Lv.4 アルと言う少女
アルは他の甲冑の人たちに一通り指示を出した後、こちらにやってきた。
「改めて初めまして。私の名前はアルベルド。サイフォン魔物討伐隊の一個大隊を指揮している」
「俺の名前はオーロ・シルヴァだ。こっちのスライムはライムって言う」
「キュー!」
少女、アルは馴れ馴れしくライムを撫でている。
なぜかこの少女とは初めて会った気がしない。しかし、それが逆に不気味さを醸しだしていた。
ライムを奪い返す。
「じゃあ俺はこれで」
その場を離れようと立ち上がる。しかし、すぐに甲冑の人たちに囲まれる。
「まぁまぁ、まだご飯も食べてないんだから」
「……何が目的だ?」
「私はただ、シルヴァと仲良くなりたいだけだよ」
アルはにこりと微笑む。一見すれば俺に好意を向けてくれているように見える。俺だってウェルカムだ。
異世界生活に好感度マックスの美少女は付きもの。しかし、それは創作の世界だけの話で、現実には存在しない。
それが現実に存在している時、何を感じるだろう。幸福感、多幸感、そう答える奴は素人だ。
答えは恐怖だ。目の前に、急に、ポッと出の、好感度マックスの、美少女。宇宙人と同意義の言葉だろう、こんなの。
「お、出来上がったみたい」
皿に盛られた肉料理が運ばれてくる。
あの狼の肉はハーブやスパイスが振りかけられ、香ばしい匂いを発している。何も食べていない俺のお腹は、本能のままにその肉を求めた。
「どうぞ。シルヴァが仕留めた獲物だ。最初に手をつける資格があるのはシルヴァだけだよ」
「ゴ、ゴクリ……」
「キュ……」
溢れ出る涎が止まらない。
食べるくらいなら。何も問題はないはずだ。
アルは得体が知れなさすぎて怖いが、この狼の肉に罪はない。
「いただきます……」
皿に一緒に乗せられているフォークで、狼の肉を刺す。刺したところから肉汁が溢れ出し、皿に肉汁の池を作った。
一見ワイルド料理に見えるが、肉がきちんと切られている。一口サイズの肉を口に運ぶ。垂れる肉汁が足元に落ち、立ち登る湯気が俺の顔を湿らせる。
「う、うまい!」
溶けるように噛み切れるほど柔らかく調理された肉。舌で押すたびに溢れる熱々の肉汁。口から空気が取り込まれるたびに香るハーブとスパイス。
そして何より自分で仕留めた獲物という部分も、美味しさを加速させていた。
「よし、みんな食べていいよ」
アルは他のサイフォン魔物討伐隊のメンバーに指示を出した。
アルも自分の分の肉を持ってきて、食べ始めた。
しかし、この少女はなんなのだろうか。
急に近づいてきて、馴れ馴れしく接してくる。不気味で、不可思議で、興味深い。害を加えてくる様子は無い、今すぐにという言葉を付け加えるとだ。
(怪しいよな、ライム)
(キュ〜?)
(え、ライムは怪しく無いと思ってるのか?)
(キュ〜!)
肯定とも否定とも取れない小さな一鳴き。どうやらライムはもう敵の手に落ちたのだろう……
まぁ、そんな事を考えていても仕方がない。今は食事に集中しよう。と皿に向き直った。
「さてと、それじゃ今回の事の顛末について説明しようか」
アルは自分の皿の料理を平らげて、そう話し始めた。
「事の顛末?」
「そう。今回の狼の大群襲撃事件と、それが発生した原因について」
「キュー」
ライムはお腹いっぱいになったのか、俺の膝の上に乗ってきた。
アルはその様子にクスリと笑うと、地面に絵を描き始めた。
「私たちサイフォン魔物討伐隊はこの周辺である魔物の目撃情報を得て、近くに滞在していたんだ」
地面の絵は、大きな狼になった。
「そして無名の男によってその魔物が討伐されたと報告があり、大急ぎでこっちまで来た。死体を見てみればビンゴだった」
「もしかしてその魔物って……」
「そう、シルヴァが倒したでかい狼。しかもそれが厄介な奴でね」
地面の絵に、アルは触手を書き足していく。絵が上手い。
「黒い触手が生えていただろう? ああいう奴は他にもいて、みんなは『悪夢持ち』や『ナイトメア』って呼んでる。強くて、しぶとくて、それで最悪の置き土産を残していくから」
「置き土産?」
「キュ〜……」
「その置き土産ってのは、自分の配下の魔物。今回は紅蓮狼だね。に命令を下すんだ。自分を殺した奴を、死んでも殺せっていうね」
「そうか、俺のせいか」
「キュー!」
ライムは俺の足をペチペチと叩く。励ましてくれてるのだろう。
アルは、なぜか俺の手を取った。
「シルヴァがあいつを殺さなきゃ、悪夢持ちのせいでもっと被害が出ていた。落ち込む事じゃないよ。それに、結局誰も死ななかった。すごい事だよ」
「キュー!」
ライムが俺の手から、アルの手を引き剥がす。嫉妬? いや、俺を守ったのか?
「ごめんごめん。まぁでも説明義務は果たせたかな」
「だいたいは理解した。だがわからない事が一つだけある」
「ん、なんでも聞いてほしいな」
「アルは、なぜ俺に接触した?」
「……」
アルは少し難しい顔をした。
そして悩んだ様子のまま、後ろ手で討伐隊に指示を出した。
討伐隊の他のメンバーは片付けを始める。野営地のように建てられたテント郡は、瞬く間に片付けられていく。
「私は、あなたに着いて行きたい」
アルは至極真剣な顔でそう言った。
「冗談だろ? 初対面の相手に着いていくって? 少女が、見知らぬ男に?」
「うん」
「……お前は強い奴なら誰でも尻尾振ってついていくのか?」
「違う! 君だから着いていくんだ!」
意味がわからない。こいつは何を。何を考えているんだ。
「断る。お前は何一つ信用できない。素性もわからないし、何も知らない。そんな奴を仲間にして連れていくほど、俺の脳みそは幸せ異世界転生脳に染まっちゃいない!」
「……」
アルは泣きそうな顔をしている。
周りの討伐隊の男達の視線が痛い。だが、俺はお前達と違ってこいつの事を何も知らない。一人称視点だけの正義や主張を、相手に押し付けようとするなよ。
アルは目元の涙を袖で拭った。
「私の名前はアルベルド。生まれは名前もない農村。幼い頃に魔物に村を襲撃され、魔物に対して強い憎しみを持つ」
「お、おい何言って」
「その時に現在のサイフォン魔物討伐隊の首領に拾ってもらった。そして剣の腕を磨き、今ここにこうして立っている」
「私の全てをシルヴァに捧げる。どんな命令でも聞く。だから、だからお願い。私を連れて行って……」
なにを、いってるんだ?
何を言ってるんだ?
「何を言ってるんだ?」
「言った通りだ。望むなら命すらも投げ出す。知りたければなんでも教える。だから、連れて行って欲しい」
イカれてやがる。どうかしている。異常だ。
背筋が凍りつくという言葉は、馬鹿にできない。こいつの目は本気だ。その事実が、俺の恐怖心をゾルリと撫でた。
「なぜ、俺に着いてこようとしているんだ」
「シルヴァだから」
「どうして俺の名前を知っていた」
「……悪夢持ちを売り払った所の、商人に聞いたから」
「どうして俺に執着する」
「……シルヴァだから」
埒があかない。それだけじゃない。こいつは何かを隠している。それはおそらく、とんでもなく重要なことだ。
俺はその場に立てかけてあった剣を取り、アルに向ける。
心配そうに見ていた討伐隊のメンバーも一斉に抜剣し、俺に剣を向けた。
「今、俺がお前を殺すならば。それを受け入れるのか」
「うん」
「なら、討伐隊の奴らに剣を下ろさせろ」
「みんな。剣を下ろして」
「し、しかし……」
「お願い」
討伐隊は皆、素直に剣を下ろした。しかし、俺を睨みつけている。剣だって握ったままだ。そのまま一歩踏み込んで、剣で切り上げれば俺の命を奪えるだろう。
アルは、俺の目をまっすぐ見ている。
俺はアルの首筋に剣を突きつける。
アルは、剣を抜く事なく。いや、抜こうともせずにその状況を受け入れている。
「死ぬぞ」
「それでもいい。シルヴァがそうしたいならすればいい」
「お前を殺した後、ここから無傷で逃げる算段が俺にはある。俺は殺せないぞ」
「いい。みんな、追わないでね。シルヴァを傷つけないでね」
こいつの目的。悪夢持ちを一人で殺せる力を持つ者の抹殺、ではない。自分が死ぬことでチャンスを作ろうとしているわけじゃない。
ますますわからない。なんなんだ。こいつは。
「……」
「シルヴァが、選んで」
「……?」
「生か、死か。私を使うか、捨てるか」
「……女の子が自分の事を道具みたいに言うんじゃねぇよ」
小声で、そう呟いた。
俺は剣を下ろし、地面に投げ捨てた。
大きなため息を吐いて、その場に座り込む。
「信じてたよ。シルヴァ」
「どこからくるんだよその自信は……」
こっちは今のやり取りで心労マックスだっていうのに、アルは満面の笑みだ。
「こっちは今のやり取りで五年は老けた気分だってのに、随分と元気そうだな……」
「うん。好きな人に認めてもらえたって事だから、幸せなんだ」
「あっそ……」
どこまでが本気で、どこからが演技か。しかし、剣を突きつけた時の顔は少なくとも本気の顔だった。本気で死ぬ覚悟をしていた。あの時の俺と同じ、死ぬ覚悟の顔だった。
だから、親近感が湧いた。興味が湧いた。
「はぁ……」
「キュ」
ライムが俺の肩をぽんぽんと叩く。
ありがとな。
「改めて、私の名前はアルベルド。アルって呼んでね、シルヴァ」
登ってくる朝日に照らされる彼女の顔は、どこか神秘的でいながら、儚い印象を抱いた。
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