Lv.5 馬車の荷台より愛を込めて
父さん母さんお元気ですか。
俺は今、異世界にいます。
異世界で馬車に乗って移動しています。サイフォン魔物討伐隊から一台貰いました。
お供は可愛いスライムのライム。そして、腹の底が読めない女のアルベルドの二人です。
ライムは半透明の半固形半液体で、つぶらな瞳をしています。きっと母さんは気にいるでしょう。ですが俺のライムなのであげません。
アルはよくわかりません。背丈は俺より小さく、だいたい159くらいでしょうか。その体で鎧を身に纏い、剣と盾を持って戦います。戦っている時はその金髪が舞って、綺麗です。きっと父さんの趣味であるカメラに収めれば、とても映える事でしょう。
「キュ?」
「ん、なんでもないよ」
エア手紙なんかやってる場合ではない。
俺は今なんの目的もなく、馬車の荷台で揺られているわけではない。
あれからレベルが上がっていない。それが疑問でログ画面を見ていたのだ。
「……なるほど? 必要経験値が多くなっているのか」
「キュ〜?」
「ゲームってのはレベルが高くなると、レベルが上がりにくくなるんだ」
「キュー」
「その通り、まったくふざけた世界だ。だがこれで希望が出てきた。俺が101レベルになって死ぬのは相当先だなッ!?」
馬車が大きく揺れ、尻を強打する。
『テレレテッテレ〜♪』
『レベルが上がりました〜!』
随分と久しい声な気がするが、そんな事はない。というかついに慣れたのか、噛まなくなったな。
『レベルが20に到達したことを記念して、経験値ブースターをプレゼント〜! えい!』
「なんて???」
『え、必要経験値量は十の倍数ごとに跳ね上がっていくのでレベルを上げるのは大変だろうな〜って思って……』
「いらねぇよ!!! 死への加速装置なんて渡されても嬉しくねぇよ!!!」
まったく。何を考えているんだこの女神。
女神?
「おいおいおいおいどうして今まで俺の呼びかけを、叫びを無視してたんだ!?」
『叫んでいた事はあったような気がしましたけど、呼ばれましたか……?』
「……呼んでいなかったような気がする!」
『あぁ、よかった。私が無視してたわけじゃないんですね。それでは、私はこれで……』
「待て待て待て待て! 色々聞きたいことはあるが、まずどうしてレベルが101になると死ぬんだ!」
『……? 死ぬわけではなく、死ぬような目に』
「一緒だ一緒!」
『どうして、ですか。それはこの世界を作った時に、プログラムの想定範囲を100にしてしまったからです……』
プログラム?
「今プログラムって言ったか? じゃあここはゲームの世界っていうわけか?!」
『いえ私、神様通信講座で世界プログラムを学んでいまして。その第一作目がこの世界なんです』
あぁ。頭痛がしてきた。そんなトンチキ単語が並んだ説明の、トンチキ世界に俺はいるのか。
急に死にたくなってきた。
『でも完成度は保証しますよ!』
「いらねぇよ! 難易度ハードコアな縛りと加速装置付きの完成度なんて! ていうか知りたくなかった、そんなトンチキ事実!」
『あっ、女神電波が悪くなってきましたね……』
「おい! 逃げんのかよ! 逃げるなよ! 逃げないでくれよぉ!」
『ま、まぁ第二の人生楽しんでください……』
女神の、いや、正真正銘の悪魔の声は、天に吸い込まれるように聞こえなくなった。
俺は頭を抱えた。
ライムを抱え込んで、その場に塞ぎ込んだ。
「ええっと、盗み聞いてたわけじゃないけど……大変だね」
「……聞こえてたのか?」
「うん……ん? なんの話だったっけ?」
「……さっき俺が誰と会話してたかわかるか?」
「会話? ずっと黙ってたと思うけど」
記憶を消されたのか? 証拠の隠滅の仕方が雑だな……
「いや、なんでもない」
「そっか。お腹が空いたら言ってね、馬車を止めてお昼にするから」
俺は小声でステータス画面を呼び出した。
称号の部分には【悪夢の狩人】というプレートが、物々しく光っている。結構お気に入りだ。
二つ名のところには、【スライムといっしょ!】という、あまりかっこ良くないプレートが出ている。自分で付けたわけじゃない。いつの間にか付いていたのだ。いや、二つ名は他人から付けられるものだから自分で設定できないのは当然か。
ログ画面を飛ばし、スキル画面を開く。
「おぉう……」
声が漏れるほど最悪な事態。
『現在のレベル:20 スキルポイント:10 現在獲得しているスキル:【オート経験値】【経験値ブースト×2】【魔物使い】【火属性魔法】【火属性魔法(初級)】【工作上手】【フラッシュ】【鎖罠】【水属性魔法】【水属性魔法(初級)】【落雷】』
随分とごちゃついてきたな。いやいや。そんなことはこの際どうでもいい。
【経験値ブースト×2】これが問題だ。
確か経験値5倍とか抜かしていた気がする。それが2つだ。
「5×5で25倍か……5×2で10倍か……どちらにせよ悪夢だな」
俺は意を決してログ画面を開いた。
『学習+10(ブースト込み)』
救いは、存在していた。
「いやこれでもだいぶ凶悪だな」
単純計算。スライム……はやめておこう。
あの狼。名前は紅蓮狼だったな。一体倒した時にもらえる経験値が10だったとしよう。ブーストがかかるせいで、その経験値は100に跳ね上がる。レベルが低ければ、急にレベルが上がる事態に陥るだろう。
……あの紅蓮の大狼って経験値いくつ手に入ったのだろうか。
「ふむ……」
ライムの背中に指を通し、スルスルと計算式を書く。
ライムの背中に文字を書くと日によって変わるが、平均三分程度は残る。
「確かレベルが9くらい上がってたから……5倍ブーストがかかっていて……それで必要経験値はレベルが上がると増えていくから……???」
おおよそ万は超えている。のだろうか。数学は苦手だ。
「キュー」
「ん、腹が減ったのか?」
「キュ!」
「オッケー。馬車を止めてご飯にしよう」
アルが馬車を止める。いつの間にか森の中に入っており、真上から差し込む日差しは木々のパラソルによって防がれていた。
馬車の荷台には、アルが持ってきた干し肉とパンが並べられた。
昨日の。というか今日の狼の肉の残りだ。
「ん、何か近づいてくる」
アルが唐突にそう言い、剣を持って荷台から降りた。
俺も馬車の荷台から顔を出し、外の様子を伺う。
正直なところ何もわからない。俺に聞こえるのは森のざわめきくらいだ。
「餅は餅屋ってな」
「キュ?」
「専門家に任せるってことだ。だがいつか俺にもわかるように、見ることはやめない」
「キュ!」
「来たよ」
場に緊張が走る。
この距離なら俺にもわかる。道の脇にある茂みの向こう。そっちの方向から何かが走ってきている音が。
その音の主は、茂みから転がり出るような体制で道の真ん中に出てきた。いや、実際に蔦か何かに足を取られたのか転んでいる。
「女の子だ」
「人だ」
「キュー」
俺、アル、ライムが三者三様のコメントをこぼす。
魔女っぽい黒のローブを着て、同じく黒の魔女帽子を深く被った少女だ。
その女の子は、転んだ表紙に大量の本をばらまいた。遠目でよく見えないが、どれもこれも高価そうな装飾が施されている。
「魔導書? それもあんなに大量に……」
「魔導書って?」
「ん、簡単に言えば魔法が込められている本の事さ」
「……魔法って魔導書使わなきゃ撃てないとかあったりする?」
もし無詠唱で魔法を撃っていたのが異常なら、俺はとんでもない人数にそれを目撃されている。俺は魔法を無詠唱で撃つ者として異端者扱いされて……
磔はごめんだ
しかし、アルはそんな俺の不安をよそに、俺の質問に答えた。
「いいや、魔導書を使うのは魔法の才能がない人だけだよ」
「才能?」
「才能!?!? あたしの前で才能って言葉を使ったのは誰!?」
魔導書を黙々と拾っていた少女は、こちらを睨みつけながら歩いてきた。
アルが剣を向ける。
「これ以上近づくと斬るよ」
「その声、さっき才能って言った奴ね!」
何も持っていなかった少女は、ローブの下から大きな魔導書を取り出した。
魔導書を開き、その本から文字列のような物が飛び出す。
その文字列は空中にいくつかの渦を巻き、まるで砲門のようにアルを狙った。
「この大魔術師、コーネリア様の力、とくとく見なさい!」
「……とくとでは?」
「うるさい!!」
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