7話、助けを願うもの(1)
セレナおばさんの案内で、私は、サルクトア城の書庫へと辿り着いた。
たくさんの本棚が、所狭しと並べられたそこは、まるで学校の図書室を思い出させる。
「目的の物が見つかるとよいのですが……」
セレナおばさんはそう言って、近くの棚から本を手に取り、表紙を見ては、本を元の棚に戻すというやり取りを繰り返した。
アリシャおばさんやルドルフおじさんも、それに続く。
私や祐太さん、テリオルさんやフィリナさんも『神暦』と呼ばれる言葉を翻訳するための本を探して、書庫内をあちこち見て回った。
「……?」
ふと、私は、一つの本に目が止まり、その本を手に取っていた。
「キュナクティ……?」
本の題名に『キュナクティの誓い』と書かれたそれは、とても可愛らしい絵柄で描かれており、どうやら子供が見るための絵本のようであった。
「あら、懐かしい」
目的の物とは明らかに違うので、元の棚に戻そうとしたのだが、手に取っていたその絵本を見たセレナおばさんが、声をあげて近寄ってきた。
セレナおばさんは、その絵本を優しい眼差しで見つめる。
「これ、私が子供のころに読んでた絵本なのですわ、キュナクティを持った英雄が悪者をやっつけるっていう物語なの」
「へ~」
悪者をやっつける物語……。
まあ、どこにでもあるような内容の英雄譚だし、とくに気にする物語でもないはずなんだけど……。
私とセレナおばさんのやり取りを見ていたらしいルドルフおじさんが、声をかけて来た。
「『幻の宝石キュナクティ』か、懐かしいな……。そういえば、あの頃の面子、みんな元気にしてるかな?」
……幻の宝石?
宝石という言葉に興味を惹かれた私は、懐かしそうに目を細めているルドルフおじさんに、キュナクティのことについてあれこれと尋ねていた。
話を聞くと、どうやらセレナおばさんとルドルフおじさんは、若いころに何人かの友人とともに、幻と言われた、キュナクティという名の宝石を探しに、アルテスク王国と呼ばれる国の宝石鉱山まで、出向いたことがあるらしかった。
キュナクティは、かの英雄と呼ばれた、フェアリーマスター神城祐也が所有していたとされる幻の宝石で、どんな困難にも打ち勝つ、奇跡の力が宿っていると言われていたらしい。
「奇跡の力!! いいな~、私も欲しいな~」
ルドルフさんから聞いた話と、絵本の物語を重ね合わせてみると、絵本の主人公が『神城祐也』という人物であることを、容易に察することができるのだが、私には、奇跡の力を持つというキュナクティの魅力の方が強かった。
そんな私に、ルドルフおじさんは笑みを浮かべる。
「……りんはもう、キュナクティを持っていると思うよ」
「えっ!?」
「アリシャとの間にあるキュナクティは、もしかしたら、私より大きなものかもしれないね」
「???」
ルドルフおじさんの言う、言葉の意味が理解できない私は、首をかしげていた。
セレナおばさんが、そんな私を見て微笑む。
「りんさん、キュナクティというのは、目に見える宝石ではないのですわ」
「???」
ルドルフおじさんに続き、セレナおばさんにも説明を受けたが、ますます頭が混乱するだけだった。
目に見えない宝石とは、どういうことなんだろう?
「何の話してるの?」
ふと、後ろから声がかかり、私はそっと声のした方へと振り返った。
そこには、祐太さんが立っていた。
私は、持っていた絵本に書かれた、キュナクティのことを祐太さんに説明した。
「あ~、キュナクティね、それなら神城さんから聞いたことがあるよ。ありもしない宝石だというのに、ルドルフさん達に、わざわざ宝石鉱山まで付き合わされたって嘆いてたな」
「ありもしない宝石?」
「うん……、存在しないよ、キュナクティなんて宝石はね」
「……」
祐太さんの説明に、私はさらに首をかしげる。
「りん、キュナクティっていうのはね『絆』のことなんだよ」
「絆!?」
「そう、人と人との繋がり……絆」
「……き、絆がどうして幻の宝石に……?」
私の問いかけに、祐太さんまでもが微笑む。
「その物語の作者……。かなりロマンティストだったみたいだね」
祐太さんが、私の持っていた絵本を指差す。
「絆のことを宝石と称して、物語にしたわけだから……」
「……そっか、それで幻の宝石なんだね」
私は、絵本をパラパラとめくると『絆=キュナクティ』が宝石として描かれているシーンを発見した。
そして、さらに絵本をめくると、最後のページにはその宝石を持った英雄が、魔王を倒すシーンが描かれていた。
「ただ、それがどういうわけか、物語の産物でしかないはずの『キュナクティ』が実在する宝石だという噂が流れたらしくてね……」
「……私はその噂を聞いて、キュナクティを見てみたいと思ってしまったのですわ」
祐太さんの言葉を引き継いだセレナおばさんが、そう言いながら、恥ずかしそうに口元を両手で覆って、微笑む。
「なるほど、それでキュナクティを探しに行ったんだね」
「その通りですわ」
納得した私に、セレナおばさんは優しい笑みを浮かべる。
「それにしても、神城さんはルドルフさん達に、どうしてキュナクティの本当の意味を教えなかったんだろ? ちゃんと意味を伝えていれば、わざわざ宝石鉱山まで行く必要もなかっただろうに……」
祐太さんが首をかしげながら、ぽつりと呟く。
「本当の意味を教えてくれなかったわけではないよ……。私達がそれを信じなかっただけさ」
祐太さんの呟きに、ルドルフおじさんが首を振りながら答えた。
「信じなかったってどうして……?」
「……神城マスターは、いつも偽名を使ってて、余程のことがないと本名を名乗らないというのは、真田マスターも知ってるだろ?」
「……」
「あの時の私は、まだ神城マスターとの面識がなかったし、何より偽名を使われていてはそれが神城マスターであると気付くことは無理というもの……だから、キュナクティなんて宝石はないと言い張る神城マスターの言葉を誰一人信じなかったというわけだ」
……偽名?
英雄とまで言われる人が、どうして偽名なんか使ってるんだろ?
私は、絵本に描かれた、神城祐也と思われるその英雄へと、目を落とす。
なぜ偽名を使わなければならなかったのか、それが気になる私は、ルドルフおじさんに質問したが、答えたのはセレナおばさんだった。
「それは、祐也さんが英雄と呼ばれることを嫌がったからですわ……。でも、どんなに英雄ではないと言い張っても、祐也さんが魔王を倒したという事実は消えないのですわ」
そう言って、セレナおばさんが、私の持っていた絵本を指差す。
「この絵本に書かれた物語は、空想の夢物語ではなく、実際に起きた出来事が描かれた物語なのですわ」
「!!!」
セレナおばさんの言葉に驚いた私は、絵本を持ち直すと、最初のページからさっと目を通した。
「でも、絵本の話をしたら、祐也さんは怒ってしまいました……」
「えっ?」
「真実は、絵本で描かれたような単純なものではないと言っていましたわ」
「……」