Lv.10 黄金の街と、人
「目が痛い」
「おんなじ感想だわ」
街の中は、一歩踏み込めばまるでエルドラド。ありとあらゆる方向から金ピカの光が飛んでくる。
サングラスでも用意してたらよかったな。
「お客さん、眩しそうだネ! 目隠しあるヨ! 安いヨ、彼女さんとセットで安くするヨ!」
「なんでもいい、売ってくれ」
「毎度アリ!」
ボロボロの布を纏った仮面の男が、木箱の上に並べた遮光機のような物を渡してくる。
商売上手とはああいう奴の事を指すのだろう。
少し高値だが、仕方なく買う羽目になった。
しかし、キチンと前が見えるようになった。
「眩しいのはなんとかなったな」
「良かったの? これから買い物に行くんでしょ?」
「眩しいせいで目が悪くなるよりはいい。さ、まずは食料品だ」
近くの食料品店。その悉くは黄金色に染められている。
店の看板には黄金色に輝く爬虫類のイラストが描かれている。あぁ、あれは爬虫類だ。決してドラゴンや竜なんてものではない。絶対に認めない。
なぜなら
「見て! ゴンザレスの目にそっくり!」
俺は額に手を当てる。
俺は心のどこかで信じていた、あのイカれた目はゴンザレスパジャマを作った職人とやらの個性だったと。しかし、この看板ではっきりしてしまう。
この世界の竜種はみんなあんな目をしていると言うことが。
いや。
「認めない」
「え、どうしたの?」
「絶対に認めない」
「そ、そうなの? 何かは知らないけど、それはアナタの勝手じゃないの?」
「よし、ならさっさと買って買えるぞ! 俺は一秒たりとも長居はしたくない!」
俺は走り出し、必要そうな食料品を買い込んだ。
コーネリアのローブに仕舞えないかと聞いたが、このローブは魔導書しか仕舞えないらしい。
ひとまず宿屋に荷物を持ち帰った時だった。
『あ〜もしもしシルヴァ?』
アルからの【通信】が入った。
『首尾はどうだ?』
『上々ってところかな』
『黄金竜は見つかったか?』
『ん、頂上近くの洞窟にいたよ。名前の通り全身金ピカだね』
『他に特徴は?』
「何してるのよ! 買ったものを整理するんでしょ?」
「いや、少し休憩だ」
「もう!」
『大丈夫そう?』
『悪い、もう一回頼む』
『ん。今の所食事も排泄もしていない。移動も、身じろぎも。まるで銅像みたいだ』
『生きてるのか?』
『息はしてるみたい。時々瞬きもするよ。とりあえずもうちょっと偵察するね』
『晩飯までには帰ってこいよ』
『了解。それじゃあね』
そう言って、アルは通信を終えた。
俺は重い腰を上げ、コーネリアに声をかけた。
「コーネリア?」
「何? あんたがやらないから、あたしが片付けしてあげてるだけよ!」
「悪い、手伝うよ」
「もういいわ。それより何?」
「情報収集ついでにまた買い出しに行くんだが」
コーネリアは立ち上がり、ローブの裾を手で軽く払った。
「ならとっとと行くわよ」
コーネリアはサングラスもどきを装着した。
しかし、情報収集は早々に挫折した。
「黄金竜について何か面白い話はないか」
と聞けば、街の住人はすぐに口を閉じた。
売り口上をベラベラと話す奴ですら、そう聞けば黙りこくる。
しつこく聴いたおかげでなんとか口を開いた老婆も
「知らないよ」
と迷惑そうな顔で答える。やっとの事で知れた情報は『知らない』と言うだけでは、あまりにも不可解だ。
この街の住人は何かを隠しているに違いない。と、『黄金竜風味の鳥串』を食べながら思った。
「これ結構美味しいわね」
「あぁ。別に見た目も変じゃないし、味も値段も普通だな」
「この街にもまだまともな奴はいるのね」
「……そうか。いい事を思いついた」
俺の足は酒場に向いていた。
『黄金竜の酒』その酒場は、金の歯をむき出しにして笑っている黄金竜が看板に描かれていた。もう慣れてしまったが、少なくとも黄金竜の歯は人間のとは違うだろうと思った。
酒場の中は至って普通。木のテーブルやらカウンターやら、皆が想像する異世界の酒場であった。客層も厚く、色んな種族がいた。
その想像通りな様子に興奮してると、コーネリアに服の袖を引っ張られた。
「ここ、怖い」
確かに。コーネリアをジロジロと見ている荒くれ者が多い気がする。しかし俺が見ると、すぐに目を逸らす。
俺はコーネリアの手を握り、店の隅のテーブルに隠れるように座った。
「なら長居は無用だな」
「うん……ごめんなさい」
「いいんだ。飲み物は好きに頼むといい。すぐに戻ってくる」
「うん……」
俺はコーネリアに飲み物を買うには少し多い金を渡し、その席を離れた。
そして一番近くにいた冒険者風の三人の男達に声をかけた。
「黄金竜について知っていることはあるか」
「あぁ? 誰だお前」
俺はウエイトレスを呼び止め、男達の酒のおかわりを持ってくるように言った。
すると男達は馴れ馴れしく肩を組んできた。
「なんだよ話わかんじゃねぇか!」
「なら教えてもらおうか」
「いいでやんすよ!」
背の小さい小狡そうな男が、一枚の紙を広げた。
「黄金竜に翼はあるけれども、飛べないって話でやんす」
「飛べない?」
「黄金竜はある日空から降ってきたらしい。その時に翼がぶっちぎれてたって話だ」
「ぶっちぎれたまま再生させたせいで、飛べない形になっちまったって話でやんす。あと体が黄金なんで、重いって話でやんす」
「なるほどな。他には?」
「それだけでやんす」「それだけだな」「……」
三人の男達は、うんうんと頷いた。
「チッ。それだけかよ」
「……」
沈黙したままだった長身の男が、俺の肩を叩いた。
何かを伝えたいのか、アタフタと動いている。まるでライムみたいだ。
「あ〜……あんたの連れがピンチらしいでやんすよ」
「連れ」
店の隅のテーブルを見る。そこには、数人の男達がコーネリアを囲んでいた。
俺はそのテーブルを離れて、コーネリアの元に向かった。
「おい、何やってんだお前ら」
「あ? 誰だテメェ」
リーダー格らしき男の肩を掴む。
コーネリアは怖がって、下を向いたまま震えている。
「さてはこのガキの連れか」
「何しやがった」
「テメェにぁ関係ねぇよ」
腹部に鈍い痛みが走る。
腹を見れば、男の肘が深く俺の腹に刺さっていた。
体の力が抜けていく。
しかし、それがどうした。怖がっている女の子を放って置けるほど、俺は弱くない。それに、俺は他の異世界転生主人公みたいにいい子ちゃんじゃない。
「【鎖罠】」
空中から、壁から、床から、天井から。無数の鎖が男達を縛り上げる。
「ゲホッ。動けば動くほどキツくなるぞ」
「なんだこれは! なんなんだ!」
男達は無遠慮にもがく。体が鎖で圧迫され、みしみしと言う音が聞こえる。
俺はコーネリアを連れて、店を出ようとする。
「た、助けてくれ! 俺たちはただ!」
「うるせぇな」
俺は首を縛る鎖に、少し力を入れた。
ぱきょ
という間抜けな音が聞こえる。
男達は物言わぬ置物に成り果てた。命までは奪わない。この世界なら直す方法もあるだろう。俺は【鎖罠】を解除した。
そして、新たなスキルを発動させた。
「【分解者】。ゲームスタートだ」
「……」
何をしたんだ、と言う目を向けてくる。
喋ることも、もがくことも、動くこともできない男達。そんな奴らに、説明なんかしてやらない。
【分解者】
シンプルに自然界における分解者である微生物共を異常活性させるスキル。
しかし、奴らはそれを知ることはない。だから対処法も思い浮かばない。ただ手の先から分解されていくのを眺めることしかできない。
「ごめんなコーネリア」
「……ううん、いい」
その顔は、何かを隠しているように暗雲がかかっていた。
酒場の扉を開け、外に出る。相も変わらず光の街。今は俺の神経を苛つかせるだけだった。
「やぁ。お兄さん、随分と暴れたねぇ」
誰かが声をかけてくる。酒場の扉に隠れるように、誰かが座っている。
緑色の外衣を纏い、羽のついた帽子で顔を隠すように被っている女。その手には、リュートを持っている。見た目から予想すると、吟遊詩人だろう。
「今、酒場の中ではたまたまいた魔術師があいつらを回復しているよ? ほっといていいのかい?」
「いい。どうせ分解した部分は直せないはずだ」
「ふ〜〜〜〜ん」
吟遊詩人の女は、ニマニマとした笑みを浮かべている。
そして吟遊詩人の女は、リュートをポロポロと弾きだした。
「やっぱり君、面白いね。だから一曲君にプレゼントだ」
「は?」
「黄金の竜空から堕ち お山の上に城を築く。 空は黄金の竜を拒み、空の力を奪った。 人はその輝きを求め挑む しかし黄金の輝き、その全てを奪い尽くす」
「奪い尽くす?」
「黄金竜は力を奪う能力を持つって事」
吟遊詩人の女は。いつの間にか周りに集まっていた観客の中に消えていった。
『それじゃ、またね』
人混みの中から、そう聞こえた。
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