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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

歌舞伎町という国家

作者: 87U25

寝ぼけながら書きました。

少しでもあなたの朝が爽快になりますように。



 

 「この、期間限定のタピオカ一つください。Mサイズで、トッピングは親指と小指。一番甘くお願いします」


 情けなくもその声は震えていた。

 鍋を掻き回していた手を止めて振り返る。視線を下にしている少女の姿を見て、あぁ彼女は外の人間だと理解した。

 手入れがされていない黒髪にどこか違和感のあるメイク。野暮ったい格好は自分は上京してきましたと言っているようなものだ。おまけに威勢もなくてホストの餌食になるのが簡単に想像出来る。

 とは言えそんなことを教えてやるほど自分は優しい人間ではなかった。


 注文内容を聞き返す。

 少女は不安そうに頷いた。その表情には「人肉を食べることは本当なのか」と言うことがありありと書かれていた。可哀想に。それを尋ねるような大人もいないのだろう。歌舞伎町に来る若者は親と不仲な人間ばかりだ。


 無言でプラスチックのコップを用意する。

 タピオカ屋の店員である自分は、注文された商品を準備するしかなかった。


 流行りと言うものは意図せず突然訪れる。

 ある日を境に人肉を食べることが歌舞伎町でのトレンドとなった。


 きっかけはとあるキャバ嬢のSNSだった。

 

 「本当は教えたくないお店なのですが新しくオープンした焼肉屋さんが色々と良すぎる……」なんて言うどこか意味深な投稿。

 この街一番の有名人で美の象徴のような女性の投稿に、皆んながこぞって反応した。健康に良い、美肌、便秘改善、恋愛運上昇、彼氏と上手く行く、担当と結婚出来る、整形が……本当かどうかも分からない良いことづくめの内容の正体は、なんとまぁ人肉の焼肉屋さんだった。


 流行りと言うものはあっという間に人を飲み込んでしまう。


 その結果、街では至るところで人肉を食べている者が目に入るようになった。

 女子高生が友人と会話に花を咲かせながら眼球をペロペロと舐めたり、喫茶店では勉強のお供と言って男子高高校生が血液を飲んだり。果ては映えだのなんだのと言って、過剰に盛られたまさに阿修羅像のようなパフェを男女仲良く突いたりしたり。


 居酒屋のお通しは炒った小指になった。

 行きつけのラーメン屋では頬肉のトッピングが流行るようになった。キャバ嬢がおねだりする物は輝くリンパ液になった。ホストが欲しがるシャンパンは脳脊髄液の瓶詰めに変わった。


 何もかもが変わった。

 

 とはいえ全てにおいて順調だったわけではなかった。


 当たり前だが、当初は批判が殺到した。

 インターネット上では連日物議が醸された。人が人を食うなんて倫理に反している、親が悲しむ、神は見ているぞ。もちろんその矛先は発端となったキャバにも向かったが、どうしてか立ちどころに消えてしまった。彼女は今も元気に歌舞伎町で働いている。


 不思議なことにここまでネットを騒がせたにも関わらず、テレビを始めとした表のメディアでは一切話題になることはなかった。

  

 流行の波とは凄まじい。

 世の少年少女は流行は乗らなくてはならないものだと思いこんでいる。特にこの歌舞伎町ではその傾向が特別強かった。


 歌舞伎町は一つの国のようなものだ。


 ホストやキャバ嬢などの水商売の人間がシステムのように存在している。

 成人している男女はお互いに溺れ、蚊帳の外にいる未成年は酒に溺れながら、そこに入る準備をしている。

 女性は決められたように涙袋を引いて、ランドセルのように同じリュックを背負う。それに負けず劣らず男たちも似たり寄ったりの細い格好をする。まるで小さな軍隊だ。


 彼らは独自の世界を作り上げ完結している。

 そうしてそれを当たり前に受け入れている。


 街に入るのは簡単だ。

 誰もが街の一部になることが出来る。けれども依存性があるこの街から逃げることはそう容易ではない。段々と外部の人間とは切り離され、歌舞伎町以外の住人に興味を失っていく。

 

 今現在、国が流行という疫病にかかっているような物だ。

 外部から多数の助けが来ない限り、この人肉ブームもまだまだ続くだろう。いったいこの街でどれだけの人間が人肉を食べることがおかしいことだと気がついているのだろうか。


 おつりと同時に商品を渡す。

 ペコペコとした柔らかいプラスチックに入った赤い液体はこの店の新作だった。店長が考案したもので、タピオカの他に胎児のエキスと眼球が入っている。店長曰く大盤振る舞いらしい。

 美肌効果もあるそのドリンクは、某有名メイドカフェの店員が告知をしてくれたおかげで客足が伸びつつあった。


 目の前の少女はほんの少しだけ安心したように見える。

 流行に乗ることが出来たせいだろう。あぁ彼女もやがてはこの世界に呑まれていくのだ。きっと数日後には平気な顔をして人肉を食べてる。歌舞伎町特有のメイクや格好をして、片手には安酒の缶を持ちながら、甘ったるい香水をつけた男たちとフラフラと道路の真ん中を歩くようになる。


 そうして人肉を食べながら、人ではない何かになっているのだ。


 歌舞伎町の住人を見て自分は思う。

 似たり寄ったりの格好をしていてシステムのように存在する人間たち。きっと彼らがアンドロイドと入れ替わったって、人の皮を被った何かになったって、気がつかないんじゃないか。


 プシューッとお湯が沸騰した音が聞こえる。

 ハッと思考が遮られ、慌ててスイッチを切った。火傷しないように注意をしながら蓋を開ける。鉄くさい香りが広がって顔をしかめた。何度嗅い匂いでも慣れるものではなかった。


 この世界に一人取り残された自分はどうすればいいだろうか。


 彼女たち同じように世界に飲み込まれていくべきなのか。

 それとも人間の尊厳を取って抵抗するべきなのか。

 どちらの選択が正しいか分からない自分はいまだに人肉を食べたことがなかった。


 とはいえそう悩んでいるような時間はなかった。

 ビビりで臆病な彼氏が昨日からどうも様子がおかしい。あれだけ人肉を食べる店長を怖がっていたのに、意気揚々と食べるようになった。「人肉、食べなよ」と微笑みながら机に生の肉を置くようになった。虚なその目はどう見ても彼の目ではなかった。


 さぁて自分はどうしようか。

 問題が山積みでどこから手をつければいいのかすら分からない。


 えっ、歌舞伎町から逃げ出せばいいって。

 いやぁそれないかな。なんだかんだ言って自分はこの街から逃げることはない。いや待って、逃げ出せないの間違いかな。


 その程度には自分もこの街の住人なのだ。




反応いただけると白いワイシャツでカレーを食べるくらい喜びます。

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