11話、衝撃の過去(2)
「……ところで、セレナ様」
ルドルフおじさんが、再び、引き締まった真剣な眼差しを、セレナおばさんに向けた。
「先ほどの、真田マスターとのお話……、もしや、隣国の……」
「……」
ルドルフおじさんの言葉に、セレナおばさんは、悲しげな表情を浮かべる。
「やはり……」
ルドルフおじさんは、唇を噛みしめると、俯いてしまった。
このサルクトア王国に、何かが起ころうとしている。私はそれを直感的に読みとっていた。
何が起ころうとしているのかは、分からない。でも、ルドルフおじさんやセレナおばさんの様子から、ただならぬ事態が起きようとしていることを察するのには、十分だった。
「あ、あの……」
不安になった私は、隣にいたルドルフおじさんに声をかけていた。
ルドルフおじさんには、私の声が聞こえていないらしく、ずっと俯いたまま微動だにしない。
「りんさん……」
「!」
セレナおばさんに声をかけられ、私はすぐにそちらへ顔を向けた。
セレナおばさんは、先ほどの悲しい表情とは打って変わったような、優しい笑顔になっていた。
「大丈夫ですわ……。何が起ころうとも、この私が、はねのけて見せますわ!」
「セレナさん……」
笑顔で話すセレナおばさんに、私はちょっと安心した。
「あ、ところで、アリシャさんは?」
書庫にいると聞かされていたのに、ちっともその姿が見えないアリシャおばさんのことが気になって、セレナおばさんに尋ねていた。
「アリシャなら、そこにいますわ」
「?」
セレナおばさんが、本棚の方へと顔を向けた。
私もまた、セレナおばさんの見ている本棚の方へと、顔を動かすが、アリシャおばさんの姿は見えない。
「どこですか?」
「……? あ、もしかしたら、りんさんの立っているところからだと、死角になっているのかもしれませんわ。隣へどうぞ」
セレナおばさんに手招きされたので、私はそっと近寄った。
そして、セレナおばさんの見ていた、本棚の方へ目を向けると、そこには、長椅子で横になっている、アリシャおばさんがいた。
アリシャおばさんは眠っているらしく、小さな寝息を立てている。
「……ちょっと前までは起きていたのですが、眠ってしまったようですわ」
「……アリシャさん」
私は、長椅子で眠っているアリシャおばさんに近寄ると、そっとその手を握った。
小さな寝息ばかりと思っていたが、時折、アリシャおばさんが苦しそうに呻く。どうやら、何か悪い夢を見ているようだった。
もしかしたら、アリシャおばさんは、子供の頃の夢を見ているのかもしれない。ルドルフおじさんが言っていたが、アリシャおばさんは、子供の頃に父親から虐待されていたらしい。
「……セレナ様、りん、ちょっといいかい?」
「?」
声のした方へと顔を向けると、そこにはルドルフおじさんが立っていた。
ルドルフおじさんは、私のすぐ隣に立つと、アリシャおばさんをその腕に抱きかかえてしまった。
「りん、ごめんね。ちょっと手を離してくれるかい?」
「あ……」
ルドルフおじさんに言われて、私は、握っていたアリシャおばさんの手を離した。
アリシャおばさんは、ルドルフおじさんに抱きかかえられて安心したのか、穏やかな表情で眠っている。アリシャおばさんの、その安心しきった幸せそうな表情に、私は何だか嬉しくなった。
しかし、なぜかアリシャおばさんを見ているルドルフおじさんの表情は硬かった。私は、そんなルドルフおじさんの様子に不安を覚えて、どうしてそんなに硬い表情をしているのか、尋ねていた。
「……ここ最近、アリシャは夢にうなされているようでね、元気がないんだ……」
「夢……子供の頃、虐待されてたときの……ですか?」
「……たぶんそうなんだろう……アリシャはどんな夢を見たのか、教えてはくれないけど……それを聞くとひどく悲しい顔をするから」
私の問いかけに、ルドルフおじさんは悲しそうな顔をして呟く。
「それになんだか、やけに苦しそうにしてるんで心配なんだ」
「……」
私は、再び、アリシャおばさんの寝顔を見た。
アリシャおばさんは、とても穏やかな表情で眠っている。そんな寝顔では、とても夢に苦しんでいる姿など、想像できなかった。
ルドルフおじさんは、アリシャおばさんを抱きかかえたまま、セレナおばさんの方へと向き直ると、一礼した。
「セレナ様、りんの使っていた客間をお貸しください。アリシャを寝かせてやりたいので……」
「……ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
ルドルフおじさんの突然の願いにも、セレナおばさんは笑顔で答える。
ルドルフおじさんは、再び、セレナおばさんに一礼すると、今度は祐太さんの方へと身体を向けた。
「真田マスターにも一つ頼みがある」
「? 何ですか?」
「キュナの領主屋敷に行って、持ってきてもらいたい物があるんだ」
……キュナ? また知らない名前。
私は、その『キュナ』について質問したかったが、とりあえず今は、話の腰を折ることはせず、黙って、ルドルフおじさんと祐太さんの話を聞くことにした。
「あの領主屋敷に、悪魔辞典と呼ばれるものがあるはずなんだ」
「……悪魔辞典……もしかしてそれって、神城さんの……」
「その通りだ、真田マスター。アリシャの馬車を使ってもいいから、頼めないかい?」
「……分かりました、行ってきます」
祐太さんの了承を得られたルドルフおじさんは、安堵の表情を浮かべると、アリシャおばさんを抱きかかえて、書庫室を出て行った。