Lv.50 敗北の味
半壊して風通しの良くなった屋敷の中で、生き残ったメイド達に傷の治療をしてもらう。
アルは重症。セレンは背骨に一撃を食らって、体が動かない重体。
コーネリアは魔力切れを起こしてもなお魔術を使ったせいで、生命力を消費して生死の境を彷徨っていた。
俺はレベルが上がったおかげで無傷だ。
メイド達は怪我人や生き残りを一部屋に集めて、そこを一時的な病室に改造していた。
俺達は客人ということもあってか、その隣の部屋が俺達のために用意されていた。部屋の中はベッドが四つ、そのうち三つに包帯まみれのアル、うつ伏せに寝かされたセレン、まだ顔色が白いコーネリアが寝かされている。
俺はというと、残ったベッドに腰掛けていた。
「はぁ……」
本は取られた。コーネリアから託された本。ボリスが遺した本。
それに、キャットに全く歯が立たなかった。途中でキャットの様子がおかしくなったから、攻撃が通ったんだろう。その証拠に、逃げる寸前のキャットはピンピンしていた。
完全敗北と言っても過言ではないだろう。
「俺、弱いな……」
「何言ってんのよ」
コーネリアが、うっすらと目を開けてそう言った。
その視線は、天井を向いている。
「コーネリア……」
「あんたはあたしが鍛えたのよ。強いわよ」
「でもキャット達に逃げられた。それに、本も取られた……」
「あぁ、そのことだけど」
コーネリアは思い出したかのように呟いた。
「逃げられてないわよ」
「え?」
「あの魔法陣、おおよそ転移系の魔術よ。だから魔法陣の内側、転移範囲内にあたしの全魔力を注いだ……魔力爆弾を詰め込んだの。だから逃げた先、恐らく蛇の足の本部は今頃木っ端微塵よ。運が良ければあいつら死んでるかも」
コーネリアは目を閉じて、うめき声を上げながら上半身を起こした。
そしてローブの中から、一冊の禍々しい魔導書を取り出した。
「シルヴァに渡した本、あれ偽物よ」
「えぇ?」
「あたしのローブの中が一番安全なんだから、敵の目の前で渡すわけないじゃない」
そう言って、俺に本を差し出してきた。
俺が本を受け取ると、コーネリアはだるそうにまた寝転んだ。
「注意事項はあの時と同じよ……あ、他の人間に渡さないようにね」
「……わかった」
その言葉を聞くと、コーネリアは寝息を立て始めた。しかし、顔を歪ませている。
「……もしかして」
俺はコーネリアの荷物の中からゴンザレスパジャマを取り出し、コーネリアの体の上に広げたやった。
すると、コーネリアは安心したような表情になった。
「おやすみ、コーネリア」
「……もう空気読まんでええか?」
「セレン、起きてたのか?」
うつ伏せのままのセレンが口を開く。
うつ伏せだから、枕で声がくぐもっている。
「ぷはっ。息苦しいわ……なんでうちだけうつ伏せやねん」
「背骨がやられてるからな。今治療中だとさ」
「けっ……シルヴァのレベルアップとやらが羨ましいわ」
「そう言えば、セレンは今まで何やってたんだ?」
セレンは枕から頭だけ上げて、枕でフィルタリングされていない新鮮な空気を吸った。
しかし首が疲れたのか、また枕に顔を埋めた。
「うちはコーネリアに言われて、図書室におったんや。『宝探しは海賊のお家芸でしょ、よろしく頼むわ』って言われてな」
みょうにクオリティの高いコーネリアのモノマネをしながら、セレンはそう語った。
「宝探し……ボリスの本か」
「そ。うちが見つけたんや。クック、ゴースト、うち。最後らへんはコーネリアも参加して、大冒険やったで」
「そうか……メイドさん達にも感謝しなきゃな。クックさんとゴーストさんは?」
「ゴーストは死んだ。あの闇の中で何かからうちらを逃してな。クックは闇の中でメイド達を守りに行くって言って別れたわ」
「死んだのか……そうか……」
実際あまり会話もなかったが、助けることができなかったのが悔やまれ。
「ま、なんや。闇の中にいるべからず〜って言いよる理由がわかったな」
「そんなこと言うのか?」
「へ? ……あぁ、そうか。みんな子供の頃から言われんねん。完全な闇の中には、絶対に入るな。ってな」
「その理由があの影の化け物?」
「多分そうやな。うちのピストルやカトラス食らっても平気そうな様子やったしな〜……怖いわぁ」
セレンは急に京都弁になって、そのまま静かになってしまった。
「失礼します……!」
そう言って、赤短髪のメイドが必死に声を抑えて部屋に入ってきた。
さっきセレンとの会話で名前が上がった、クックだ。
「お食事を持ってきました……!」
「ありがとう」
俺はクックから、シチューの入った器を受け取る。
それからクックは、三人の枕元に蓋をした器を置いた。若干シチューの匂いが漏れている。
「あの……!」
クックさんが、俺の目の前にやってくる。
「どうしたんですか?」
「いえ……まだ、メイド長とファイさんが暗殺者だったことが信じられなくて……!」
「あぁ…………俺もだ」
二人の間に気まずい空気が漂う。
「……私が代理のメイド長になったのですが、やるべきこととかがわからなくって……! アドバイスをもらえませんか? お願いします!」
「アドバイスって言ってもな……」
俺に言えることなんて、何もない。
「俺は、自分のために戦ってるからな……他人のために戦うメイドに対してのアドバイスは、俺は何も持ち合わせてないよ」
「自分のために……戦う……」
「そこそんなに変だった?」
クックはしばらく同じ言葉を繰り返し、勢いよく部屋を飛び出した。
俺は、呆気に取られた後。シチューを飲んだ。
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