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11話、衝撃の過去(1)

「……なので、このままだと、サルクトアは……」

「……そうですか」


 書庫室へと入ると、祐太さんが、セレナおばさんと、何やら真剣な眼差しで話をしていた。

 途中から聞いたものだったので、よくは分からないけど、二人の表情から、大変な話であることは、容易に察することができた。

 隣に立っているルドルフおじさんも、真剣な眼差しをしていたが、私が見ていたことに気がついて、小さく笑顔を作って見せてくれた。


「セレナ様、何の話をされているのです?」

『!?』


 再び、ルドルフおじさんは、祐太さんやセレナおばさんの方へ顔を向けると、いつもの、澄んだ優しい声を投げかけていた。

 祐太さんやセレナおばさんは、すごく驚いた顔で、私やルドルフおじさんの方へと顔を向ける。

 どうやら二人は、私やルドルフおじさんがいたことに、気付いていなかったようだった。


「ルドルフ、それに、りんさん……。二人ともいつからそこにいたのですか?」

「ついさっきです。セレナ様がずいぶん真剣な顔をされていたので、声をかけそびれてしまいました」

「もぅ、二人とも盗み聞きはいけませんわ」

「……失礼致しました」


 セレナおばさんの口調は、怒っているようだったけど、その顔は、とても穏やかで柔らかく、優しい表情をしている。

 本気で怒っていないことは、一目瞭然だったけど、それでも、ルドルフおじさんが頭を下げて謝っていたので、私もそれに従って、謝ることにした。


「ごめんなさい、セレナさん」

「うん、よろしい……。許してあげます」


 笑顔のセレナおばさんに、私も思わず笑顔になっていた。

 セレナおばさんも、アリシャおばさんと同じで、すごく優しくて、笑顔がとても綺麗だった。


 ……きっと若い頃はモテたんだろうな……。


 私は、かつてアリシャおばさんに対して思ったことを、再びセレナおばさんにも、同じように思ってしまった。


「りん? どうかした?」

「へ?」


 突然、ルドルフおじさんに声をかけられて、私は驚いて顔を向けた。

 ルドルフおじさんが、可笑しそうに小さく微笑む。


「なんだか、セレナ様に羨望せんぼうの眼差しを向けていたようだけど、何を考えていたんだい?」

「えっ、あ、いや、え~と、何でもないです!! 気にしないでください!!」


 私は、顔の前で両手を振りながら、必死に『何でもないから』と繰り返した。

 ルドルフおじさんは、そんな私が可笑しいらしく、笑顔を見せる。


「若い頃のセレナ様のことが気になるとか?」

「!!?」


 ルドルフおじさんの言葉に私は、口を大きく開けて固まった。


「ふふふ、なんだ、図星だったのかい、りん?」

「……」


 まるで、心を見透かしたような言葉に、私は完全に硬直していた。


 ……どうして分かったんだろうか?


 私は呆然としたまま、ルドルフおじさんの顔を見続ける。


「相変わらず、すごい千里眼だなぁ、ルドルフさんは……」

「!」


 祐太さんのその言葉を聞いて、私は、あの観察眼のことを思い出した。

 ルドルフおじさんは、とてつもない観察眼の持ち主で、人の感情の有無を、簡単に見分けられるらしいのだ。

 つまり、私の考えてた、セレナおばさんに対する羨む感情を、ルドルフおじさんは見抜いていたのだ。


「……えっと、はい……、若い頃のセレナさんは、きっと色々な男の人から、声をかけられたんだろうなって、思いました……」


 私は、完全に、ルドルフおじさんの千里眼の前に屈服して、思っていたことを正直に話していた。


「まあ、りんさん……。そのようなことは、ありませんわ」


 セレナおばさんが、穏やかな……それでいて、どこか恥ずかしそうな声で呟く。

 そんなセレナおばさんの声に、私は顔を向けた。

 セレナおばさんは笑顔だったけど、とても恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「若い頃のセレナさんか……。俺には、よくは分かんないけど、サルクトアの王女様だったんだから、人気はあっただろうね」

「……」


 ……王女様? え、セレナおばさんって王女様だったんですか?


 私は、祐太さんの言葉に呆然となっていた。

 だけど、呆然となっていたのは、セレナおばさんも同じだった。セレナおばさんが、すごく驚いた顔で固まってる。


「でも、若くして王位を継いで、女王陛下となっちゃったらしいから、男が言いよる隙なんて、なかったと思うけどね」


 祐太さんは、セレナおばさんの驚いた顔に気付いていないらしく、さも当然のことのように言葉を続けた。


 …………女王陛下!? えっと、それってつまり、セレナおばさんは女王様なんですか!!? このサルクトア王国の!!!?


 私はずっと、セレナおばさんのことを『王妃様』だと勘違いしていたようだった。

 セレナおばさんは女王様。つまり、若い頃のセレナおばさんは、正真正銘、このサルクトア王国の『お姫様』だった、ということになる。


「……? あれ? セレナさん、どうかした?」


 祐太さんは、ようやく、固まっているセレナおばさんに気がついたらしく、声をかけた。


「祐太さん、酷いですわ!!」

「え?」

「せっかく、りんさんを驚かせないように、女王のこと隠しておいたのに話してしまうなんて、あんまりですわ!!」

「え……、そうだったの?」


 すごい剣幕で言いよるセレナおばさんに、祐太さんは困った顔を浮かべてる。


「祐太さんだって、あの時、一緒にいたのですから、聞いていなかったとは言わせませんわ!!」

「……あの……、記憶にないんですけど」

「ひ、酷すぎますわ!!!」

「……」


 記憶にないという祐太さんに、私もちょっと酷いと思ったが、祐太さんの困惑した顔を見ていると、何だか本当に聞いていないような気がしてきて、首をかしげていた。

 私は、セレナおばさんがどういう人物であるのかを尋ねた、あの初顔合わせの時のことを思い返してみることにした。

 祐太さんは、確かに、サルクトア城に来た時、一緒にいたし、セレナおばさんとの面会の時も一緒だった。

 それは間違いないはず、だとしたら、祐太さんが聞いていないはずはないのだけど……。


 どうにも、引っかかりが気になった私は、隣にいたルドルフおじさんに、あの時、祐太さんがどこで何をしていたのかを、聞いてみようと思ったが、ルドルフおじさんは、私に背中を向けて、肩を震わせていた。


「ルドルフさん?」


 私の問いかけに、ルドルフおじさんはちっとも反応せず、肩を震わせている。

 仕方ないので、今一度、あの時の状況を思い出してみた。あの時、祐太さんはどこで何をしていたのかを……。


「……!?」


 記憶の糸を懸命にたどると、ある事実に気がついた。

 あの時、確かに祐太さんはそばにいた。

 そばにいたんだけど……、祐太さんは、間違いなく、私とセレナおばさんの話を聞いていなかったのだ。


 なぜなら、祐太さんはあの時……。


 祐太さんはあの時、一人、近くの壁に寄り掛かっていたのだ。

 あの時の祐太さんの姿を見て、私は、ここまで神経が図太い人は見たことがないと思った。お城の中で、しかもあのタイミングで、どうしてそんなことができるのかと思うほど、驚かされた姿だった。


「……」


 その事実に気がついた私は、少しの間、放心していたが、すぐに我に返ると、セレナおばさんに声を投げていた。

 そして、なぜ祐太さんが「記憶にない」なんて言ったのかを、教えてあげた。


「……言われてみると、確かにそうだったような気がいたしますわ」


 しばらくは、ムッとした表情を浮かべていたが、私の説明に、セレナおばさんはようやく納得したらしく、小さくうなずいた。


「すいません、セレナさん」

「……仕方ありませんわ、わたくしも迂闊でしたわ」


 わずかだが、頭を下げて謝る祐太さんに、セレナおばさんは首を振って答えた。

 セレナおばさんは、かなり気落ちしてしまったようで、悲しそうな顔で俯いてしまった。

 そんなセレナおばさんの様子に、私は、何とか元気を出してもらおうと、声をかけていた。


「セレナさん、元気出してください。私は最初、セレナさんってこの国の王妃様じゃないかな? って思ってたんです」

「りんさん……」

「だから、女王様だって分かっても、そんなに驚かないですから……。女王様でも王妃様でも大差ないですし」


 私の言葉に、セレナおばさんは、いつもの優しい笑顔に戻ってくれた。


「え~、そうかな~、女王と王妃では相当な違いがあると思うけど……」

「祐太さん!!!!」

「あっ!! え~と……、何でもありません」


 私の言葉に異論があったらしく、祐太さんが声を上げたが、強い口調のセレナおばさんに遮られて、その口を閉ざした。


 ……やっぱり、女王様と王妃様ではだいぶ違うんだろうか?


 祐太さんの一言に、私は悩んでしまったが、セレナおばさんが優しく声をかけてくれた。


「りんさん……。りんさんの言うとおり、女王も王妃も大差はありませんわ。だから、気にしないでくださいね」

「……セレナさん」

「そして……ルドルフ!!! いつまでも笑わない!!!!」

「……し、失礼……しました……」


 隣で立っていたルドルフおじさんは、セレナおばさんの方へ向き直ると、可笑しそうな表情のまま、謝っていた。

 どうやら、先ほどからルドルフおじさんが肩を震わせていたのは、声を殺して、笑っていたためのようだった。


「もぅ、何がそんなにおかしいというの?」

「……いいえ、何でもございません」


 ルドルフおじさんは、微笑んでいた、その表情を改め、引き締まった凛々しい顔つきに変えて、セレナおばさんに最敬礼した。


「……もぅ」


 セレナおばさんは、そんなルドルフおじさんの様子に、諦めたように小さな溜息を吐いた。

 私も、セレナおばさんと同じ疑問を抱いて、ルドルフおじさんに小さな声でそっと尋ねていた。


「……いつか、りんに、セレナ様が女王陛下であられたことを知られる時が来ると、予想はできていたんだけど……、それがあまりにも早かったから、つい……ね」


 そう言って、ルドルフおじさんが笑顔を見せる。私も、そんなルドルフおじさんに釣られて、笑顔になった。


「ルドルフ……。聞こえていますわよ」


 再び、セレナおばさんが、ムッとした表情で、ルドルフおじさんを見つめた。

 怒っているようではあるが、セレナおばさんのその目は、睨みつけているような感じではない。

 どちらかというと、恥ずかしそうにしている目、という感じだった。



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