Lv.16 潮風の歌
潮風に乗って、誰かの歌が運ばれてくる。
綺麗な女性の歌声だ。
「いい歌ですね」
「あぁ」
港町の宿屋で、一緒に馬車の点検をしているアルと話す。
ここは地図に書かれていた唯一の町で、唯一の手がかりがあると踏んだ。実際のところ、渡された地図の大半は海だった。もちろん陸地もあったが、そこに街は無かった。
人がいる所には、必ず言葉が溜まる。言葉が溜まっている場所には、噂が流れ着く。
噂というものは、真実二割・虚偽九割・虚実五割でできている。
そう。噂なんて十割で収まるはずもない。それが噂ってもんだ。
「おい兄ちゃんら」
宿屋の主人がやってくる。その手には空の袋が二つ握られていた。
「セイレーンの歌が聞こえた。海賊が来るから、大事なもんはこの袋の中に入れて腰に下げな」
主人の腰には、中身が詰まった袋がぶら下がっていた。
「セイレーンって?」
「この街には時々海賊がやってくる。その時には必ず歌が聞こえてくるんだ。それをセイレーンの歌って呼んでるんだ」
確かに。セイレーンは歌を歌うと言われている。しかし、その歌は人を惑わすと言われている上に、セイレーンは架空の生物だ。ならばこの異世界にセイレーンがいるならば、別の生き物と考えていいだろう。
「腰の袋は海賊がきた時に服の中に入れるんだ。そうすれば海賊共も見逃がしてくれる、それが暗黙の領解だ」
「それ以外の物品は?」
「諦めろ。抵抗とかするなよ、俺たちは大切なものは奪われない。代わりに海賊達はこの街で休める。俺たちの平穏はそうやって揺るがないのさ」
主人はそう言って袋を置いて、宿屋の方に戻って行った。
俺は袋を取り、何か大切なものはないかと馬車の中を見る。
「……入れとくか」
「……キュ?」
俺はうたた寝していたライムを、せっせと袋に詰めた。
「アルはどうするんだ?」
「私はもう入れたよ」
そういうアルの手にも腰にも、袋は見当たらなかった。
気づけば、俺の左手が袋に入っていた。しかし袋が小さく、肘までしか入っていない。
俺は黙って袋を外し、アルに投げ返した。
「もう、少しは反応してもいいのに」
「馬鹿なことやってないで早くしろよ」
「でも私の大切なものってシルヴァ以外ないからなぁ〜……」
「その剣は?」
アルの腰にさげられている剣を指さす。別段装飾などは施されていないが、年季が入っている事はわかる。
アルは剣の鞘を撫でて、少し悩む素振りを見せた。
「大切なものってほどじゃないですね。頑丈で切れ味がいいってだけで使っているので」
「ちょっと! シルヴァ、アル、大変よ!」
俺たちの元にコーネリアが飛び込んでくる。その手には、袋からはみ出しているゴンザレスパジャマが握られていた。
「ゴンザレスが入りきらないの! どうしよう!」
「俺の袋も使うか?」
「キュー!」
「先客がいるんだったな……」
「では私の袋を」
「ありがとうアル!」
コーネリアはアルからもらった袋を使って、なんとかゴンザレスパジャマを袋に入れた。
その時、街の至る所から鐘の音が聞こえた。
「海賊がきたぞー!」
「今回はマングル海賊団だー!」
「袋を服の中に隠せー!」
「セイレーン今回もありがとー!」
街の至るところから街の人たちの声が聞こえる。
しかし、俺たちの目に映る街の人たちは、声に比べてあまり慌てていなかった。
それどころか商売の準備を始めている。
宿屋の主人なんて、あくびをしながら袋を服の中に入れている。
「とりあえず言われた通りにやっとくか」
「キュー」
「少し我慢しててくれよ」
「キュ」
俺はライムの入った袋を服の中に入れた。ひんやりしている。
コーネリアは袋を服の中に入れようとしたが、ゴンザレスパジャマが大きくてはみ出している。
砲撃の音が聞こえ、海面が弾ける音がする。
「あたし、海賊を見に行ってくるわね!」
コーネリアが、目を輝かせながら走り出した。
止める間も無く。
「……とりあえず捕まえに行くか」
「賛成」
俺とアルは馬車を馬宿の中に隠してから、コーネリアの後を追った。
港には、巨大な海賊船が停泊していた。ああいうのをガレオン船というのだろうか。知識がない上に、俺の知っている船とは形が違う。なぜ船に羽がついているんだ。
しかし海賊旗は、俺の知っているものと変わらない。強いていうならドクロではなく三本の爪痕のマークって所くらいだ。
「ヒャッハー!」
船からは海賊共がはしゃぎながら降りてきている。
一応海賊共に見つからないように、桟橋に置いてあった木箱の影に隠れる。
「みんな顔に傷がありますね」
「マングルって言葉はズタズタにするとかの意味がある。それに関係しているんだろうな」
「なるほど。シルヴァは博識ですね」
『テレレテッテレ〜♪』
『レベルが上がりました〜!』
「おいなんだ今の音は!」
「クソが!」
海賊達が俺たちの方に向かってくる。
隠れる場所も逃げる場所もない。いやしかし、友好的かもしれない。
「人間だったらズタズタにして船にくくりつけよう」
「いやいや、バラバラにして魚の餌にしよう」
「甘いな! 俺だったら体のパーツを装飾品にしてやるぜ」
ダメだ。この世で一番物騒な職業が、一番言っちゃダメな言葉を言っている。
「もう、こっちよ」
急に腕を引っ張られ、桟橋から落ちる。
しかし海に落ちることはなく、桟橋の下の岩場に着地する。
「コーネリア!?」
「シーッ! 静かに!」
アルもするりと、桟橋の下に降りてくる。
コーネリアは魔導書をじっと見ている。横から覗くと、魔導書には桟橋の様子がリアルタイムで映されていた。
「なんだこれ、リアルタイムで別の視点が観れるのか?」
「そうよ。偵察魔術の魔導書。便利よ」
「偵察任務とかで危険を冒さずに済みますね」
「でも遠くまでは見えないのが欠点なのよね」
魔導書の中では、俺たちの真上で海賊達が声の主を探している。
「どこにもいねぇぞ!」
「どこだぁ!」
「こいつじゃあねぇのか?」
海賊達は何かが入った袋を見つけたようだ。もぞもぞと動いている。
「あれ、服の中が冷たくない……」
俺はもう一度、魔導書の中を見る。
海賊達は、袋の中を取り出す。
「キュ〜……」
「スライムだ!」
「鳴き声あげる奴とか初めて見たぜ!」
「売れば良い値になるぜ〜!」
ライムだ。
俺は桟橋の下から飛び出した。
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