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Lv.29 天使

甲板に戻ると、まだコーネリアは床に寝ていた。日差しが真上にあるから眩しいのか、魔女帽を顔に被せている。


「どうなった?」

「どうもこうも、動きなしよ」

「地図ではゆっくりこっちに向かってきてるけどな」


俺は周囲を見る。確かに船の真正面に、別の船がある。しかし帆も広げていなければ、オールも見えない。進む意思が見られない。

ただ波の流れに乗って、ゆっくりこちらに向かってきてるのだろう。


「ん?」


正面の船の上に、小さな光が見える。船首から小さな光が放たれているようだった。


「あの光はなんだ?」

「光? ……やばい!」


セレンは俺の言葉を聞いた途端に舵に飛びつき、面舵を勢いよく切った。

次の瞬間、海面を抉りながら光の束が船を襲った。まるで極太のレーザーだ。


「エンジェルや!」


セレンが叫ぶと同時に、正面の船が帆を張る。巨大な髑髏天使の絵が描かれた、立派な帆だ。


「突っ込んでくるぞ!」

「分かっとる!」


エンジェルの船は帆を張った途端、うみねこよりも早くこちらに近づいてきた。

セレンが取り舵を大きく取る。


「はーはっはっはっ!」


スレスレでエンジェルの船を避けれるが、その際に変な笑い声を聞いた。

まるで自分にとっても自信があるような声だった。心の中で、気に食わないと思ったことは内緒だ。


「まだまだ来るでぇ!」


エンジェルの船は急旋回し、こちらに向かってまた突っ込んで来た。


「セレン! あれ、明らかに船にできる動きじゃないだろう!」

「わからん! うちも全部の秘宝を把握しとる訳やない!」

「はーはっはっはっは!」


また、すれ違いざまに笑い声が聞こえる。

しかし、笑い声の主は自分の船から飛び出し、こちらの甲板に降り立った。


「うわっまぶしいっ!」

「まぶしっ!」

「帽子越しでも眩しいんだけど」


降り立った人物は強力な光を発しながら、甲板でくるりと一回転してポーズを取った。


「僕はエンジェル海賊団船長、この醜い世界に降り立った美の天使。その名も、エンジェル! キラキラ」


キラキラって口で言う奴は初めて見た。実際にキラキラしているのはそうだ。

しかしまともに直視もできないのは困った。この隙に攻撃でもされたら何もできない。


「あぁ! 安心してくれたまえ! 僕はこの世で最も美しいから、不意打ちなんて真似はしない!」

「あっそう」

「あぁ! 僕の美しさのあまりに淡白な反応しかできないようになってしまったのか! 僕はなんて罪深いんだ! キラキラ」


眩しすぎて何も見えない。しかし、うっすらとシルエットがわかるのが腹立たしい。

するとセレンが近づいてくる。


「な? ふわふわでキラキラできしょいやろ?」

「今なら言ってることの意味がわかるよ」

「あぁ! 僕の美しさへの嫉妬心から悪口!」


ふわふわでキラキラできしょいの他に、うざいも追加した方がいいだろう。

エンジェルはクルクルと回りながらこちらに近づいてくる。目を瞑っても、瞼越しに眩しい。


「あ、そうだ」


俺はポケットの中から遮光器を取り出した。装着してみると、結構眩しさが軽減された。

しかしそれでも見えない。


「コーネリア、遮光器で結構軽減されるぞ」

「ほんと? ……ほんとね」


コーネリアは遮光器を付けて立ち上がった。


「ん? コーネリア? ……ってことは君がシルヴァか! あぁ美しい僕の美しい幸運に感謝しなければ! キラキラ」 

「なんでみんな俺の名前を知ってるんだ? 個人情報保護法って知ってるか?」

「これを見ればきっとわかるだろう!」


そう言って、エンジェルは仮面のような何かを取り出した。それを顔に付けると、俺たちの目を焼く光が無くなった。

エンジェルの姿は顔が隠れていても、金髪の美少年だとわかるほどに美しかった。

しかし、俺はそれよりも隠れた顔に目が行った。正確には顔を隠した仮面に。

髑髏の形をした、仮面。


「……なんだっけ、その仮面」

「あぁ! 僕の美しさのあまりに記憶喪失に!? 僕らの人攫い部隊を壊滅させたと言うのに!?」


エンジェルはまるで、ミュージカルのように大きく動く。

人攫い部隊……? 記憶にない。

するとコーネリアが隠れるように、俺の背中にしがみついた。


「あぁ! その仮面、蛇の……」

「蛇の足だ! 僕らの組織の名前は蛇の足だよ! キラキラ」

「またコーネリアを狙ってきたのか」

「いいや? 僕は人攫いなんて美しくないことはしないよ! 僕はいわゆるスパイ担当さ!」


そう言ってエンジェルはカトラスを抜いた。


「しかし立ち塞がる障害は、華麗に打ち砕かねばならない! 今の僕は海賊のエンジェル。いや、『美しい』海賊エンジェルだからだ!」

「結局やるのかよ!」


俺もカトラスを抜き、構える。


「くらえ! 美しい僕の威光を!」


そう言ってエンジェルは大きくっポーズをとった。するとエンジェルの背中から大量の光が溢れ、大量の光の線が宙に放たれた。

それは空中で大きく放物線を描き、俺に向かって降り注ぐ。


「そんなのアリかよ!」


俺は固まって動けないコーネリアを抱え、大きく跳ぶ。

船の甲板を破壊して光の線達は消えていった。


「もう一度。僕の威光をその目に焼き付けるがいい!」


コーネリアをセレンに預け、俺はエンジェルに向かっていく。エンジェルは空に光の線を放った後、俺のカトラスの一撃を防いだ。


「甘い甘い! 僕の美しさの足元にも及ばない!」


そう言ってエンジェルはその場で俺に飛び蹴りを入れようとする。

しかしコーネリアとの特訓のおかげか、その飛び蹴りを躱す。


「おぅ! 美しい!」

「そりゃどうも!」

「だが空からの脅威を忘れているね!」


空から無数のレーザーのような光が降り注ぐ。俺は手で自分の体を支え、片手逆立ちでそのレーザーを避ける。

コーネリアとの特訓で回避する力だけはある。


「うぅん! エクセレント!」


そう言いながら隙を晒している俺に向かって、エンジェルは足払いもとい、手払いをしてくる。


「ほっ」

「片手でジャンプした!? 美しい!」


俺は片手で体を押し上げ、その手払いを避ける。


「【鎖罠】!」


空中から飛び出した鎖が、エンジェルの体を縛る。

エンジェルは煌々とした表情を浮かべながら、ため息をついた。


「あぁ……縛られている僕! 美しすぎる……しかし自由な僕の方がもっと美しい!」


そう言ってエンジェルは、縛られたまま妖艶なポーズを取る。

するとエンジェルの背中から放たれた光が、鎖を粉々に粉砕しながら宙に放たれた。


「あぁ……美しい僕を縛ることができるものなんて、この世に存在しない……」

「それはどうやろうなぁ!」


船の至る所からロープが這い出てきて、エンジェルの体を縛り上げた。


「あぁ! 僕のことは縛れても僕の美しさまでは縛れない!」


エンジェルはポーズを取る。しかし、レーザーは出てこない。


「あれ。僕の美しさは?」

「やっぱ一度に出せるレーザーには限度があるっぽいな! シルヴァ、今のうちに海に叩き落としたれ!」

「あぁ、美しさの敗北!?」

「なんだかよく分からないが、分かった!」


俺はエンジェル目掛けてドロップキックをかます。エンジェルは縛られているために避けられず、そのまま海に落ちていく。


「あぁ! 美しい僕はまたきっと出てくるぞ! お楽しみに!」


そう言ってエンジェルはウインクをする。閉じた目の方とは逆の目から、光のレーザーが発射される。

レーザーは俺の顔をかすり、空へと消えていった。

そしてエンジェルは、そのまま海中へと消えていった。


「……なんなんだ、あいつ」

「どうやってもきしょい男や。理解は諦めや」

「……もういない?」


コーネリアが俺の背中越しに海中を覗く。俺はコーネリアの頭を撫でてやった。

しかし、そんな俺たちを邪魔したのは、髑髏天使の海賊旗を掲げた海賊船。スピードを緩めることなく、この船の横っ腹に突っ込んでくる。

敵の船頭が砕ける音と、この船に穴が開く音が同時に聞こえる。


「アルは安静にしてなきゃならないってのに。邪魔しないで!」


コーネリアが魔導書を広げ、好球をいくつも打ち出す。敵船の上はあっという間に地獄絵図に変わった。


「……誰もいない?」


巨大な帆は火に沈み、船体自体も海中に沈んでいく最中。

エンジェルの船には、誰も乗っていなかった。


「あ! あれ逃げてるわよ!」


アルが遠くの海を指さす。そこには小型船がいくつも浮かんでおり、そこには海賊達が溢れんばかりに乗っていた。


「どうする? 沈めとく?」


そう俺に聞くコーネリアを、地図を見ていたセレンが手で制した。


「いや、エンジェルの旗が折れとる。もうあいつらを殺しても意味はないっぽいな」

「そう。なら……いいわ」


コーネリアはそう言って、船内に戻っていった。

少しコーネリアの背中が小さく見えた。


「よし、シルヴァ。次は神海(しんかい)に行くで」

「え? 次の海賊は?」

「……なぜか神海(しんかい)におる」


そう言ってセレンは手に持っていた地図を広げて見せる。そこには緑の旗が、海の中心にいた。

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