Lv.49 暗殺者達
「こけにしてくれたにゃ……」
「屋敷から出てくるのに随分とかかったな、待ち侘びたぜ。苔が生えるくらいな」
コーネリアの魔術で半壊した屋敷から、キャットが息を切らせながら出てきた。
「その本を……渡せにゃ!」
「いやだね! 【鎖罠】!」
向かってくるキャットを囲むように、鎖を放つ。
しかしキャットは鎖など無駄だと言わんばかりに、鎖を飛び越えた。
「今だ!」
「狙い撃ったるわ!」
「馬鹿正直で助かったわ!」
俺の合図に合わせてセレンがピストルを、コーネリアが魔術でキャットを狙い撃つ。
空中のキャットは避けることができず、二人の攻撃を正面から食う。
「無駄だにゃぁ!」
キャットが勢いそのままに、こちらに飛んでくる。
「知ってるさ!」
「だから私達がいるんだよ!」
アルが飛び上がり、キャットに斬りかかる。
しかし、キャットは白刃取りでアルの剣を受け止める。
その時。キャットの勢いと、アルの勢いが相殺され、一瞬だけキャットの空間座標が固定された。
「【鎖罠】!」
「な、なにゃ!」
空中にいるキャットは、鎖を避けることができない。
キャットの周囲から鎖が伸び、キャットの体を空中に縛りつける。
「こんな鎖ィィ!」
キャットは力を込め、鎖を引きちぎろうとしている。
鎖が次々とちぎれる音がする。
数秒、時間が稼げればよかったんだ。
「【落雷】!」
空に渦巻いていた雲たちの一点が、光り輝いた。
次の瞬間には、轟雷がキャットの体を焼き尽くした。
「地下室でのお返しだ。じっくり焼かれていきな」
キャットの体は感電し続け、光り輝いている。
しばらくすると、雷は鎖の先端から分散して逃げていった。
キャットは煙を立てながら、気絶している。
肉の焼けた匂いが、こっちに漂ってくる。
「ごは……」
「まだ生きてるのか」
もう一度【落雷】を撃つために、キャットに手を向ける。
するとそれを見たキャットは涙を流し始めた。
「ま、待って欲しいんにゃ! わ、私は違うのにゃ!」
「何が違うんだ?」
俺は【鎖罠】で、キャットを二重に縛る。
その拘束に、キャットは苦しそうな表情を浮かべる。
「や、やめてにゃ……シルヴァ、どうして……私だにゃ……!」
「?」
「ずっと、ずっと待ってたにゃ……なのに、なのにどうしてこんなひどいことするのにゃ!」
何を言っているんだ。何を言っているかわからない。こいつはまるで、俺と会ったことがあるかのような……不気味さが……?
「いや、この不気味さ。知ってるぞ」
俺は、アルを見る。
アルは、キャットに向かって冷たい目を向けている。
「ねぇシルヴァ、惑わされちゃダメだよ。早く仕留めないと、また何かするつもりかも」
「……」
「シルヴァ?」
アルが、俺の顔を覗き込む。
その冷たい目は、キャットだけに向けられたものじゃなかった。
俺を見ている時も、いや、ずっと。その瞳の奥は冷たいままだった。
鎖がちぎれ、地面に散らばる音がする。
視線をキャットに戻した時には、キャットは既に拳を構えて目の前にいた。
「ぎッ!?」
キャットの全力の一撃を、顔にもらう直前でガードする。
しかし、俺の腕は紙のようにへし折れ、勢いそのままの攻撃を顔に喰らう。
潰れた蛙のような声を漏らし、後方に吹き飛ぶ。消し飛びかける意識を保ち、【鎖罠】で勢いを殺す。
「まだ終わりだと思うなにゃ!」
「いつの間にこんな近くに!?」
キャットは吹き飛んだ俺に追いつき、俺の足を掴んで思い切って振りかぶった。
俺は湿ったタオルのように、地面に叩きつけられた。
叩きつけられる寸前で、【地形変化】を使って地面に勢いを殺す窪みを作る。
しかし地面は地面。痛いものは痛い。
「らぁっ!」
「無駄にゃ!」
「このっ!」
「当たらんにゃ!」
ぼやけて三重にも見える視界では、アルとコーネリアがキャットに襲いかかっている。しかしキャットは二人の攻撃をやすやすと躱している。
俺は割れた頭を押さえながら、地面の窪みから這い出る。
ギリギリでダメージを抑えれたが、あと少しでも対応をミスしていれば頭蓋骨は粉々に砕けていただろう。
「よし、立てるな?」
「セレン……」
「シルヴァは毎回ボロボロになるな。いけるか?」
「無茶苦茶言うな……もちろん、行けるさ」
俺は朦朧とする意識を歯を食いしばってはっきりとさせ、息を整える。
どろりとした生暖かいものが、後頭部から流れ落ちる感覚がする。
「にゃぁ……」
キャットが息を切らせながら、俺の方に向き直る。
アルとコーネリアはどうなったんだ。
「シ、シルヴァ……助けて……にゃ」
キャットは怒った表情をしながら、懇願するようにそう言った。
次の瞬間、キャットは自分の顔面をぶん殴った。
「なんなんだ、一体……」
「ぺっ! 勝手な口開くにゃよ、この悪戯猫が」
どうなってるんだ。まるでキャットの中に、別の誰かがいるような。
「シルヴァ、耳を貸しちゃダメだよ」
「アル……」
血塗れのアルが、足元に這いずり寄ってくる。縋り付くと言うよりも、這いずり寄ってくる。その表現が、ぴったりな表情だった。
「よぉし、決めたにゃ。まずはシルヴァ。お前を動けないようにして、目の前でアルを殺してやるにゃ。それからコーネリアの首を引きちぎる所をマジマジと見せてやるにゃ。それでセレンは神経を一本一本引き摺り出してやるにゃ。最後にこの屋敷の中にいる生き残りを、シルヴァの体を武器にして殺していくにゃ」
そう言い切ると、キャットは伸びをした。
「いや〜目標を決めると殺る気が出てくるにゃ〜!」
「イカレ猫メイドが」
「みんなの嫌がる顔を見るためにゃ。そんな願いを黄金卿は叶えてくれるに……シルヴァ、後ろにゃ! こいつらは……! ……もう遅いにゃ」
キャットは、ポケットからスイッチのようなものを取り出した。
そしてキャットは、ニヤリと笑った。
「やれにゃ」
「は〜い!」
元気な声が、俺の後ろから聞こえた。
背中に激痛が走る。
「うぐ……」
激痛に襲われ、地面に倒れ込む。隣にいるセレンも、同じように倒れる。
額から脂汗が吹き出し、血の気が引いていく。
そんな激痛に襲われつつも、背後を見る。
「やっほ〜シルヴァ様」
そこには、笑顔で俺に手を振るファイがいた。その手には、俺がコーネリアから預かった隠し財産の本が握られていた。
「どうして……」
「ん〜……どうしてって言われても、困りますよ〜」
ファイはアゴに手を当て、考え込むような仕草をする。
「これ、壊した仮面の代わりに返すにゃ」
そう言ってキャットが、ファイに髑髏の仮面を投げ渡す。
「もう〜。認識阻害効果のある仮面を現場に落として回収できなくなるって、どんなドジっ子なんですか!」
「何を言ってるんだ、ファイ……?」
ファイは俺の疑問に応えるように、仮面をつけた。
「さて、僕は誰でしょうか?」
「……そりゃ、あ。あ?」
誰だっけ。
いや、そんな。今までわかっていたのに。
すると目の前のメイドは、仮面を外した。
「こんな感じでこの仮面には認識阻害の効果がかかってま〜す。頑張れば見破れますが、僕のは秘匿特化なので違和感がほとんどないんです! どっかのアホ猫がぶっ壊しちゃいましたけど」
ファイはクルクルとその場で回り始めた。
そして止まった時には、海賊服を着た男になっていた。さっきまでの背丈と違う。性別すら。
「お前……エンジェル?」
「そうこの僕だ! よく覚えていたね! だがしか〜し!」
エンジェルはまたその場で回り出し、年老いた神父に姿を変えた。
またくるりと周りウエイトレスの格好をしたお姉さんに。次は農家の娘の姿に。次は……次は……次は……
最後は元のメイド、ファイの姿に戻った。
「と、こんな風に僕は姿を変えられま〜す! なんたって僕は蛇の足のスパイ担当だからね!」
「クソ……最初から敵だったのか……」
「苦労したんですよ〜? 仮面を証拠品として押収されたキャットのせいで、僕の仮面を貸す羽目になっちゃったのです。そのせいで正体がバレたら仮面で逃げることができないので、必死に演技したんですよ〜? ご主人に忠誠を誓うメイドのえ・ん・ぎ♪」
ファイは、いや、エンジェル?
……目の前のメイドは、笑い声を上げながらクルクル回ってキャットのそばに行く。
そして、キャットに本を手渡した。
「よし、撤収にゃ」
「え? 殺していかないの?」
「にゃ。あの宣言は嘘にゃ。お前が本を奪う隙を作るためのにゃ」
キャットはスイッチを、ポチりと押した。
二人の周りに魔法陣が現れ、二人を光で包み込んだ。
「それじゃあね〜」
「次はじっくり殺してやるにゃ〜」
二人はニコニコしながら俺達に手を振った。
「逃がすわけないでしょ、この外道組織」
コーネリアの声が聞こえると同時に、二人を囲む魔法陣の中に大量の魔術弾が出現する。
コーネリアは、いつの間にか俺達の目の前に立っていた。
「にゃっ!?」
「やばばっ!」
魔法陣の中の二人は驚いたリアクションを残し、魔術弾と共に消滅した。
「……」
コーネリアはそのままの体制で、俺達の上に倒れてきた。
コーネリアの髪は力尽きたように真っ白に変化し、俺達の上のコーネリアに重さはゆっくりと失われていった。
『テレレテッテレ〜♪』
『レベルが上がりました〜!』
「コーネリア!」
俺は傷が治った瞬間にコーネリアを抱き上げる。
その目からは血の涙を流し、息は想像を絶するほど荒かった。
「あ〜……死ぬかと思ったわ……」
「コーネリア! よかった……」
コーネリアは、目をうっすらと開いた。
「魔力の代わりに生命力消費したから、しばらく動けないわ……プロテクトが切れる前にとっとと屋敷の中に運び込んでちょうだい」
「わ、わかった!」
俺はアルとコーネリアとセレンを担ぎ、半壊した屋敷の中に戻った。
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