Lv.39 山道を通る
「進め進め!」
「もう、すぐ後ろまで来てるわよ!」
足を踏み外せば、すぐ下はそこの見えない崖。そんな危険な山道を、全速力の馬車で走っているのは理由があった。
カサカカサカサと、馬車の後ろから大量の音が聞こえる。
後ろを振り向いてみれば、大量の小岩の津波が俺たちに向かって迫っていた。
「とりあえず馬車に引っ付いてたのは剥がしたよ!」
荷台の天井の上から、アルが顔を覗かせる。
荷台からセレンが小岩の群れに向かって発砲しているが、あまり効果はないようだ。
「よし! コーネリア!」
「分かってるわよ!」
コーネリアが魔導書を展開し、大量の水を崖とは反対側の山壁にかける。
山壁に当たった水は跳ね返り、崖下に向かって流れていく。小岩の群れはその水の流れに沿って崖下に落ちていくという算段だった。
しかし小岩の群れは、その水流を飛んで避けた。小岩の裏側は、トカゲの姿だった。
「おい! ジャンプして避けたやんけ!」
「コイワモドキトカゲは接近されたら、その硬い表皮のせいで簡単には殺せない! 逆にその硬い表皮のせいで簡単には飛べないのに!」
アルの狼狽えたような声が、上から聞こえる。
「あーっもう! 誰がこんな山道行こうとしたのよ!」
「……いや、コーネリアじゃん!」
「シルヴァのくせに生意気!」
「私のせいでもある! コイワモドキトカゲの群生地だって知ってたら……!」
馬車の中は狂騒乱舞の阿鼻叫喚、もはやカオスそのものである。
「【地形変化】!」
俺が岩壁をせりださせ、道を塞ぐ。しかし、コイワモドキトカゲは、難なく這って超えてくる。
「シルヴァ! 正面!」
アルが叫ぶ。俺が正面を見れば、そこは急カーブだった。
俺は手綱を思い切り引くが、間に合わずに片輪が崖から落ちる。
「おぉぉぉ! 【鎖罠】!」
咄嗟に鎖で馬車を支える。崖から片輪を出したまま、馬車は動きを止める。
「シルヴァ! 後ろ後ろ!」
背後からは、コイワモドキトカゲの大群が迫っている。
「……シルヴァ、あたしに任せて」
「コーネリア、なんとかできるのか?」
「任せなさい!」
俺はその言葉を信じ、【鎖罠】を解除した。
馬車は自重に従い、崖下に落ちていく。
「魔導書展開!」
コーネリアがそう叫ぶと、魔導書がローブの中から一気に溢れ出す。
そして、馬車の落ちる先に道を作った。馬車は浮かぶ魔導書の上に着地し、ゆっくりと降下していく。
コイワモドキトカゲ達は崖から落ちる勇気がないのか、崖上から俺達の様子を見ている。
「これはすごいな……」
「ふん! どんなもんよ!」
コーネリアは自慢げに腕を組む。
しかし、俺たちの下には無限に続く暗闇が広がっていた。
「これどこに落ちるんや?」
「分からない……」
俺達はコーネリアの顔を見る。しかし、コーネリアは知らん顔をしている。
俺達は崖下に向かって、ゆっくりと降下していった。
数分。いや、一時間経っただろうか。やっと崖底にたどり着いた。
俺達は荷台からいそいそと出る。真っ暗闇がどこまでも広がっており、太陽の光は届かないくらい深かった。
「ここは……どこだ?」
「ほっ!」
コーネリアが魔導書を展開し、光を灯す。なんとか俺達の周囲が見えるくらいには、視界が確保できた。
地面はしっとりと湿っており、湿気の多い所だった。
「シルヴァ! 馬車動かしてくれる? あたしの魔導書取りたいんだけど」
「了解」
俺は馬車を動かし、魔導書から馬車を下ろす。
魔導書は地面の湿気と馬車に踏まれたせいで、ボロボロに変形していた。
「すまないな、コーネリア。大事な魔導書を……」
「いいのよ、別に。みんなの命が無事ならね。それに使い物にならなくなった魔導書がちょうど欲しかったのよ」
「使い物にならなくなった魔導書がか?」
コーネリアはボロボロの魔導書達を、ローブの中にしまった。
「シルヴァ、周り見てきたよ」
「アル、どうだった?」
「登れそうなところは、近くには無いかな」
「ならこのまま進むしかなさそうだな。進めば登れそうなところが見つかるかもしれない」
「わかった」
アルは馬車に乗り、手綱を握る。
コーネリアは魔導書を動かし、馬車の周りを照らす。
セレンは……壁を触っていた。
「セレン?」
「……やばいかもしれん。ここ」
「何がやばいんだ?」
「壁に水滴がついとる。上の方まで」
「だからどうした?」
セレンは周囲を見渡す。
「ここは川や」
「川? どういうことだ?」
「普段は枯れてる川やけど、雨が降ったりすればすぐに川になる。それでこの湿気の量、水滴のつき方、もうすぐ雨が降る」
「……つまり」
「ここはもうすぐ川の底になるってことや! 急げ!」
そう言ってセレンは火のついた松明を取り出し、馬車の先を走る。
「セレン、馬車の先導を頼む! コーネリア、馬車に乗れ! アル、全速力で馬車を走らせろ!」
「「「了解!」」」
セレンは馬車の前を走り、コーネリアは馬車の中から魔導書を動かして馬車の周りを照らしている。
俺はアルが全速力で走らせる馬車の少し前を走る。足元に【地形変化】を使って、地面の凹凸を消していく。
しばらく走っていると、俺の鼻の頭に水滴が落ちてくる。
雨だ。つまりタイムリミットは、すぐそこまで迫っているというわけだ。
先を走っているセレンの松明の光が、止まる。
「あかん、壁や! 道がもうない!」
「なに!?」
セレンの言う通り、目の前は壁だった。石の壁が上の方までずっと続いている。
雨足は激しくなり、火の灯りは消えていた。
そして俺達の足元には、すでに水が溜まり始めていた。
「どうするシルヴァ」
「セレン、船出せるか?」
「無理や。たとえ出したとしても、壁にぶつかってすぐに沈没する」
「……何か手はないのか」
俺は三方を壁に囲まれた状態で、正面の壁に手を当てた。ゴツゴツしていて、凸凹がある。指をかけて登る事は不可能ではないだろうが、馬車を置いていくことになってしまう。
「……ゴツゴツの凹凸?」
俺は自分の左右にある壁に触る。左右どちらもすべすべで、自然のパワーを感じる。
俺は再び正面の壁を調べる。明らかに人工物の手触りだ。暗闇の中を手探りで壁を触っていると、感触が違う部分があった。
木だ。木で塞がれている。そしてこの硬くて冷たいのは鉄だ。そして鉄でできたこの丸いのは……
「ドアノッカー! ここに扉がある!」
「ほんとシルヴァ?!」
「あぁ! 誰か、誰かいないか!」
俺はドアを力強く叩く。しかし、ノック音だけが虚しく響く。
「なぁ……なぁシルヴァ後ろ後ろ後ろやばいやばいやっばい!!」
「なんだセレン! 今忙しいんだ……が?」
俺は振り向き、セレンの指差す方を見る。
谷底の向こう。何かがこちらに向かってきている。
【五感強化】のスキルで視覚を強化し、よく見てみる。
それは巨大な波だった。巨大な波が谷底をさらいながらこっちに向かってきていた。
「やばいやばい! 扉壊すぞ!」
俺は全力で扉を殴る。しかし、扉はびくともしない。レベルが上がっているから木の扉なんて余裕で壊せるはずなのに……
「しょうがないわね! 離れてなさい!」
コーネリアが扉に二冊の魔導書を、重ねて貼り付ける。
俺たちが扉から離れたのを確認すると、魔導書が白い光を放つ。
あれはコーネリアと初めて会った時に見た、爆発のエフェクトだった。
ド派手な爆発音と岩が崩れる音。扉があった場所には、ぽっかりと穴が空いていた。
穴の奥には梯子がかけられており、そこは地下倉庫のようになっていた。
「急げ急げ! コーネリア!」
「あたしから?!」
俺はコーネリアを梯子の上に投げ飛ばす。
「……危険はなさそうよ」
「よし、次はセレンだ!」
「ええんか?!」
次にセレンを抱え、梯子の上に投げ飛ばす。
馬車から馬を外し、先に上げる。
「アル!」
「私は最後で大丈夫だよ!」
「いや、荷台を上げるのを手伝ってくれ!」
「お安い御用!」
アルと協力して、荷台を持ち上げる。
そしてどさくさに紛れて、アルも梯子の上にあげる。
「これで全員……」
俺は振り向く。もうすぐ、一息と言うところまで波は迫っていた。
俺は梯子を掴む事はできたが、波に飲まれた。
激しい水流は俺の体力を急速に削り、物理的にも体力的にも梯子から俺の手を剥がしにかかった。
(【鎖罠】……!)
しかし、鎖が発射されない。
俺の手が梯子から外れ、水流に流される。その瞬間。俺の手を誰かが掴んだ。
凄まじい力で引っ張り上げられ、水流から引き摺り出される。
「ゲホッゲホッ……」
「……無事そうですね」
俺の手を掴んでいたのは、身長二メートルはある猫耳メイドの女だった。
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