Lv.48 外界
「……屋敷が吹き飛んだ、のか?」
体に弾丸のような雨が、全方位から打ちつけられる。ひたすらに痛い。
屋敷の半分ほどが、コーネリアの魔術によって内側から壊れたようだ。
今が夜なのか昼なのかわからない。空は厚い雲で覆われているため、月も太陽も見えやしない。
しかし、外である。
「くぅ……痛いにゃ……」
半壊した屋敷を背にした俺達の正面、地面に転がったキャットがゆっくりと起き上がる。
「……? 外?! まさか!」
キャットが慌てた様子で立ち上がる。そして俺の方を向き、怒りの表情をあらわにする。
『テレレテッテレ〜♪』
『レベルが上がりました〜!』
久しぶりのレベルアップ音だ。俺の体は光り輝き、傷が塞がる。腕、足、内臓、身体中の小さな傷。俺の体は、正常な状態へと戻った。
「ふぅ〜……おいキャット、良い表情するじゃねぇか。えぇ? とびきりの泣き顔と命乞いをしろにゃ〜。なんてな」
俺はキャットの口調を真似して、全身を確かめるように動かす。
『テレレテッテレ〜♪』『テレレテッテレ〜♪』『テレレテッテ『テレレテッテ『テレ『テレ『テレ『テ『テ『テ『テレレテッテレ〜♪』
「な、何事?」
レベルアップの音が、何重にも聞こえる。
体の底から力が湧き上がる。しばらく続いたレベルアップの音が鳴り止むと同時に、雨が止む。
いや、違う。
「……アル? コーネリア? セレン? それにキャットも……止まってやがる」
『あ〜あ〜聞こえますか〜?』
久しぶりに聴く声だ。俺の体を光の柱が囲っている。
声の主を探そうとするが、首が動かない。それどころか、体が動かない。
「なんなんだよ、一体」
『あ、聞こえそうですね〜。ずっと探してたんですよ〜』
「探していた?」
『はい。この前と違ってバイタルも確認できなくて焦ったんですよ〜』
「待ってくれ、この前? バイタル? なんの話だ?」
『私はあなたのバイタルと姿を見ているんですよ〜。この前っていうのは……おそらく海にいた時ですかね〜。姿が観測できなかったのでわかりませんが、海の中に来た時に会った時以外は見えませんでした〜』
「……そうか」
声から何かを企んでいたりしているようには思えない。いや、神だからわからないだけだろうか。
「それで、一体なぜ俺を探していたんだ?」
『ずっと面白くて……いえ、心配で見ていたはずがいつの間にか見えなくなったら心配して探しますよ〜』
「……それだけか?」
『あの〜……実は〜』
女神はしどろもどろになった後、意を決したように話し始めた。
『観測できなかった時の分の経験値が一気に吸収されたせいで、レベルが一気に上がりました……』
「もう知ってるよ」
『えぇ!?』
女神は驚いた様子で黙り込む。カタカタとキーボードを叩くような音が聞こえる。
『あぅ、本当だ。いつの間にか設定がおかしなことに……』
「設定?」
『レベルアップの音を聞こえないようにしたり。不要なトラブルを避けるために、レベルアップの話などに認識阻害をかけていたのですが……いつの間にかオフになってました。オンにしますね』
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は女神に待ったをかけた。
認識阻害。今この女神は認識阻害と言った。
「そ、それをオンにしたら今、レベルアップの話を知っている奴らはどうなるんだ」
『あ〜……忘れちゃいますね』
「ならダメだ。俺は今、信頼できる仲間にその話をした。俺のレベルが上がらなくなる方法を探すために、一緒に冒険している。俺達の目的を、思い出を奪わないでくれ」
『……いや〜最初の頃は秘密にしなきゃとか、どうやって誤魔化すかとか考えてたのに変わっちゃいましたね〜』
「まぁ……そうかもな」
『私は変わることなんてできないので、ちょっぴり羨ましいです。わかりました、認識阻害はオフにしたままにしますね』
俺は安心して、大きく息を吐いた。
『あ、後それと観測できなかったせいでレベルの表示がおかしくなってます〜。ですが問題なく作動はしていますね。直しておきます?』
「え? 表示?」
目の前に、俺のステータス画面が現れる。
確かにレベルの部分が文字化けしている。次のレベルまでの必要経験値量も、スキルの名前も。
「直せるのか?」
『もちろんです』
キーボードの音がすると、俺のステータス画面の表示が元に戻る。
『レベル:65 スキルポイント:50 現在獲得しているスキル:【オート経験値×2】【経験値ブースト×2】【魔物使い】【火属性魔法】【火属性魔術(改変スキル)】【工作上手】【フラッシュ】【鎖罠】【水属性魔法】【水属性魔術(改変スキル)】【落雷】【通信】【分解者】【地形変化】【真空刃】【睡魔】【五感強化】』
「何かレベルがとんでもない数上がっていないか?」
『う〜ん……私が観測していなかった時にとんでもない相手と戦ったりしました?』
「……幽霊船とか海の神とかキャットとか?」
『随分と私、見逃してたようですね……』
知らない。というか人の人生をエンターテイメントとして見ないでほしい。いや、俺が見てきたラノベは全部、他人の人生をエンターテイメントにしているのか。
『ま、まぁ心当たりがあるなら大丈夫でしょう。おっほん。ではレベルが大幅に上がったことを記念して、記念のスキルを進呈しましょう〜』
「待て待て待て待て! いらない! 経験値ブーストとかオート経験値とかもういらないから!」
『スキルいらないんですか?』
「スキルは欲しいけどレベルが上がる系はほんとにいらない!」
『そんなこと言っちゃって本当は〜?』
「マジでいらない」
『ほんとに?』
「いらない」
『そうですか……それでは、また会いましょう……じゃ』
声がゆっくりと空に吸い込まれていって、聞こえなくなった。
止まっていた雨が、また落下を始めた。
「クソっ! やられたにゃ!」
キャットは悔しそうに地団駄を踏む。
なんだかわからんが悔しそうなのでいい気分だ。
「【鎖罠】!」
周囲から飛び出した鎖が、キャットに向かって飛んでいく。しかしキャットは軽い足取りで、その鎖を次々と避ける。
撃てる。スキルが使える。さっきの女神の話、おそらく俺が屋敷の中にいたから観測ができなかったのだ。観測ができなかった間、俺はレベルが上がらなかったし、スキルも使えなかった。だが、屋敷を出たことで、それは覆されたのだ。
「甘いんにゃ。何もかもが。神に縋るお前も、そんな力に頼るお前も。全部甘い」
「待て。今、神って言ったのか?」
キャットは失望したような顔で、ため息をついた。
キャットは、俺の目の前に一瞬で移動してきた。
「黄金卿は、神をも殺す。この言葉の意味をしっかりと考えておけにゃ」
キャットはそう言って屋敷の方に飛んでいく。
「逃がすか!」
「逃がさないわ!」
俺とコーネリアが魔術をキャットに向かって撃つ。しかし、激しい雨のせいで軌道がずれる。
「作戦変更にゃ。さっさと目的の本を図書室から奪取して戦線を離脱するにゃ」
目的の本……?
上空を飛んでいくキャットを横目に、俺はコーネリアから渡された本を取りだす。
「なぁ、コーネリア。もしかしてこの本って……」
「えぇ。そうよ。これが、ボリスの隠し財産よ」
「なんにゃとぉぉぉぉぉぉ!」
キャットが大声をあげる。しかしキャットは、屋敷の方に飛んでいったままだ。空中で方向転換なんてできるはずがない。
「よし、今のうちに逃げるか」
「いいえ。これを餌に迎え撃つのよ」
コーネリアは、無数の魔導書を展開する。
「プロテクトで、あたし達に嵐の影響はないわ。でも、あたしの魔力が続く限りね、魔力が切れればどうなるかわからないわ。雨粒にズタズタの蜂の巣にされるかもしれない」
俺の体に当たる。いや、俺の体の前の空間に当たって消える雨粒。それは生身なら一瞬で体を崩壊させる死の雨だ。
「でも、シルヴァが戦えるのはあの屋敷の外だけ。だから、早めに決着つけるわよ」
「戦った感じ、めちゃくちゃ強かったけどいけるのか?」
「シルヴァ、やるんだよ」
「せや。うちらでチャチャっとやったろうや」
みんな、戦闘態勢を整える。
アルは剣を屋敷の方に構え
コーネリアは魔導書を屋敷に向け
セレンはカトラスとピストルを抜いた
俺は、とりあえずファイティングポーズを取った。
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