12話、目指すはキュナ
私は今、祐太さん、テリオルさん、フィリナさんの4人で『キュナ』の領主屋敷へと、馬車を走らせていた。
馬車の中は、フィリナさんが隣同士、祐太さんが私の真向かいに座っていた。テリオルさんは運転台に座って、馬につけられた手綱を操っている。
ちなみに、テリオルさん、フィリナさんとは、サルクトア城の中で再会していた。
サルクトア城の書庫から、祐太さんと退出した後、そのまま、アリシャおばさんの馬車が止めてある、お城の入口まで向かっていたら、途中で、あの意地悪なラムナスおじさんからお説教をされている、テリオルさんとフィリナさんの二人に出会ったのだ。
二人は、大声を上げて、サルクトアの城内を駆け回っていたらしいので、ラムナスおじさんに捕まって、お説教を受ける羽目になったみたい……。
その原因の半分は、私とルドルフおじさんにもあるんだけど、あの怖いラムナスおじさんの前では、素直にそれを言うことはできなかった。……ごめんなさい、テリオルさん、フィリナさん……。
祐太さんが間に入ってくれたおかげで、渋々ながらも、ラムナスおじさんは二人を許してくれた。
そして、テリオルさんとフィリナさんの二人も、私達と一緒に、領主屋敷へと行ってくれることになったのだ。
それから、前に聞こうと思ってた『キュナ』という名前のことについても、祐太さんから教えてもらった。
『キュナ』とは、サルクトア王国の南方に位置する、小さな地方領土の名称なんだそうだ。そして、そこの領主だった人こそ、あの英雄だというのだ。
サルクトアの英雄、フェアリーマスター神城祐也……。それを聞いて、私はようやく合点がいった。
前に聞いた、セレナおばさんの話によると、アリシャおばさんの過去は、神城さんがよく知っているらしかった。でも、その神城さんと、今から行く、キュナの領主屋敷に、どのような関係があるのか、今一つ分からなくて、首をかしげるばかりだったのだ。
また、神城さんは、生前、妖精世界の歴史の書物や、妖精世界に巣食う、悪魔に関する事柄が書かれた手記などまで、あらゆる情報を、キュナの領主屋敷に集めていたらしかった。
でも、いくら神城さんが、アリシャおばさんのことを心配していたからと言って、そこにアリシャおばさんの情報があるとは思えず、甚だ疑問が残ったが、それでも、あの悲しい過去を、直接本人に聞くなどということは絶対にできないので、自分の手で、アリシャおばさんの過去を調べる以外に方法はなかった。
「……」
しばらく、馬車の中でのんびりとした時間を過ごしていたが、とくにすることもなかったので、私は、今まで疑問に感じていたことを教えてほしいと、祐太さんやフィリナさんに質問していた。
まず、祐太さんに、元の世界で使っていた物が、この世界でも使えるのかどうかという質問をぶつけた。
ちなみに答えは×
祐太さんの話によると、基本的に、妖精世界に持ち込める物はないとのこと。
私のように、突然、妖精世界に来た人は、元の世界で所持していた物を、そのまま持った状態で来ることになるが、フェアリーマスター(妖精世界冒険者)は、妖精世界の扉を開ける鍵のみを持ち込めるだけなんだそうだ。
なお、私の携帯電話も、常に圏外となっていて、発信することはまったくできない。ただ、なぜか、あの謎のメールだけは、受信できるみたいなんだけど……。その原因については、祐太さんにも分からなかった。
鍵の話題になった時、新たな疑問が頭を掠めたので、今度はそれを祐太さんにぶつけてた。その疑問とは、祐太さんの鍵で、私は元の世界に戻れないのか? ということ。
答えは……まあ、何となく分かってたけど×だった。
その理由は、元の世界をつなぐ扉が、鍵の所有者以外には見えないからだった。つまり、仮に祐太さんが、別のフェアリーマスターの鍵を拾ったとしても、その鍵では、元の世界への扉自体が見えないのだ。
ちなみに、この世界では、決して、その鍵はなくならないって祐太さんが言ってた。どこかに置き忘れたり、落としたりしても、鍵のことを探そうとすると、必ず自分の手元に戻ってくるというのだ。
どういう原理で手元に戻ってくるのかは分からないけど、なくしたら元の世界へ戻れなくなっちゃうんだから、そうならないのは非常に助かることなのだそうだ。
また、この鍵による元の世界に戻れる戻れないの話になった時、祐太さんが真剣な表情をして、私に、この世界での人間の死について話をしてくれた。
死……。つまり、この世界で命を落としてしまったらどうなるのか? と、いうことだけど……。
これは、その意味の通りだと、教えてくれた。死んでしまったら、それで終わり。人間世界に戻れることはなく、肉体も魂も、この妖精世界に沈めることになるのだそうだ。
ただし、この条件に当てはまるのは、フェアリーマスターだけであり、まだ、フェアリーマスターとなっていない私には、別の運命を辿ることになると言われた。
この妖精世界へ来る方法は二通りあって、その方法如何によって、運命が分かれるみたい。一つは今の祐太さんのように、自分の意思で妖精世界への扉を開いて来る方法。そして、もう一つは、私のように、突然、この妖精世界へ迷い込んでしまう方法。
……もっとも、迷い込む方は方法も何もないんだけど……。迷い込みたくて迷い込んだわけじゃないんだし……。
ともかく、私のように、突然こちらの世界に迷い込んでしまった場合に、死んでしまった時は、魂だけが、この妖精世界に残ることになるらしい。つまり、肉体だけは、元の世界へと戻れるみたいなのだ。
でもそれは、生きながらにして死んでいることと同義であり、人の魂が入っていない人形(植物人間)になることだと言う。ただの植物人間とは違い、二度と目を覚ますことはなく、数日と立たぬうちに、その肉体が活動を停止。そのまま、命が尽きるとも教えられた。
祐太さんの説明を聞いて、私は、お母さんが死んじゃった時のことを思い出して、すごく悲しくなって俯いた。
そんな私のことを見て、心配してくれたのか、隣に座っていたフィリナさんが、私の手を優しく握ってくれた。フィリナさんの方へと、目を向けると、フィリナさんが私の目を見て、一つ頷く。
フィリナさんの仕草に、私は何だか、勇気を分けてもらったような安心感に包まれて、再び、話をしている祐太さんの方へと顔を向ける。
祐太さんが最後に、決して死ぬなと言ってくれた。死ぬことなく、鍵を見つけて、元の世界に戻る。それが最善の方法だからと……。
死について聞かされて、暗い気分になっていたけど、気持ちを入れ替えるように、続いて、フィリナさんに、元の世界であった物が、同じように、この世界にもあるのかどうかを尋ねていた。
たとえば、テレビとか、ラジオとかが、この世界にもあるのかどうか……っていうことなんだけど……。まあ、その返答も予想できてたけど、案の定×だった。
でも、冷蔵庫や洗濯機なんかはあるみたいなので、すべてがない……というわけではないみたい。
ただ、それらが、電力で動いているわけではないらしい。そもそも、この世界には、電気というものがないそうなのだ。じゃあ、どうやって動かしてるの? って聞いたら『魔法道具』って、あっさり言われた。
「……ま、魔法っ!?」
私は、フィリナさんの説明に素っ頓狂な声を上げていた。