1話、始まりは森の中(4)
「……りんちゃん、聞いてる?」
「えっ?」
ふと、アリシャおばさんの声で我に返ると、その顔を見つめた。
「……ちゃんと聞いて、りんちゃん」
「ご、ごめんなさい……ちょっと、お父さんのことが気になって……」
「お父……さん?」
お父さんのことを話したら、急に、アリシャおばさんの顔色が変わった。
すごく顔を青くして、不安そうに身体を竦める。
……アリシャおばさんは、お父さんと何かあったんだろうか?
「あ、あの、アリシャさん……」
「……あ、大丈夫、何でもないわ……、それより明日、案内するからね……」
顔を真っ青にしながらも、アリシャおばさんは、私に、何でもないと答える。
コンコン、ガチャ……ガチャガチャ
ふと、近くの扉から、それを叩く音が聞こえたかと思うと、ドアノブをガチャガチャと回す音が聞こえた。
私とアリシャおばさんは、その扉の方へと顔を向けた。
「お〜い、鍵かかってたら入れないぞ〜」
扉の向こう側から、男性らしき人の、声が聞こえる。
アリシャおばさんは、その声に安心したのか、笑顔を見せた。
「うちの人が来たみたい……、入れてもいい?」
アリシャおばさんが、私に、笑顔で尋ねてきた。
私には、断る理由もないので、一つうなずいて返事をする。
アリシャおばさんが扉の鍵を外し、そっと扉を開けた。
扉の向こうから現れたのは、先ほどの茶髪のおじさんだった。
アリシャおばさんの旦那さんの、ルドルフおじさん。
ルドルフおじさんは、アリシャおばさんの隣に立つと、まじまじと私の顔を覗き込んできた。
「……」
私は、ルドルフおじさんのそんな仕草に驚いて、思わず布団の中に頭を隠していた。
「あなた! りんちゃんが驚いてるじゃない!!」
「え、ああ、ごめんごめん」
アリシャおばさんの優しいながらも、叱りつけるような声と、ルドルフおじさんの謝る声が聞こえる。
私は、布団から顔を出すと、二人の様子をじっと見つめた。
アリシャおばさんは、ルドルフおじさんに呆れたような顔を向けており、それに対して、ルドルフおじさんは。笑顔でアリシャおばさんに向かって、手を合わせていた。
仲の良い二人の様子に、私も何だか嬉しくなって、自然と顔がほころんでいた。
「仲、良いですね」
私が思っていたことを口にすると、アリシャおばさんがすごく恥ずかしそうに、はにかむ。
「結婚して、何年になるんですか?」
私の問いかけに、アリシャおばさんは両手の指を折って、数え始める。
そんなアリシャおばさんの様子に、ルドルフおじさんが、笑顔で代わりに答えた。
「30年……くらいかな? 結婚したのが、私が25のときで、今54だから・・・29年か、もうすぐ30年だね」
「……30年……、もうそんなになるのね」
アリシャおばさんが、すごく懐かしそうに目を細める。
「アリシャと初めて出会ってからだと、ちょうど40年だ……、アリシャは覚えてるかい? 初めて会った時のこと……」
「……ううん、覚えてないわ……」
ルドルフおじさんとアリシャおばさんの出会い……。
どんな感じだったんだろうか?
やっぱり、運命の出会いだったんだろうか?
でも、出会ったのが40年前だと、ルドルフおじさんは今54歳って言ってたから……14歳の時に出会ったの?
「あの時は確か、サルクトアとバレンシアの間で戦争が起きてて、アリシャはちょうどうちの国に援軍の要請を求めに来てたんだよ」
「……う〜ん」
「覚えてないかい?」
「ごめんなさい……」
アリシャおばさんはどうやら、出会った当時のことを思い出せないようだった。
悲しそうな表情で謝るアリシャおばさんに、ルドルフおじさんは首を振る。
「いいよ、思い出せないなら、無理に思い出さなくてもいい」
ルドルフおじさんがアリシャおばさんの肩に、そっと手を添えて、優しく語りかける。
そんな二人の様子に、私は、本当に仲が良いんだな、と思った。