2話、過去を語るは白うさぎ(2)
「も~、ど~して~、せっかくドレス着たのに……似合ってて可愛かったのに~」
「……」
ゴトゴトと揺れる箱馬車の中で、私とアリシャおばさんは、真向かいに座っていた。
箱馬車というのは、俗に貴族たちが使用していた、天蓋つきの馬車で、両側には窓とドアがついている、外国のドラマや映画なんかで、よく見かけるものだと思う。
そんな馬車の中で、私はアリシャおばさんに、ぶーぶーと文句を言われていた。
……似合ってるとか、そう言う問題じゃない。
確かに、ああいったドレスを着れる機会は、そうないだろうし、似合ってる、可愛いとかって言われるのは嬉しいけど……。
それでも、あのドレス姿で街中を歩く度胸は、私にはなかった。
……私って、意外と小心者だったのかな……?
私は、自分の度胸のなさに、ちょっとヘコんだ。
「……りんちゃん、ごめんね、怒っちゃった?」
「え……」
落ち込んで、口数が少なくなってしまっていたせいか、アリシャおばさんに、怒っていると思われてしまった。
「怒ってなんかないです……、それより、アリシャさんはドレスとか着ないんですか?」
「? 私?」
私に、ドレスを着せようと奮闘したアリシャおばさんだったが、アリシャおばさん自身は、ドレスを着ていないのが、不思議だったので聞いてみた。
「私は、ドレスとか好きじゃないから」
「……」
……自分が好きじゃないものを人に勧めないでよ……。
私は、思わず心の中で愚痴をこぼす。
それにしても、アリシャさんは、見た目は確かにもう齢を重ねたおばさんだけども、柔らかい物腰といい、整った顔立ちといい、若いころはモテモテだったのではないだろうか?
……ちょっと羨ましい……。
私は、アリシャおばさんの若いころを想像して、劣等感を覚えた。
……あれ? ちょっと待てよ?
私は、ふと、疑問に感じたことがあったので、アリシャおばさんにその疑問を尋ねていた。
「アリシャさんは、ドレスが好きじゃないんですよね?」
「ええ、そうよ」
「じゃあ、どうしてあんなにたくさんのドレスがあったんですか?」
「それは……」
よくよく考えれば不思議な話だった。アリシャおばさんが持ってきたドレスは、多少小さめだったけど、私に合うサイズのものだった。
昨日の今日というこの短時間で、両手に抱えきれないほど、たくさんのドレスを用意できるとは思えない。
そう考えると、あのドレスは少なくとも、アリシャおばさんが、私と同い年くらいの時にあったドレスだと思われる。
……実は本当は、どこかの国のお姫様だったとかってオチじゃないよね?
私は、返答に困っている、アリシャおばさんを見つめながら、心の中で嘆く。
「アリシャは、サルクトア王国でも有数の、上流貴族のお嬢様だったからね……」
「……え~、やっぱりそういうオチなんだ……」
「? オチ?」
「あっ、何でもないです!」
私は、真後ろから聞こえた声に、あまりに想像通りのオチだと、思わず口を滑らせてしまった。
私の後ろは、自動車で言うところの運転席、すなわち、御者が、馬に取り付けられた手綱を操るための席だが、その席にはルドルフおじさんが座っていた。
普通、箱馬車というのは、運転席と座席の間に仕切りがあり、区切られているものなのだが、この箱馬車には、その仕切りが下半分までしかなく、上半分は窓ガラスで、開け閉めできるようになっていた。
なんでも、ルドルフおじさんが、御者をするようになってから、アリシャおばさんと、会話ができるように改良されたんだそうだ。
「でも、ルドルフさんって、結構無理したんだね」
「ん?」
「アリシャさんみたいなお嬢様をお嫁にもらうなんて、親御さんから大反対とかされなかったの?」
上流階級がどうとかは、私には分からないけど、それなりの貴族のお嬢様をお嫁にもらうのだから、きっと色々大変だったに違いない。
「……えっと、りん……だったっけ?」
「はい」
「りんは何か勘違いをしているようだけど、私は別にアリシャをお嫁にもらったわけじゃないんだよ」
「えっ? でも、アリシャさんはルドルフさんのことうちの人って呼んでたけど……」
「ん~とね、結婚はしてるよ、ただ、私が婿養子なだけでね」
「婿養子? え、お婿さんだったんですか?」
「そう、お婿さんなんだよ、私はね……、それに、アリシャのご両親は、二人とも私たちが結婚する前に亡くなっているから、大きなどころかちっちゃな反対すらなかったよ」
「……あ、そ、そうですか、ごめんなさい、悪いこと聞いちゃいました……」
私は、目の前にいるアリシャおばさんに向かって、頭を下げていた。
アリシャおばさんは笑顔のまま、首を小さく左右に振る。
「私とアリシャの婚姻は、政略的な意味合いもあったから、サルクトアとフォースの、国家同士の思惑とも、ぴったり当てはまって、両国の首脳陣達も、手放しで喜んでくれたようだね」
「うっ、せ、政略結婚ですか……」
「貴族の姫なんだもの、政略結婚になってしまうのは仕方のないこと……、ただ、結婚相手がルドルフであったことが唯一の救いであったかもね」
「ルドルフさんだったことが救いに?」
「ええ……、お互いに見知った相手であったし、なにより、私の過去を知ってもなお、それでも私と結婚することを、願い出てくれた人だったから」
「……」
嬉しいような、悲しいような、そんな複雑な笑みを浮かべて話すアリシャおばさんに、私は口を噤んだ。
「色々あったらしいからね、アリシャは……」
「……らしい?」
「りん、私は、アリシャの過去の全てを知っているわけではないんだ、アリシャに何があったか詳しく聞いたことはないけど、おおよその見当はついていたからね」
アリシャおばさんの過去……。
アリシャおばさんは、過去に一体何があったというの?
私は、アリシャおばさんに、色々尋ねてみたいという衝動に駆られたが、アリシャおばさんの悲しい瞳を見た瞬間、何も言えなくなっていた。
後で、ルドルフおじさんに、見当がついてるという内容だけでも聞いてみよう……。