8話、2度あることは3度ある?
「お母さん!!!」
「りんちゃん!! ……気がついた? 大丈夫?」
「!!?」
名前を呼ばれて、私は、すぐに声のした方へと振り向いた。
そこには、心配そうな顔をした、フィリナさんがいた。
「フィリナさん……、こ、ここは?」
「城内の客間よ、りんちゃん……突然意識を失って倒れちゃったからビックリして、ここに運んできたの」
「……」
フィリナさんの言葉に、私は身体を起こすと、辺りをぐるりと見回した。
四方が壁に囲まれた、狭い、小さな部屋の中であることが見て取れる。フィリナさんのいるすぐ近くには、人の出入りができそうな扉もある。
私は、その部屋に1つしかないベッドの上で、寝ていたことに、今、初めて気がついた。
……今のは……夢……だったのかな?
私は、ついさっき起きた不思議な出来事に、思いを馳せていた。
ドレスを着た可愛らしい女の子が泣いているという、変な夢……。
「……?」
ふと、私は、右手に硬い感触を感じて、そちらに目を向けた。
そこにあったのは携帯電話だった。私は、携帯電話を強く握りしめていた。
……そういえば、夢の中でお母さんからメールが……。
私は、ぼんやりと夢の中で受信した、メールのことを思い出していた。
夢の中の出来事と思いつつも、私は、携帯電話の画面を開いてみた。
「!」
携帯の画面には、新着で、メールが一通届いているという表示がされていた。
私はすぐに、そのメールを開いて見た。
りん、あの女の子を助けて!!
夢の中で来たものと、まったく同じ内容のメールだった。
しかし、夢の中と違い、差出人名が文字化けしており、誰から送られてきたものなのか、分からない状態だった。
……夢の中で来たメールの差出人は、お母さんの名前が書かれてた。
……このメールは、やっぱりお母さんがくれたんだろうか?
「あの女の子を助けて……」
「えっ!?」
突然、真横から声が聞こえたのに驚いて、そちらへ振り返っていた。そこにいたのは、フィリナさんだった。
携帯電話に気を取られていた私は、フィリナさんが私の携帯電話の画面を、すぐ横から見ていたことに、まったく気付かなかった。
「あ、驚かせちゃった? ごめんね」
「……」
驚かせたことを謝るフィリナさんに、私は、そっと首を横に振っていた。
「これって、さっき書庫で見たのとは違うよね?」
フィリナさんが、メールに書かれた文字を指差す。
私は、コクンと一度うなずくと、先ほど見た夢のことを、フィリナさんに話した。
「……女の子……」
「はい、フリルのついたドレスを着たお人形さんみたいな可愛らしい女の子でした」
「で、変な男が女の子を連れ去りそうになったときに、そのメールっていうのが来たわけね」
フィリナさんは腕を組むと、顔を下げる。
「りんちゃんの目的がだいたい分かってきたわね」
「えっ?」
「りんちゃんがこの妖精世界でなすべきことよ……。きっとその女の子を助けて上げられれば、元の世界へ戻るための鍵が見つかると思うわ」
フィリナさんは顔を上げると、優しい笑顔でそう言ってくれた。
私のするべき目的……。夢に出てきた女の子を助けること……。
「ところでりんちゃん……。その女の子の名前とかって分かる?」
「……」
フィリナさんの質問に、私は、首を横に振って答えた。
夢の中に出てきた女の子は、ずっと泣いていたし、こちらの声も聞こえていないような感じだったから、名前を聞くことなど、できるわけがなかった。
ただ、女の子が、誰かの名前を呼んでいたことを覚えていたので、それをフィリナさんに伝えた。
「カシュお兄ちゃんにマイリアおばさん……ね」
「はい……、あと、2人くらいおじさんって呼ばれた人がいたはずなんですけど……。ごめんなさい、思い出せないです」
「そっか……」
ちょっと気落ちしたような声だったけど、それでもフィリナさんは優しい笑顔のまま、私の手を取ってうなずいてくれた。
「後は、その夢の中にいた時の周りの景色とかって覚えてる?」
「……はい、えっと確か、サルクトアのお城の前だったと思います」
「お城の前……。そうなると、りんちゃんが助けるべき人は、このサルクトア王国にいるのかもしれないわね」
そう言うと、フィリナさんが座っていた椅子から立ちあがる。
「よし、私がそれらしい人を探して来てあげる!!」
「え?」
「ちょっと待っててね、りんちゃん」
フィリナさんは言うが早いか、近くの扉を開けようとドアノブに手をかけようとした、その時だった。
コンコン、ガチャ
扉をノックする音とほぼ同時に、扉が開いた。
ゴンッ!!
扉は内開きだったらしく、すごい音とともに、フィリナさんが開いた扉でおでこを強打して、その場にうずくまってしまった。
私は、その様子に口を開けたまま、呆然となる。
「……」
扉の向こうから、ルドルフおじさんが顔を覗かせた。どうやら、扉を開けたのは、ルドルフおじさんのようだった。
ルドルフおじさんは私の顔を見ると、身体半分を部屋に入れて、顔を扉の裏側へと向ける。
「あ、すまん」
おでこを両手で押さえて、うずくまっているフィリナさんを見て、ルドルフおじさんが小さな声で謝罪した。
「……ルドルフさん……もう、痛いじゃないですか!! ノックしてすぐに扉開けるなんて……マナー違反です!!」
おでこを押さえながら立ち上がると、フィリナさんがルドルフおじさんに向かって、文句を垂れる。
フィリナさんは、ルドルフおじさんの扉の開け方を、マナー違反だと言っているが、一応、ノックしてから開けているので、マナー違反ではないと思う。
こちらが返事をする前に開けちゃってるから、何とも言えないけど……。
「本当にすまん……。アリシャにもよく言われるんだが、癖なんだ……。だからアリシャにはよく部屋に鍵をかけられる」
「……」
……癖……ねえ。
そう言えば、私がアリシャおばさんの家で目が覚めた時も、最初は部屋の内側から鍵がかけられてて、ルドルフおじさんが入れなかった様な気がする。
私は、フィリナさんとルドルフおじさんのやりとりに、苦笑いを浮かべながら、ぼんやりと、アリシャおばさんの家でのやりとりを思い出していた。
「よく言われるってことは、前にも何かしてるんですね!!」
「……ああ、若いころにちょっとな」
フィリナさんの追及に、ルドルフおじさんはお茶を濁すように、言葉少なめに返事をする。
……若いころ?
ルドルフおじさんは、若いころに何かやってしまったんだろうか?
ルドルフおじさんのやってしまったことが気になったが、困った表情をしていたので、それ以上話を聞くのは、私には気が引けた。
しかし、フィリナさんは止まらなかった。余程、扉をぶつけられたおでこが痛かったのだろう。
「ちょっとじゃ分かりません!! 何やったんですか!!」
「……はぁ……」
ファリナさんの激しい追及に、ルドルフおじさんは小さくため息をつく。
「ま、それはともかく、りん……、大丈夫かい?」
「話そらさないで!!」
ルドルフおじさんは、フィリナさんの追及を完全に無視すると、私の方へ顔を向けて、声をかけてきた。
それに対して、フィリナさんが抗議をするが、ルドルフおじさんはまったく取り合わない。
「ちょっと入るけどいいかい?」
「あ……、どうぞ」
ルドルフおじさんは、わずかに開けた扉の隙間を、すり抜けるように部屋の中へ入ると、扉を閉める。
そして、さっきまで、フィリナさんが座っていた椅子に腰を下ろした。
ふと、フィリナさんの方へ顔を向けると、フィリナさんは、ルドルフおじさんにまだ何か言いたそうに口を尖らせていた。
「……」
このままじゃいけないと思った私は、フィリナさんに声をかけた。
「フィリナさん……、さっきの話のことお願いします」
「えっ? あ、ああ、うん、すぐ行ってくるわね」
フィリナさんは、私の方へ顔を向けると一瞬、首をかしげるような素振りを見せたが、すぐに何を言っているのか、理解してくれたらしく、再び扉のドアノブに手をかけようとした。
ガチャッ!
ゴン!!!
「……」
まるで、ギャグ漫画を見ているような光景だった。
フィリナさんがドアノブに手をかけようとした瞬間に、再び扉が開き、またもフィリナさんは、扉でおでこを強打した。
しかも、ぶつかったときの音からして、さっきよりも強くぶつかったのではないだろうか……? フィリナさんは、再び、おでこを押さえてうずくまってしまった。
何というか、もう不運としか言いようのないフィリナさんに、かける言葉も見つからない。
「……だ、だいじょぶか、フィリナ……」
扉の向こうから姿を見せたのは、テリオルさんだった。
テリオルさんは、おでこを押さえてうずくまっているフィリナさんに向かって、そう声をかけた。
先ほどのルドルフおじさんの時とは違い、テリオルさんは、扉をノックせずに開けたので、今度こそ、マナー違反で間違いないだろう。
「……」
フィリナさんが、のっぺらぼうのような無表情のまま立ち上がる。
そんなフィリナさんの様子に、私は鬼気迫るものを感じていた。
テリオルさんにも、フィリナさんの身体から発せられる殺気を感じ取ったらしく、それ以上は何も言わずに部屋を出ると、扉を閉めた。
「テリオル!!!」
激昂したフィリナさんは、そう叫ぶと、テリオルさんを追うべく、扉のドアノブに飛びついた。
ガンッ!!
「……」
勢いがありすぎたのか、フィリナさんは、自分が開けた扉で、自分のおでこを強打した。いや、もう、おでこというより、顔面を強打してるように見えるけども……。
フィリナさんは、その場にドサリと、崩れ落ちてしまった。