Lv.43 捜査開始
目が覚めたら、見知らぬ天井だった。
いや、思い出すとこれは医務室の天井だ。
「いっ……!」
体を起こそうとすると、全身に痛みが走る。
その声を聞いて、誰かが部屋を飛び出していく。
数分経っただろうか。ファイがやってきた。
「骨が何本か折れていたので治療しときました」
「ありがとう……」
「現状屋敷のメイドのうち半数はグラスに賛同し、シルヴァ様を引き渡すように言っています。残りの半数は、ご主人の遺言に従ってあなたを疑ってはないです。でも味方ってわけでもなさそうです」
「なんでこんなことに……」
ファイは大きなため息を吐きながら、俺が寝ているベッド横の椅子に座る。
「ご主人は死亡。キャットメイド長も瀕死の重傷を負っています」
「生きているのか……?」
「えぇ。さすが伝説のエルフ。最強種族の名は伊達じゃない、ってことですかね」
「話を……話が聞きたい。きっと俺の無実を!」
「いいえ。それは叶いません。首に刺さった木の杭によって声帯が破壊されているため会話が。その杭が脊椎も貫いているために体も動かせません」
「クソ……」
「な〜んでこんな面倒なことに……」
ファイが何かをつぶやくが、よく聞こえなかった。
「ひとまず大丈夫そうなので、自室に移動してもらいますね。ここにキャットメイド長を入れろと、反シルヴァ様派がうるさいので」
そう言ってベッドから下ろされる。足で地面を踏む度に、激痛が走る。
ファイに手を貸してもらいながら医務室を出ると、アルとコーネリアとばったり出会った。
「シルヴァ!」
「無事だったんだな……」
「うん……コーネリアが上手く説得してくれて、監視付きなら自由に動けるようにもしてくれたんだ」
「当然よ。どうしようもないシルヴァを助けてあげれるのなんて、あたしくらいだから!」
コーネリアは自信満々に胸を張る。
「それで、これからどうするの?」
「……俺の疑いが晴れないと、何もできない」
「ならば疑いを晴らしましょう」
ファイがそう提案する。
俺たちは、頭にハテナを浮かべる。
その様子を見て、ファイは言葉を続ける。
「疑いを晴らして、真犯人を見つければいいのですよ」
「そんな……敵だらけのこの屋敷でそんなこと……」
「僕がいるじゃないですか! この僕が!」
ファイは胸を叩く。ぷるりと揺れた。
俺はファイに手を離され、床に倒れそうになる。
「でもそんなことできるかな……」
アルは不安そうにそう呟きながら、俺を抱え上げる。
「僕はこう見えても屋敷の中で偉いさんですよ。まっかせてください! というか僕の身が危ないんで〜……」
「え?」
「いいえいいえなんでもありません! それで、どうしますか。シルヴァ様」
「……やるしかない。俺は、俺の疑いを晴らす」
「その意気です! しかしそのためには体を治さなくてはいけませんね」
そう言って、ファイは廊下を歩いていく。
俺はアルに手を貸してもらい、その後ろを付いていった。
____________
俺は、自室のベッドに寝かされていた。
俺の横になっているベッドの隣には、アルが護衛として付いていた。
反シルヴァ派こと、グラス派がいつ襲撃をかけてくるかがわからないらしい。ほんとになんでこうなったんだ。
俺の不安を感じ取ったのか、アルが俺の手を握る。
「大丈夫だよ。私が絶対守るから」
「あぁ。ありがとう」
それにしても身体中が痛い。どうしてこんなに痛むのだろうか。
「……そういえば」
俺はログ画面を開く。
次のレベルに到達すれば、傷は治る。そうなれば、すぐにでも行動できると思ったのだ。
しかし、俺の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
「レベルが、上がってない……? 経験値が自動で増えていない……」
「え?」
今までどれほど願ったか。俺の経験値は増えることなく、現在値で止まっているではないか。
しかしタイミングが悪い。傷が治って欲しいのに、これではすぐに治らない。自然治癒を待つしかないのだ。
いや、それが普通なのだが。
「どうしてなんだ……」
「良いのか悪いのかわからないね……でも、止めることができるって分かったから、一歩前進だよ」
「……あぁ、そうだな」
そう言いつつ、俺に一抹の不安がよぎる。
今まで無茶ができたのは、レベルが上がれば傷が治るからだ。今の俺に、無茶はできない。
「しかも蛇の足がいるかもしれないのか……」
「……守るから。命に変えても」
アルの言葉には、決意じみたものを感じた。
そんなアルをどこか心配に思っていると、ファイが銀の盆を抱えて部屋に入ってきた。その銀の盆には、錠剤と水が乗っていた。
「はいはい、お薬の時間ですっよ〜」
「薬? どう見ても飲み薬だが……湿布とかじゃないのか?」
「事情が変わりました」
ファイは、急に真面目な顔になった。
「グラスが、外の嵐が収まれば逃げられる可能性がある。と周りのメイドを焚き付けて、一週間以内に真犯人を見つけないと強制的にシルヴァ様を殺すと」
「無茶苦茶だ……」
そう言って、アルが拳を握る。俺の手ごと握っているから、痛い。
「な〜ので。シルヴァ様には無理をしてもらいます。この不思議なお薬でね」
「なんの、薬なんだ……?」
「え〜っと……無茶できるお薬?」
「ダメ。そんな危ない薬シルヴァには飲ませられない」
アルが、ファイを睨みつける。
「いざとなったら、屋敷にいる奴を皆殺しにしてでもシルヴァを助ける」
そう呟くアルの手を、優しく叩く。
「飲むよ。アルにそんなことさせられないから」
「でもシルヴァ……」
「死ぬか死なないかの瀬戸際なんだ。精一杯足掻ける方を選ばせて。な?」
「シルヴァ……」
俺はファイから薬を受け取ると、口元に持っていった。
「一錠でおよそ半日。致死量は十五錠です。効果は全身の痛覚が和らぐ、アドレナリン分泌による極限状態への移行、思考力の増加。副作用は効果が切れると、それまで和らげていた痛みが数倍になって帰ってくる。そして有毒な成分が体に生成されます。致死量分の有毒物質、つまり錠剤十五個分体に生成されると、デッドエンドです」
「……つまり、この二錠で一日か」
「はい。ま、早めに犯人を見つけることができれば大丈夫ってことですよ」
ファイが水の入ったコップを手渡してくる。
「飲んだら最後。覚悟決めてくださいね」
「……」
俺の手は、手汗でびしゃびしゃになっていた。
今までの敵。マングルや幽霊船。黄金竜やウリエルでもこんな緊張はなかった。
どうせレベルアップで傷は治る。とこの世界を、死というものを舐めていたのかもしれない。
今の俺には、レベルアップという回復手段はない。一度瀕死の状態になれば、もう助からないかもしれない。致命傷を負ったら、確実に死ぬ。それが当然であり、今までの自分が異常だったのだ。
そんな中で、俺に付いてきてくれた。
俺と一緒に戦ってくれた。
俺のために命をかけてくれた。
アルも、コーネリアも、セレンも。
そして、ライムも。
「俺が応えるんだ」
俺は薬を一気に流し込む。
身体中が熱くなり、傷口が熱を孕む。
そして次の瞬間には、全身の痛みが引いていた。
「……動く」
全身を動かす。遠くで痛みがアピールをしているが、今の俺には届かない。
俺はベッドから立ち上がる。
「よし。捜査開始だ」
アルは心配そうな顔をしているが、頷いてくれる。
ファイは、なぜか不敵な笑みを浮かべていた。
ひとまず自室から出てみる。すると、部屋の前には剣を持ったメイドが、扉の両サイドに立っていた。
「……監視の方?」
「えぇ。はい」
「部屋の外に出てもいいですか?」
「……少々お待ちください」
片方のメイドが廊下を走っていき、すぐに首輪を持ってくる。
「監視用です。つけてください」
俺はメイドから首輪を受け取り、それを付ける。
爆発とかしないだろうか……
「もう出てもいいですか?」
「どうぞ」
首輪を持ってきたメイドが、淡々とそう言う。
俺が部屋から出ると、その後ろからアルとファイも付いてきた。
二人とも首輪はしていないようだった。
「とりあえず事件現場だ。証拠がなきゃ何も始まらない」
「証拠品なら執務室の……事件現場の隣の部屋に置かれてま〜す」
「ならそこに行こう。案内頼めるか?」
「おまかせあれ〜!」
歩き出したファイの後に続き、長い廊下を進む。すれ違うメイド達からは視線を感じる。鋭いもの、不思議そうなもの、攻撃的なもの、怖がるもの。視線の種類は多けれど、誰も彼もが俺を見ている。
あまり、居心地は良くない。
「とうちゃ〜く!」
数十分歩いた先。ファイは事件現場の隣の部屋で立ち止まった。
その声を聞いて、中から数人のメイドが顔を覗かせる。
「証拠品が置いてあるって聞いたんですけど。俺の無実を証明するために、見せてもらえないですか?」
メイド達は顔を見合わせ、こそこそと相談をする。
何かが決まったのか、三つ編みのメイドが前に出てくる。
「グラス様から立ち入り禁止と言われているため、入れることはできません」
「そこをなんとか!」
「えぇ。それでは不公平ですし、ご主人様のお言葉に反します。監視付きで、証拠品から離れて見るのなら構いません」
「ありがとうございます!」
俺達は部屋の中に入れられる。
すぐにメイドが三人俺を取り囲み、俺が不審な動きをしないかを監視してくる。
「ちょっと近くないですか?」
「文句があるなら御退出を。それに、証拠品に近づきすぎないための措置でもあります。詳しく調べたければ、ファイさん以外のメイドにお申し付けを」
「はい」
三つ編みのメイドの発言に俺は観念して、その状態を受け入れる。
これでも証拠品が見れるだけありがたい。
部屋の中には机が並べてあり、その上に展示されるように証拠品が並んでいた。
血のついた六本の木の杭、ボリスの傷跡のスケッチ、髑髏の仮面
証拠品は、それだけだった。
「あれだけしかないのか?」
俺はファイに尋ねる。
「そうですね〜。それしかないっぽいですね〜」
「少なくないか?」
「犯行はおそらく蛇の足の暗殺部隊のメンバーの仕業と見て間違い無いでしょう〜。仮面がありますし。ご主人の傷跡が何か鋭いもので切り裂かれたような傷なので、シルヴァ様の証言とも一致していますね〜」
「俺の証言?」
「えぇ。談話室で、鉄爪で襲いかかってきたって言ってたじゃ無いですか」
そうだ。確かにボリスの傷も、鉄爪でつけられたような傷だ。
「てことは蛇の足がやっぱりこの屋敷にいるってことか……いや、模倣犯って可能性もあるのか」
「シルヴァ、それはないよ」
アルがストップを入れる。
「蛇の足は一応存在が伏せられているから、知ってる人はごく一部だけだよ」
「確かにな……」
つまり模倣犯の可能性は低いと言うわけだ。模倣犯だとしたらだいぶ犯人が絞れたのに。
俺達がこの屋敷で蛇の足の話をしたのは、ボリスとの談話室だけだ。模倣犯ならその場にいたメイド五人、ボリス、俺達四人。さらに俺達四人を引いて、殺されたボリスと怪我を負ったキャットを除いてメイド四人。ファイとグラスを引いて二人にまで絞れたのだが……
「そういえば、コーネリアとセレンはどうしてるんだ?」
「ん。二人は事件にあんまり関係なさそうだからって、専属メイドの監視付きで自由だよ。と言っても部屋から不用意に出ないようにしてるけどね」
「そうか。ならよかった……なぁファイ、この屋敷には何人メイドがいるんだ?」
「ざっと500。でも事件が起きた時に、他のメイドからのアリバイがあるのが340人」
「500からだいぶ減ったな……」
「まだまだ多いですよ〜!」
そう言ってファイはぷんぷんと怒る。
俺からすれば、容疑者は160人。確かに多い。
この中から犯人を見つけるのは絶望的だ。
だがやらなきゃならないんだ。
「よし、次はキャットさんのところに行こう。何か得られるものがあるかもしれない」
「あ〜……それはちょっと……」
ファイが難しそうな顔をする。
「キャットメイド長がいる医務室は、今反シルヴァ様派で占領されているんですよね……またシルヴァ様が襲撃に来ないかって」
「そうか……どうやっても無理か?」
「一応時間さえもらえれば手回しして……なんとか?」
「なるべく早めに頼めるか?」
「は〜い……」
ファイはだるそうな顔で返事した。
俺の命がかかっているから真面目にやってくれることを願う。
「とりあえず捜査は手詰まりかな……?」
俺はアルの発言に首を振った。
「遺体の状態が見たい。傷跡や、ダイイングメッセージがあるかもしれない」
その言葉を聞いたメイド達の視線が鋭くなる。
「あまりそれは良くないんじゃないですかね〜?」
「流石にダメか……」
すると、三つ編みのメイドが俺の袖を引っ張った。
「あの、医務班がご主人様の検死を致していましたよ。医務長が昨夜すぐに。その資料は副医務長が持っていると思います」
「本当ですか? ありがとうございます。ってわけで次は医務長とやらの所に行こう」
「は〜い、案内しまーす」
俺はファイの後に着いて、部屋を出て行った。
そして廊下を進み、小さな扉の部屋の前で立ち止まった。
「もしも〜し、医務長いますか〜?」
ファイは扉をノックする。しかし、返事はない。
扉の上部から、紙が落ちてくる。誰かがノックをすると、落ちてくるようにしてあったのだろう。
紙には、『地下室にいます』と書かれてあった。
「地下室?」
「ボリスさんの遺体がある所だね」
「……もしかして。ファイ、医務班って誰だ! 医務長の次に偉い奴!」
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
「俺の推理が正しければ、副医務長の元に資料は無い! 犯人が検死のことを知っていれば、そんなものはすぐにこの世から消すはずだ!」
「え。大ピンチじゃないですか! ならばひとまず副医務長の元に案内します!」
ファイは廊下を走り出す。
長い廊下の突き当たり。その扉をファイが強く叩く。
中から眼鏡をかけた小柄なメイドが、寝ぼけまなこで現れた。
「なんスか〜、こっちは昨夜検死だったんスよ? ふぁぁ……」
「資料! その検死の資料って今どこに!?」
「あ〜……医務長がついさっき持ってきましたよ……三分くらい前に」
「地下室だ! 地下室に急ぐぞ!」
「あ、ちょっと……なんだったんスカね……」
俺達はすぐに踵を返し、地下室へ急いだ。
「地下室の入り口は全部で三箇所あります! 一番近いのがすぐそこにあるので、そこから行きます!」
ファイは角を二度曲がって、すぐの階段を下り始めた。
俺達も後に続き、地下室へと足を踏み入れる。
「ッ!」
地下室は火の海になっていた。
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