13話、精霊と相性
フィリナさんの説明によると、この世界には、精霊と呼ばれる存在があり、その精霊の力を引き出すことで、魔法を行使することができるのだと言う。
ちなみに、フィリナさんやテリオルさんには行使できないらしい。と、言うよりも、精霊の力を行使するには、それなりの訓練が必要で、そう簡単に使えるようになるわけではないらしい。
でも……。
「俺は使えるけどね……」
「えっ!?」
祐太さんに、魔法を行使できると言われた。私は、思わぬ発言に硬直してた。
「俺は、風の精霊と契約してるから、風の力を借りた魔法を使えるよ」
「……契約……? 訓練がいるんじゃないの? っていうより、祐太さんは人間なんですよね?」
「……人間だよ……。何かずいぶん失礼なこと言われてる気がするな。俺は人間じゃなきゃ何だ!?」
「うう、ごめんなさい……」
「……まあいいや……、りんだって、訓練しなくても、契約さえすれば使えるよ。まあ、人間と精霊には、相性っていうのがあるから、一概に、契約さえすれば、どんな精霊の魔法でも使えるとは言えないけどね」
「相性?」
祐太さんの言う相性というのは、人間と精霊の間にある善しあしのことで、相性の良い精霊とは、契約を交わすだけで、その力を行使することができるのだと言う。
祐太さんは、風の精霊との相性が一番良いので、風の魔法は、訓練せずとも、契約した時から、ほぼ自由に扱えたそうだ。
ちなみに、精霊は『火・土・風・水・木・雷』そして『光・闇』の、8種類いるらしい。
「相性の善しあしがない精霊の場合は、妖精達と同じで、一定の訓練をする必要がある。訓練しないと魔力をコントロールできないから、精霊の力を引き出せないんだ」
「へ~、じゃあ、私は何の精霊と相性が良いのかな?」
「それは……俺には分からないな」
「う~ん……」
祐太さんの説明に納得しつつも、私は首をかしげていた。
私は一体、どんな精霊との相性が一番良いのだろうか?
「りん、ちょっと手、出して」
「手?」
「右でも、左でもいいから」
「……」
私は、祐太さんに言われるがままに、右手を差し出した。
祐太さんは、私の右手を握りしめると、目を閉じた。
「う~ん、りんは風の精霊じゃないみたいだね」
「えっ?」
祐太さんは、握っていた私の手を離すと、目を開けた。
「風の精霊に嫌われてるわけでもなさそうだから、草木の精霊との相性が良いわけでもないね」
「嫌われてる?」
「さっきも言ったけど、人間と精霊には相性があるんで、相性の良い精霊もあれば、悪い精霊もあるわけ」
「あ……、なるほど」
「普通は、ちょうど相反する精霊に嫌われるというけどね」
祐太さんが言うには、精霊にはお互いにライバル視する相手がいるらしい。
『火と水』『風と木』『土と雷』『光と闇』
それぞれが相反しあい、強く牽制しあっている。
祐太さんは風の精霊との相性が良いらしいので、相反する木の精霊に嫌われているみたい。
中には、相反していない、まったく違う精霊から嫌われている人もいるらしい、とのことだけど、祐太さんは、今までに一度も、そんなフェアリーマスターには会ったことないって言ってた。
なので、私がそれに当てはまるとは思えないって言われた。
「嫌われてると、その魔法は使えないの?」
私は、さらに疑問がわいたので、それを祐太さんにぶつけてた。
「いや、使えるけど……あまり勧めたくはないな」
「どうして?」
「嫌われている精霊の力を使おうとすると、魔力のコントロールのために大きな代償を支払うことになるから」
「代償?」
「命……」
「!?」
嫌われている精霊の力を使うには、魔力をコントロールするための代償として、自らの寿命を削り取られるのだと教えられた。
もっとも、祐太さんも人伝に聞いたことらしいので、本当に寿命を削られるのかどうかは、分からないみたいだけど……。
ただ、一つだけ分かっていることは、嫌われている精霊の魔法を使おうとすると、激痛に襲われるとのこと。どんな激痛なのかは、祐太さんにも分からないみたい。
そもそも、祐太さんは相性の良い『風の精霊』としか契約を交わしていないので、風の魔法以外、使用することができないらしいのだ。
「良くも悪くもない相性の精霊魔法を使うには、訓練が必要と教えたけど、相性の悪い精霊の場合、さらにより多くの訓練も必要になるから、時間がかかるよ……。だから勧めない」
「……その、訓練って、どんなことをするんですか?」
「基本、イメージトレーニング」
「イメージ……」
精霊魔法を使用するには、想像力が必要で、魔力を具現化(形として目の前に表す)させるためには、イメージトレーニングが必要らしい。
自分がどのように魔法を使っているのか、その想像ができないと、魔力が具現化しないのだ。
また、魔力を具現化できたとしても、それを維持し続ける精神力がなければ、すぐにその魔力が消えてしまう。
なので、訓練をして、魔法を発動させる想像力と、それを維持し続ける精神力を鍛える必要があるのだそうだ。
祐太さんには、慣れれば難しいことじゃないと言われたけど、果たして、私にできることなんだろうか?
今一つ疑問が残るけど、こればっかりは、やってみないと分からないことだった。
ちなみに、相性の良い精霊の魔法を使う場合、それほど想像力を必要としないらしい。漠然と、頭の中に思い描くだけで簡単に発動させることができる。
また、精霊達の方から進んで力を貸してくれるため、精神力もほとんど必要ないとのこと。
「まずは、相性の良い精霊を見つけることから始めよう……」
「……見つけられるかな?」
「大丈夫よ、りんちゃん」
祐太さんの言葉に、私は首をかしげるが、隣にいたフィリナさんが大丈夫と声をかけてくれた。
「りんちゃんはすごく素直で優しいもの……。精霊達も、そんなりんちゃんに、きっと答えてくれるわ」
「……」
フィリナさんの励ましに、私は何だかすごく恥ずかしくなり、フィリナさんのその顔を、まともに見ることもできなかった。
「それにしても、人間っていいわね」
「?」
「契約するだけで、魔法が使えるんだもん」
フィリナさんの言葉に、私は、再び首をかしげていた。
そんな私を見て、祐太さんが、さらに、人間と妖精の違いについて説明してくれた。
人間には精霊との相性があるけど、妖精には精霊との相性がないんだそうだ。
相性がないため、妖精は訓練さえすれば、どのような精霊からも力を借りることができるらしいのだ。
訓練は、多少面倒かもしれないが、それでも私には、全ての精霊達の魔法を自在に使いこなせる分、妖精達の方がよっぽど羨ましい気がした。
しかし、祐太さん曰く、妖精は、器用貧乏の感が否めないのだと言う。
人間は、相性の良い精霊の力を、訓練することで極限まで引き出せるようになり、強力な魔法を使うことができるようになるのだが、妖精には、それができないそうなのだ。
妖精は、相性がないため、全ての精霊から、何の代償を支払うことなく、力を借りることができるが、その相性がないゆえに、精霊の力を、極限まで引き出すことができないのだ。
「……妖精さんの方が羨ましく感じたけど、そうでもないのかな?」
祐太さんの説明を聞いて、私は、考え込んでしまった。
「その強力な魔法って、どんな魔法なんですか?」
考え込む私をよそに、今度はフィリナさんが、祐太さんに質問をぶつけた。
「極限魔法は、使う人によって違うから、どんな魔法かと聞かれても答えようがないんだけど……。そうだね……例えば、神城さんが使えた極限魔法は『地変』だったよ」
「地変……?」
「そう……、ま、簡単に言うと、一瞬で別の場所へ移動してしまうと言う魔法だ」
「……」
相性について考え込んでいた私だが、祐太さんの言葉に、その思考が中断させられていた。
一瞬で別の場所へ移動する……。それはつまり、瞬間移動のようなものだ。
祐太さんの話からすると、神城さんは、瞬間移動の魔法が使えたと言うことになる。
瞬間移動……。私は、その魅力的な言葉に、うっとりと酔いしれる。
「あの魔法が『地変』と呼ばれる理……」
……瞬間移動の魔法なんか使えたら、すっごく便利なんだろうな~。……いいな~。
私は、祐太さんの説明をそっちのけで、瞬間移動の魔法の魅力に酔い続けた。
「……ちゃん、りんちゃん!」
「へ?」
突然身体を揺さぶられたことに驚いて、私は、ふとそちらへ顔を向けた。
そこには心配そうな顔をしたフィリナさんが、私の顔を見つめてた。
「どうしちゃったの? 何か突然、ぼんやりしたかと思えば、ニヤニヤしちゃって、すごい不気味だったけど」
「ぶき……」
フィリナさんに不気味と言われて、私は目が点になる。
どうやら、瞬間移動の魔法に酔いしれていた私の姿は、フィリナさんにはすごく不気味に見えたらしい。
「くくく、ははははは」
何がそんなに可笑しいのか、祐太さんが声を上げて笑い始めた。
「不気味はいいな……ははは」
「……」
フィリナさんに不気味だと言われた上、祐太さんに笑われた私は、恥ずかしくなって、口を尖らせて俯いた。
……私の顔は、そんなに不気味だったのだろうか?
俯いて考えているうちに、何だか悲しくなってきた。
「……りんは百面相みたいだな」
「えっ!?」
祐太さんの言葉に、私は顔を上げた。
もう、声を上げて笑うほどではなかったけど、それでも祐太さんは可笑しそうに微笑んでいた。
「ぼんやりしたかと思えばニヤニヤして、ニヤニヤしたかと思えば口尖らせて、口尖らせたかと思えば悲しそうな顔して……、見てて飽きないよ。百面相みたいだ」
「……」
コロコロ変わってたらしい私の表情が、百面相みたいだと言われて、何だかすごく恥ずかしい気持ちになる。
私は、何とかこの話題を変えるべく、祐太さんにさらなる質問をぶつけた。
その質問とは、祐太さんは極限魔法を使えないのか? ということだった。
祐太さんの話から、神城さんが極限魔法を使えることは分かった。しかし、祐太さん自身がその極限魔法を使えるかどうかについては何も触れていないのだ。
「……使えるには使えるんだけど……、俺はあまり、あの魔法を使う気にはなれないんだ……。すべてが狂うから……」
「狂う?」
祐太さんはそれっきり口を閉ざしてしまった。
……聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか?
祐太さんの様子に、私は、何だか悪いことを聞いてしまったような気持ちになり、俯いた。
「……話を元に戻そうか」
しばしの沈黙の後、祐太さんはそう言って、妖精が極限魔法を使えなくてもよい理由と人間が極限魔法を必要とする理由を教えてくれた。
「フィリナさんやテリオルさんのように、妖精は、この世界で暮らしていく上で必要な魔法を使えればいいわけだから、精霊の力をわざわざ極限まで引き出す必要がない」
「……」
「でも、俺達人間は、目的を持ってこの世界を旅する冒険者。冒険には危険がつきものだからね、妖精達以上に精霊の力が必要になることもある」
「……目的、ですか?」
「そ……、でもまあ、訓練するにも、目的を見つけるにも、まずフェアリーマスターとならなければいけないから、今はまだ気にする必要はないよ」
「……そしたら、結局、フェアリーマスターにならなければ、魔法は使えないんじゃないですか……」
フェアリーマスターにならなければと聞いて、私は溜息を吐いた。
しかし、祐太さんは可笑しそうに笑顔を見せる。
「りん、俺の話聞いてたの?」
「?」
「相性の良い精霊とならば、訓練しなくても契約さえすれば魔法は使えるんだよ」
「あ、そうか……。でも、契約って……」
私の疑問に、またも祐太さんが答えてくれた。
契約自体は、それほど難しいことではないらしい。精霊と対話をすることで、契約が可能かどうかが分かる。
対話は、精霊が宿る物に直接触れるか、そばに近寄って、力を貸してほしいと念じればいいとのこと。たとえば、対話する相手が『土の精霊』なら、地に足をつけて念じればいいし、『火の精霊』なら、火に近寄って念じればいいのだという。
契約は、精霊の力を感じ取れた時点で成立となり、力を感じることができなければ不成立となる。
精霊の力は、不可視の物のため、目視での確認はできない。その身体で、精霊の力を感じ取る以外に方法はないのだ。
ちなみに、祐太さんが、私と風の精霊との相性が良くも悪くもないと分かった訳は、先ほど、私の手を握ったときに、風の精霊の力を、直接、送り込んでいたからだった。
その送り込んだ精霊の力に、私が何の反応も示さなかったことから、判別したみたいだ。
相性が良ければ、私の握られた手に、風が吹きつけたような感覚が残るし、逆に相性が悪ければ、その手に痛みを感じるのだという。
「契約……できるかな?」
私には今一つ自信が持てず、小さな溜息を漏らした。
「大丈夫、りんちゃんなら、すぐに契約できる精霊が見つかるよ」
「……」
何が大丈夫なのか、フィリナさんの言葉には全く根拠がないのだが、それでも、私のことを励まして、応援してくれていることはよく分かった。
優しいフィリナさんの言葉に、私は、嬉しくなって笑顔を見せると、馬車の窓から外を眺める。まだ見ぬ、精霊との対話に、思いを馳せながら……。