こそうか悩んだ。悩んだ末、もう一度外に出た。
そこには戦闘の跡も、俺が壁に叩きつけられた痕跡も、何もなかった。
夢を見ていたのかと、俺は自分が寝ていた部屋に戻る。
そこにはきちんとアルが横になっていた。俺の姿を見ると、幸せそうに微笑んだ。
「おはよ、シルヴァ」
「あぁ、夢じゃなかったんだな。よかった」
「何かあったの?」
「いや、宿の前で首領とキャットが戦って、首領が負けてた」
「……? 寝ぼけてるんだよ、おいで」
アルは布団の端を持ち上げて、俺を布団の中に誘う。
確かに寝ぼけていたのかもしれない。猫と犬の喧嘩でも見間違えたのだろうか。
「いや、目を覚すべきだ」
俺の脳に、自分が呟いたその言葉が響いた。
「そう? なら私も起きよっと」
アルは布団の中から抜け出し、伸びをする。綺麗な金髪が、アルの薄着の上に垂れる。垂れた金髪が体のラインを表して、とても蠱惑的だ。
アルは俺の隣を抜け、階段を降りていく音が聞こえる。
俺も軽く伸びをして、着替えてから部屋を出る。そして階段を使い、一階まで降りる。
「あれ? コーネリア?」
「おはよ、シルヴァ。言ってもないのに早く起きてきたのは偉いわよ」
一階では、コーネリアは大きな木箱を玄関に置いていた。木箱はコーネリアの背丈をゆうに超えていた。
「この荷物は?」
「アルの鎧よ。一夜で綺麗に修理してもらったわ」
「開けてもいいかな?」
「本人に聞いたら?」
そう言って俺の背後を指さす。
俺の背後。俺が塞ぐ形にドアがあった。そのドアの隙間からアルが顔を出している。
「あぁ、悪い」
「ん。シルヴァ、ちょっとあっち向いてて?」
俺はアルに言われた通りに、指を指された方を見ている。俺の視界は入り口の扉でいっぱいだ。
後ろで布の擦れる音と、かちゃかちゃという鎧の音が聞こえる。
「もういいよ」
「おぉ! 綺麗になったな!」
アルの鎧は白から、プラチナになっていた。小さな傷も、汚れも全て綺麗さっぱり新品同然になっていた。
アルは嬉しそうに笑って、くるくると回る。
「軽くなった気がする!」
「汚れがとんでもないくらいついてたのね。よかったわね」
コーネリアも嬉しそうだ。
「さ、そろそろ行くわよ」
「どこに?」
「昨日から言ってたじゃない」
コーネリアは宿の扉を開け、外に出る。
宿の外には、昨日買った赤い海賊服を着たセレンが馬車に乗って待っていた。
「あれ? シルヴァを寝坊が寝坊して、うちらに昼飯奢る計画はどうなったんや?」
「シルヴァが自然に起きてきたから水の泡よ」
セレンとコーネリアは顔を見合わせてやれやれと言う顔をした。
「まだ俺に金を使わせる気か? 勘弁してくれよ」
「冗談よ。さぁ、馬車に早く乗ってくれる?」
「それで、どこに行くんだ?」
俺は馬車に乗る。いつもの荷台が付いた荷馬車ではなく、人を乗せる客車の付いた馬車だ。
客車に三人、セレンが運転だ。
客車に乗り込み扉を閉めると、馬車は走り出した。まだ早朝の冷たさの残る街のはずなのに、客車の中は三人の体温で少し暖かい。
「それで、セレンの実家はどこにあるんだ? そろそろ教えてくれよ」
「……着いてからのお楽しみでお願い」
「え〜……アルは知ってるのか?」
アルは首を横に振る。
客車の窓から見える街の景色は、大通りに差し掛かっていた。人の往来が目に見えて増えている。
「コーネリアの実家ってどんなところなんだ? こっち方面だったら商人だったり?」
「はずれ」
「なら宿屋?」
「違うわ」
「う〜ん……普通に花屋とか、何もやってないとか?」
「残念……それならよかったんだけどね」
コーネリアは街の中心を遠い目で見ながら、そう呟いた。
馬車は道を曲がり、上級エリアに入っていく。
「もしかして高級ブティックとかやってたりするのか!?」
「いいえ」
「分からないな……」
セレンは手綱を操り、どんどんと街の中心に向かっていく。
「止まれ!」
昨日見た鎧男と同じ鎧を着た二人組の兵士が、馬車を止める。
「ここから先は貴族位のお方達の居住区デス!」
「不自然な海賊女が操る馬車を通すわけないダス!」
随分と親しみのある語尾だこと。
「うちらはこの先に用がある。ほら、通行許可証や」
「む……通ってよしデス!」
「怪しいけど通ってよしダス!」
二人の兵士を通過して、上流階級の居住区に入っていく。
俺は驚きながらコーネリアの顔を見る。
「お前、貴族だったのか?」
「いいえ、違うけど? あの通行許可証も偽物よ」
「え? どこに向かってるんだ、この馬車」
上流階級の居住区を、俺達の乗った馬車が走り抜けていく。建物は上級エリアと同じような石造の建物ばかりだが、装飾が少なめだ。居住区らしいと言えるだろう。
数分上流階級のエリアを走ると、突然馬車が止まる。
何事かと窓から外を見ると、さっきと同じ鎧の兵士達が馬車を囲んでいる。
「止まれ」
「通行許可証や」
「黙れ、この先は王城だ。許可証など存在しない。それに……」
黒い鎧で全身を包んだ巨漢の男が、セレンの掲げていた許可証を剣で突き刺した。
「この許可証は偽物だ。作りが甘い。あのバカ門番二人には罰を与えねばな」
「兵士長、この者達はいかが致しましょう」
「殺せ」
馬車を囲んでいた兵士達が剣を一斉に抜く。
「なぁ、コーネリア。これはどういうことだ?」
「シルヴァ、出ていってもいい?」
アルが客車の中で剣を抜く。
俺はアルを手で制す。
視線は暗い顔をしたコーネリアから、一瞬たりとも離さない。
「なぁ、コーネリア。お前もしかして……」
「えぇ。そうね。シルヴァの予想が正解よ」
そう言ってコーネリアは客車の扉を開け放ち、外に降りた。
魔女帽子を脱ぎ、兵士長と呼ばれた男に顔を晒す。
「わたしはこの国の王女、コーネリア・ラピスラズリ。長い家出から帰ってきたわ。道を開けなさい!」
兵士達がざわめき、陣形が乱れる。
兵士長は兜で顔が見えないが、明らかに動揺していた。
しかしすぐに平静を取り戻し、剣をコーネリアに向けた。
「王女コーネリア・ラピスラズリ様は、美しい青髪である。噂話でも伝わっているはずだ。しかし貴様は白髪、出来の悪い偽物だ!」
「あなたはわたしと直接会った事があるわよね? アーサー?」
「……私はこの国の兵士長だ。大勢が納得できる理由で、動かなければならない」
コーネリアに向かって兵士長アーサーは、剣を向ける。
「ここを通りたければ、私を倒せ。侵入者なら侵入者らしく、散って見せよ」
周りの兵士達が歓声をあげ、俺達に剣を向け直す。
コーネリアはため息をついて、こちらに顔を向ける。
「作戦失敗! プランBの『真正面から殴り込んで玉座まで行くわよ』作戦に変更よ!」
「はいよっ!」
セレンが客車についたレバーを引っ張る。すると俺とアルの乗っている客車の天井が開く。そして、俺達の座っている座席が上方に跳ねる。
俺とアルは空中に打ち出され、兵士達の目の前に着地した。
「やるのか、今ここで?!」
「ちょっと信じられない!」
俺とアルはコーネリアに顔を向ける。すると、コーネリアは既に魔導書を展開していた。
アルも既に剣を兵士長アーサーに向けて、殺る気満々と言った様子だ。
俺もしょうがなく覚悟を決める。
「覚悟するがいい! この王城には髪の毛一本入れさせん!」
アーサーは黒い大剣を天に掲げた。
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