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11話、衝撃の過去(3)

 アリシャおばさんのことが心配だった私も、ルドルフおじさんに続こうとしたのだが、セレナおばさんに呼び止められた。


「何ですか、セレナさん」

「りんさんは、アリシャが子供の頃、虐待されてたことを、どうして知っているのですか? アリシャが話したとは、とても思えないのだけど……」

「それは……ルドルフさんから聞いたんです。アリシャさん、お父さんの話になると辛そうな表情かおをするので、すごく気になって、それで……」


 私は、アリシャおばさんが虐待されてたことを聞いた、その経緯を掻い摘んで説明した。


「そうですか……、それでりんさんも、アリシャが、アバロフ伯爵から性的虐待を受けていたことを、知っていたのですね」


 ……え? アバロフ伯爵? それに性的、虐待って……。


 私は、セレナおばさんの言葉に呆然となっていた。


「りんさん? どうしました?」

「……あの、アバロフ伯爵って人、アリシャさんのお父さんですか?」

「ええ、そうです。あ、りんさんはアリシャの父の名を知らなかったのですね」

「はい……後、もう一つ……性的虐待って、どういうことですか?」

「え?」


 私の問いかけに、セレナおばさんは、驚いた表情で固まってしまった。


「りんさん、ルドルフから、アリシャが幼い頃に、性的虐待されていたことを、聞いていたのではないのですか?」

「……違います。ルドルフさんは、虐待されていたと教えてくれただけで、それが性的虐待とは言ってません」

「!!?」


 私の言葉に、セレナおばさんは驚いた表情のまま、両手で口元を覆っていた。


「わ、わたくし、やってしまいましたわ……」


 セレナおばさんがポツリと呟く。両手で口元を覆っているせいか、その声は口籠ったかのように、はっきりとは聞こえなかったけど……。


「な~んだ、セレナさんだって、俺と似たようなことしてるじゃないか」


 セレナおばさんの様子を見て、祐太さんがチクリと棘を刺すような言い方で呟いた。

 祐太さんの言う似たようなこととは、おそらく、セレナおばさんが、サルクトア王国の女王様だったことを、うっかり、私に話してしまったことを言っているのだろう。

 祐太さんの呟きに、セレナおばさんは、悲しそうな表情で俯いた。


「セレナさん……教えてください。アリシャさんは、どうしてお父さんからそんなことをされたんですか? ルドルフさんはそれを知ってるんですか?」


 アリシャおばさんの悲しい過去。これを聞くことはすごく辛かったが、今聞かなければ、二度と聞けないような気がして、そう頼んでいた。


「りんさん……」


 セレナおばさんは、じっと私を見つめて来た。その顔は、とても悲しい表情をしている。

 私も、じっとセレナおばさんの顔を、見つめ返した。


「……分かりましたわ。お話します」


 私の熱意が通じたのか、セレナおばさんは、意を決したように、真剣な眼差しで、アリシャおばさんの過去について、話をしてくれた。


「アリシャは、アバロフ伯爵に、政治的利用をされていたようですわ」

「政治的……利用?」

「アバロフ伯爵は、自分の出世のために、アリシャを利用していたのです」

「……」


 私には、セレナおばさんの言っていることが、どうにもよく分からない。

 アリシャおばさんが、父親の出世のために利用されていたっていうのは分かるのだが、どうしてアリシャおばさんのことを利用すると、出世ができるのか、そこがどうしても私には分からなかった。

 しかし、祐太さんには、それがどんな意味なのか分かったようで、睨みつけるような瞳を、足元の床にぶつけて、くっと唇を噛みしめていた。


「だから、性的虐待…………アバロフって男は、自分の出世のために、娘を人身御供ひとみごくうにしたわけか……。酷い父親だな」

「……」


 ……人身……御供……。そんな、お父さんなんだよ、どうしてそんなことができるの!?


 祐太さんの言葉に、ようやく、セレナおばさんが言っていたことの意味が分かり、私は、心の中でそう叫んでいた。


「アバロフ伯爵は、自分の出世や地位を守ることなら、どんなことでもする人だったようですから」

「……だけど、普通、自分の娘にそんなことさせられるか? バカじゃねえのか!!」


 祐太さんの強い口調に、私も強くうなずいていた。


「そうですわね……。だからこそ、あのような最期を遂げることになったのでしょうね……」


 セレナおばさんは悲しみに満ちた表情のまま、どこか遠くを見るような目をして呟く。


 アリシャおばさんの父親、アバロフ・アイルナミア伯爵は、40年前に起きた、サルクトア王国とバレンシア王国の戦争終結の際に殺されたことを、セレナおばさんが教えてくれた。

 サルクトアがバレンシアに降伏する直前に、殺害されたのだ。そして、それを行った人物は、サルクトアの英雄と名高い、フェアリーマスター神城祐也さんだった。

 神城さんは、アバロフ伯爵に対して、強い恨みを抱いていたらしく、それが、凶行に及ぶ一端となったようだった……。


「本当に、そんな恨み程度のことで、神城さんは、アバロフって人を殺したの?」


 祐太さんが、珍しく不安そうな面持ちで、セレナおばさんにそう尋ねてた。


「いいえ……、それも原因の一部となってはいますが、それが全てと言うわけではありませんわ」

「……」

「あの時、最初にアバロフ伯爵を殺害しようとしていたのは、祐也さんではなく……、アリシャなのです」

「!?」


 アリシャおばさんが、父親を殺そうとしていたという、衝撃の過去を知らされ、私は言葉を失った。


「アリシャは、幼い頃から、アバロフ伯爵に散々弄ばれてきました。そんなアリシャのことを、助けようとしてくれた人達までも、アバロフ伯爵は亡きものにしてきたのです」

「亡きものって……殺したのか……? アバロフが……」

「アバロフ伯爵が、自ら手を下したわけではなく、人を使ってのことのようでしたが……」

「……」

「アリシャを助けようとしてくれた人達は、アリシャにとって、心の拠り所となる存在だったようで……、それをアバロフ伯爵が亡きものにしたことを、40年前のあの時に知らされて……、それで……、アリシャが激昂して……」


 なぜ、アリシャおばさんが、お父さんのことを殺そうとしたのか、その理由を知って、私は涙を流してた。


 ……性的虐待とか、人身御供とか、そういうことはよく分からないし、考えたくもない。でも、アリシャおばさんのお父さんが、とても酷い人であることはよく分かった。

 ……私は、お父さんって、みんな優しいものだと思ってた。子供のことをいつも優しく見守ってくれている、とても大きな存在だと思ってたのに……。

 ……出世をすることってそんなに大事なの? 地位を守るためだったら何をしてもいいの? 私……私は……。


 頭の中にわき出た疑問や悲しみで、ごちゃごちゃになった私は、その目から、大粒の涙があふれ出ていた。


「りんさん……」


 そんな私のことを、セレナおばさんが、その胸にぎゅっと優しく抱きしめてくれた。

 セレナおばさんに抱きしめてもらっていると、悲しい気持ちが消えて、何だか、とても温かい、優しい気持ちになれる。私は、セレナおばさんの胸を涙で濡らし、嗚咽を漏らしてた。


「アリシャがね……、アバロフ伯爵を剣で刺し殺そうとした時、祐也さんが止めてくださったの……」

「……」

「あの時、祐也さんが言われたこと、今でもよく覚えています。『アリシャとアバロフのあいだに、どのような確執があろうとも、子が親を殺すなどということは、あってはならないことだ』と、祐也さんはそう言っておりましたわ。そして、祐也さんがアリシャの代わりにアバロフ伯爵を……」

「……そうだったんだ……」


 セレナさんの説明を聞いて、祐太さんが呟く。

 セレナおばさんに抱きしめてもらっているので、祐太さんの顔を窺い知ることはできなかったが、その声はとても穏やかで安心したような優しいものだった。


「それから、ルドルフのことですが……、大丈夫。ルドルフは、アリシャが幼い頃に、アバロフ伯爵から性的虐待を受けていたことを知っています。知っていて……、いえ、知ったからこそ、自分から、アリシャとの結婚を願い出てくれたのです。アリシャのことを何が何でも必ず幸せにして見せると、そう言ってくれましたわ」

「……」


 ……ルドルフおじさん……。


 私は、ルドルフおじさんの優しさを改めて聞かされ、落ち着いてきた涙が、再び、あふれ出そうになるのを感じた。


「ただ、一つだけ心配なことがあって……、アリシャ……、ルドルフに大切なことを伝えられなかったって、言っていたの」


 ……大切なこと……?


 私は、そっとセレナおばさんの顔を見上げた。首元までしか見ることができなかったから、表情を窺うことはできなかったけど、その声はとても悲しそうに聞こえた。


「結婚前に伝えなきゃいけなかったのに、伝えることができなかったって、時々、辛そうな顔をしていたから……」

「……」

「その伝えなければいけなかったことって、何ですかね?」

「ごめんなさい、祐太さん。それはわたくしにも分からないのです。アリシャの辛そうな顔を見ていると、わたくしには、とても聞くことはできませんでしたわ……」

「……じゃあ、それはアリシャさん本人以外、誰も知らないのか……」

「そうだと思いますわ」

「……そうなると、もしかしたら、アリシャさんが夢に苦しむ理由っていうのも……」

「それは何とも言えませんわ。夢は、見ている本人にしか分からないことなのですから……」

「……」

「あの……、セレナさん。もういいです。ありがとうございました」


 だいぶ涙が枯れて、落ち着いたので、セレナおばさんにお礼を言って、そのそばを離れた。


「りんさん、無理しなくてもいいのですわ」

「だ、大丈夫です、ホントに」


 セレナおばさんの言うとおり、本当は、まだちょっと悲しい気持ちで、涙が出そうだったけど、これ以上抱きしめられているのも、何だか恥ずかしくなったので、離れることにしたのだ。


「じゃ、ちょっと行ってこようかな」


 会話が途切れたのを見計らうかのように、祐太さんが書庫室を出て行こうとする。

 しかし、先ほどの私のように、今度は、祐太さんがセレナおばさんに呼び止められた。


「何ですか、セレナさん」

「……」


 返答の仕方も、先ほどの私とまったく同じで、何だか妙に可笑しくて、私は、自然と笑顔になってた。


 ……祐太さんはもしかしたら、私を元気づけるために、わざとやってくれてるんじゃないだろうか?


 ふと、私はそんな気がした。もっとも、それを確認することはできなかったけども……。


「アリシャがルドルフに言えなかったこと……、祐也さんなら、何か知ってるような気がするのですわ」

「……神城さんが?」

「ええ、祐也さんも、アリシャのことを何かと心配してくれていたようでしたから、もしかしたら……」

「う~ん、分かりました。手がかりがあるとは思えないけど、一応、そっちも調べてみます」


 祐太さんはそう言って、書庫室を出ようとした時、ふいに、私の方へと振り返った。


「りん、よかったら一緒に来る?」

「え?」


 何の前触れもない、突然の誘いだった。

 私は返答に困り、祐太さんの顔を見つめる。


「りんは、アリシャさんのこと、とても心配してるようだし、一緒に調べてくれると助かるんだけど……」

「!」


 ちょっと迷ったけど、アリシャおばさんのことが心配だった私は、その誘いに応じて、祐太さんについて行ってみることにした。

 元の世界へ戻る鍵も早く見つけたいけど、そのこと以上に、私のことを心配してくれて、助けてくれたアリシャおばさんを、今度は、私が助けてあげたいと、強く思ったのだ。

 果たして、私は、アリシャおばさんの過去に関する手掛かりを、見つけ出すことができるのだろうか……?

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