夏SS
書籍化作業は順調です。発売時期の発表はもう少々お待ちを。
web版とはだいぶ変わりますが、百倍面白くなってるので楽しみにお待ちいただけると嬉しいです!
夏は想夜歌のための季節である。
「うみだ!」
「うみ……!」
燦々と降り注ぐ太陽の下で、想夜歌と朔が叫んだ。
まだ車を降りたばかりなのに、子どもたちは元気いっぱいだ。潮風に飛ばされないように帽子を押さえて笑う想夜歌が可愛い。
「神谷さん、送ってもらってありがとうございます」
「あいよ~。ま、楽しんでいってよ。アタシがやってる海の店に来たらサービスしてあげるし」
小麦色に焼けた肌でサムズアップする姐さん……もといママ友の神谷さんは、相変わらずカッコイイ。
湘南の海まで車で送り迎えしてくれるばかりか、シャワーやロッカーまで無料で貸してくれるというのだから頭が上がらない。
「助かります」
「ウチの娘は暑いの嫌いでさ。ついてきてくれないからアタシも寂しいわけよ。君たちが来てくれて嬉しいよ」
娘さんは父親と一緒に家で涼んでいるらしい。
若い頃からの付き合いで毎年海の家を手伝っているらしい彼女は、見た目に違わないバイタリティで走っていった。恐縮する俺と暁山に、背中越しに手を振る。かっけえ……。
「暑いわ」
「あちいなぁ」
取り残された俺たちは、どちらからともなく益体もないことを言い合う。
「お兄ちゃん、はやくいこ。そぉか、さめさがす」
「サメはいないと思うぞ」
神谷さんの厚意で貸してもらった更衣室で、水着に着替える。
幼稚園児なので異性の更衣室に入っても問題はないのだが、せっかく暁山もいるので交換して入った。朔は大人しいししっかりしてるので心配はないが、想夜歌は大丈夫か……?
「はっ、暁山お前、裸の想夜歌に何かするつもりなんじゃっ」
「響汰こそ、朔が可愛いからって変なことしないで」
それでなくとも、想夜歌の可愛い水着姿を先に暁山に見せるなんて……。いや、店でも家でも散々試着したけど。
朔の水着は普通の短パンだった。サンダルを履かせて、荷物を二人まとめてロッカーに入れる。小銭とスマホだけ、防水のカバンに入れて肩に掛けた。
男子の方が着替えは早いものなので、更衣室の前で朔と待つ。
「きょうた兄ちゃん、およげる?」
「ちょっとはな。授業でやる程度だけど」
「すごい……!」
幼稚園でもプールはあるけど、年少ではまだ泳ぐところまでいかない。浅いプールで水遊びする程度だ。
朔と雑談をすること十分。思ったよりも早く、想夜歌と暁山が出てきた。
「お兄ちゃん!」
「想夜歌! 可愛いぞ! 暁山に変なことをされなかったか!?」
想夜歌は可愛すぎるから、相手が女性だからといって油断できない。最近仲いいからな、この二人。
「すみちゃんもかわゆい」
「ん?」
ああ、想夜歌に夢中で視界に入ってなかった。
暁山の方にちらりと目線を向けると、少し気まずそうに前髪を弄んでいた。惜しげもなくさらけ出された太ももの面積は、いつもより圧倒的に広い。海に似合わない真っ白な肌が、太陽の光を反射して輝いている。
ほとんど下着のようなその姿に、咄嗟に目を逸らす。
上はラッシュガードで隠しているため、どんな水着を着ているかは窺いしれない。
「なによ」
「いや。日焼け止めは塗ったか?」
「心配しなくても、想夜歌ちゃんにも塗っておいたわ」
「おお、さすが」
お互いに下の子がいると、話がスムーズで助かるな。
ビーチサンダル越しでも、砂浜が焼けるように熱い。
海に突撃しそうな想夜歌を制止しながら、レンタルしたシートとパラソルを設置した。
「飲み物を買ってくるわ」
「あっ、俺も行く」
「私が買ってくるから、そこで朔と待っていてくれる?」
「了解」
そうなれば、俺はこの拠点を完璧に作りあげることにしよう。
「さめはあぶない」
「さめ」
「さく、たべられる」
「え……」
こら、海への恐怖心を植え付けるんじゃない。
絶対に飛ばされない休憩所が完成したところで、遠くから暁山の声が聞こえてきた。
「結構よ」
「いやいや、俺たちと遊んだ方が楽しいって」
「そうは思えないわね」
「つれねぇな。まあ、美人はちょっと冷たいくらいがいいな」
ナンパか。
一緒にいると麻痺してくるけど、暁山はめちゃくちゃ美人だからなぁ。でもそいつ、ちょっとじゃなくてかなり冷たいぞ。朔以外には。
無視して歩き続ける暁山に、二人の男たちが追い縋る。身体に触れるようなことはまだしていないが、いつ無理やり連れて行こうとするかわからない。
一人にしたのは失敗だったな。
「おい――」
「姉ちゃん!」
俺が腰を浮かせた時には、朔が走り始めていた。
朔が男たちの間に割り込んで、両手を広げる。
「姉ちゃんをいじめるな!」
「……ちっ。んだよ、子連れかよ」
震えながらもしっかりと目を離さない朔を見下ろして、男たちは興がそがれたように後頭部を掻いた。
「あの、その子、俺たちと一緒に来てるんで」
「すみちゃんはそぉかの!」
俺と想夜歌が、遅れて隣に並ぶ。
「子どもが二人……? 何歳だ……?」
「姉ちゃんって言ってただろ、さっき。おい、行くぞ」
俺はほとんど何もしてないな。朔の勝利だ。
二人が離れていったことで、空気が弛緩する。
「朔……ありがとう」
感極まった様子の暁山が朔を抱きしめる。
やっぱ男だな、あいつ。いい子だ。完全に出遅れたので、男として負けた気分になる。
大人相手に怖かっただろうに、判断がめちゃくちゃ早かった。
「よし、じゃあ海で遊ぶか」
もちろん、写真も撮りまくった。




