Lv.15 仮面の首領と緑の吟遊詩人
「まだだ……まだ終われない!」
ウリエルは、体を半分に切られても叫んでいた。
切り離された下半身は、既に金の水溜りとして地面で固まっている。上半身も既にただの黄金の塊で、頭だけがまだ生物的な色を宿していた。
「夢は終わらない、僕は必ず帰るんだ……!」
「お前はもうどこにも行けないよ」
「シルヴァ! お前も殺す! そこにいる残りの奴もだ!」
惨めに叫ぶその姿は、蛆虫よりも滑稽だった。
「お前は負けたんだ。俺たちに負けたんだよ。俺に捕まって、コーネリアの魔術に焼かれて、アルに切られて、ライムにはアルを助けられて」
「ふざけるな! ふざけるなぁ!」
ウリエルの頭が、どんどんと黄金に変わっていく。
怒鳴り散らかしていたウリエルも、これには表情を崩した。
「嫌だ! 消えたくない! まだ消えるわけにはいかない!」
口を開けたり閉じたりして、頭を引きずって動き出す。
「あぁ! 嫌だ! どんほぉんほぉ!」
口の下半分までが黄金になり、言葉が崩れていく。
俺はウリエルの頭に手を触れた。
「【睡魔】」
「ふぁ、ふぁにをふぅひぅ……うぅ」
さっき取ったスキルの最後の一つ、触れた対象を眠らせるスキルだ。
ウリエルに、これ以上何かされても困る。逆転の芽は細かく摘むべきだ。
ウリエルは急速に目を閉じた。
「おっと、そいつは困るな」
どこかから声が聞こえる。飛んできたナイフがウリエルの眉間に刺さり、ウリエルは目を覚ます。
ナイフが飛んで来たのは俺たちの背後。俺は痛む体に鞭を打ち、振り返った。
そこには、確かに見たことのある仮面をした男が立っていた。
「お前、村の前で目隠しを売っていた……」
「首領……」
アルがボソリとつぶやく。
首領。俺の記憶の中で、アルとの言葉が再生される。
『その時に現在のサイフォン魔物討伐隊の首領に拾ってもらった』
「サイフォン魔物討伐隊の首領……」
「正解」
首領は靄がかかったような声をさせながら、俺たちの前まで歩いてきた。
俺は、アルを強く抱える。
「いやいや、別に奪いやしないさ。俺の狙いはこっち」
俺たちを通り越し、ウリエルの頭を足で蹴り上げた。
高く飛んだウリエルの頭は、いつの間にかいた見覚えのある緑色の服の女に受け止められた。
「やっほ〜!」
「街にいた吟遊詩人……?」
吟遊詩人はウリエルの頭を、取り出した麻袋に入れた。
「ちゃんと効いてるか?」
「し……っかりと効いてるよ」
「おい! 僕をどうしるつもりだ! 誰だお前達は!」
袋の中からウリエルの声が聞こえる。袋に入る前は口全体が黄金になっていた、なら喋れないはず。
「おい、どう言うことだ」
「いや、何。こいつには使い道があるから死なれては困るだけだよ」
「そいつは危険だ、今すぐ殺したほうがいい」
「んっん〜……だが断る。しかし」
首領は自分のポケットの中から、小瓶に入った紫色の液体を四本差し出してきた。
「これをやろう。傷がひどいからな、これを飲めば治るぞ」
「ありがとうございます……首領」
アルは、痛みで震える手でそれを受け取った。
そして、それを俺の口元に近づけてきた。
「シルヴァの傷がひどいから、先に飲んで……」
「……大丈夫な物だろうな」
俺は首領を睨みつける。すると首領は、サムズアップで返事をした。
俺は意を決し、その瓶の中身を飲み干した。
体の至る場所から骨の再生する音が聞こえる。血液が急速に作られているのか、体が熱い。
ものの十秒程度で、俺の体は健康体に戻った。
「……な?」
「アルの分も。それとコーネリアとライムにも渡してくれ」
「もちろんだとも。頑張った者には、それ相応の報酬が与えられるべきだからな」
コーネリアとライムは、自分で瓶を受け取り各自それを飲み干した。
傷のひどいアルには、俺が飲ませた。
みんな数秒で健康体になった。
「よぉし。みんな飲んだな?」
「……礼を言わせてくれ。ありがとう」
「いやいや。飲んで5分経ったら体が爆発する薬だから、礼なんていらないぜ」
そう言う首領の仮面ごしの金の目は、笑っていなかった。
「てりゃ!」
そんな首領の背中に、吟遊詩人が蹴りを入れる。
「マジに受け取られたらどうするんですか」
「ごめんごめん。場が和むかなって」
一瞬冷や汗をかいた俺は、ゆるいやりとりを続ける二人に少しイラついた。
「ま、茶番はこれくらいにしておいて……」
「本題ですね」
吟遊詩人が丸められた紙を渡してくる。広げてみると、それは地図になっていた。
「我らがサイフォン魔物討伐隊の優秀な元・大隊長である、アルベルドにプレゼントだ」
「まずは私から、一曲」
吟遊詩人はリュートを取り出し、ポロポロと弾きだした。
「勇ましき海 浅ましき欲望 勇敢な者達、沈みゆく 海の財宝そこにあり。願いを叶える神の器、そこにあり」
「って事だ」
「えっと、それが何か俺たちに関係するのか?」
「ん? お前には叶えたい願いがあるんじゃないか?」
叶えたい願い。確かにあるには有るが、なぜこいつが知っているんだ。
俺は悟られないように、ぼかしてものを言う。
「そりゃ誰だって一つくらいはあるだろう」
「ぼかすなよ。知ってんだぜ?」
「時間が押しているので巻きますよ、首領」
吟遊詩人がそう言うと、首領は手を叩いた。
するとどこからか馬車がやってきた。俺たちが最初に乗っていたものよりも、少し小さい。
「二つ目のプレゼントだ。お前らの馬車は焼けたから、新しい足だ」
「ありがとうございます、首領」
アルが丁寧に頭を下げる。
コーネリアもライムも、一緒に頭を下げている。俺はその光景が面白くなかった。
「そんで三つ目」
首領は、ウリエルが入っている麻袋を開ける。そして中におたまのような物を入れ、金色の液体を掬い出す。
ウリエルの声は、聞こえなかった。
「飲め」
「嫌だ」
「ならしょうがない」
首領は、おたまのようなものを俺の口の中に突っ込む。俺は口を閉じてガードしようとしたが、歯を粉砕しておたまが口の中に入ってきた。そして口の中、喉に液体が流れ込む感触がする。
「首領! 何を!」
アルが剣を持ち、首領に斬りかかる。
しかし、その攻撃は吟遊詩人のリュートの弦によって防がれた。
『テレレテッテレ〜♪』
『レベルが大幅に上がりました!』
久しぶりに、その声を聞いた。
待てよ、大幅って言ったか?
俺はステータス画面を開く。
『現在のレベル:30 スキルポイント:15 現在獲得しているスキル:【オート経験値】【経験値ブースト×2】【魔物使い】【火属性魔法】【火属性魔法(中級)】【工作上手】【フラッシュ】【鎖罠】【水属性魔法】【水属性魔法(初級)】【落雷】【通信】【分解者】【地形変化】【真空刃】【睡魔】』
レベルが上がっていた。
「どう言うことだ!」
「な? こいつは歯が全部折れたくらいじゃなんともないのよ」
「無視するな!」
首領はかかかと笑うと、麻袋の中身を一息で飲み干した。
「ふぅむ、この程度か。ま、目的達成だ。次に行くぞ」
首領は俺に背を向け、歩きだした。その後ろを吟遊詩人がトコトコとついていく。
「おいオーロ・シルヴァ」
首領が振り返り、俺の名を呼ぶ。こっちは名前すら知らないのに。
「テメェの名前だっせ〜!」
「【鎖罠】!!」
首領は子供のように笑いながら、山を駆け降りていった。
なんなんだ、あいつ。
「私はかっこいいと思うよ、シルヴァ」
アル、露骨に励まさないでくれ。
『黄金竜討伐作戦:成功』
と、俺のステータスにしっかりと出た。
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