6話、お城へ来た目的は?
「わぁ~」
お城の中に足を踏み入れた私は、感嘆の溜息をもらしていた。
煌びやかな、赤い絨毯が敷かれた床に、壁に掛けられた高価そうな絵画などの調度品。
絢爛豪華なお城の内装に、その目を奪われる。
そんなお城の内装とは裏腹に、今の私の姿は、地味以外、何物でもなかった。
……あ~あ、お城に来るって分かってたら、今朝、アリシャおばさんに勧められたドレスを着てきたのになぁ……。
私は、自分の着ている服を見ながら、小さな溜息を吐いていた。
「ほら、りん、置いてくよ」
「あ、今行きます~」
そんな私の心など露知らず、祐太さんは、どんどんお城の奥へと進んでいく。
フィリナさんに続き、祐太さんにも促された私は、小走りに、先行く3人の後を追いかけた。
城内の廊下をしばらく進むと、大きな広間に辿り着いた。
廊下に敷かれていた物以上に、厚みのある、赤い絨毯が敷かれていて、今にも、偉い人が出てきそうな、荘厳な雰囲気が、そこにはあった。
目の前、奥には、5、6段くらいの小さな段差があり、その一番上に、ものすごい立派な、貫禄のある椅子が、中央にどっしりと置いてある。
椅子に貫禄があるっていうのも、変な言い方だけど、今の私にはそんな表現しか思いつかなかった。
「りんちゃん、こっちよ」
「!」
聞き覚えのある声に顔を向けると、そこにはアリシャおばさんが立っていた。
ほんの少しの間しか離れていなかったはずなのに、ずっと寂しさを感じていた私は、すぐにアリシャおばさんの元へと駆け寄った。
「どうしたの、りんちゃん……何だかとっても嬉しそうね」
「えっ……………………あ、何でもないです」
確かに私は、寂しさを感じていたせいか、アリシャおばさんに会えたのが、とても嬉しかったのだが、恥ずかしくて、その気持ちを正直には話せなかった。
「変なりんちゃん」
アリシャおばさんが、首をかしげながら、口元に手を当てて微笑む。
私は、ますます恥ずかしくなって、そっと俯いた。
「お……、りんの方が早かったか」
再び、聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。
声のした方へと顔を向けると、そこにはルドルフおじさんと、知らない女性が立っていた。
ルドルフおじさんは、女性よりも、2、3歩下がった位置に立っている。
女性は、アリシャおばさんと同い年くらいだろうか……?
とても綺麗なドレスを着ていて、どこかこう気品のある、そんな雰囲気を持った女性だった。
「うわ、ご、ご、御先代」
ふと、後ろから、テリオルさんの、驚いたような声が聞こえた。
……ごせんだい?
その声に振り返ると、そこにはかしずいて頭を下げる、テリオルさんとフィリナさんの姿があった。
「……ど、どうしたの? 二人とも……」
私は思わず、そっと、テリオルさんとフィリナさんに声をかけるが、二人とも黙ったまま、頭を下げ続ける。
「あなたが……りんさん、ですか?」
すごく穏やかで、優しい声に、私は声のした方へと振り返っていた。
私の名前を呼んだのは、先ほどルドルフおじさんとともに現れた女性だった。
その女性は、優しい瞳で私のことを見つめている。
「……」
返事をしなきゃって思ったのに、なぜか言葉にならず、ものすごい緊張感が、私の身体を支配してしまっていた。
テリオルさんとフィリナさんの姿を見てしまったのが、いけなかったのかもしれない。
この女性に対する二人の応対は、先ほど、お城の入口で会ったラムナスおじさんよりも、遥かに丁寧である。
「……」
私は、生唾を飲み込むと、声にならない返事の代わりに首を縦に振っていた。
女性は、そんな私に笑顔を見せる。
「そのように緊張なさらなくても、よいのですわ」
「……」
「初めまして、私はセレナと申します」
「……は、は、初めまして、りんです……」
丁寧な自己紹介のセレナおばさんに、私は、緊張でガチガチに表情を固めたまま挨拶した。
「りんちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
私の、ひどく緊張した様子を見かねたのか、アリシャおばさんが声を掛けてくれた。
「……」
アリシャおばさんに声をかけてもらうと、なんだかとても安心する。
私は、小さく深呼吸すると、改めてセレナおばさんの顔を見た。
「落ち着きましたか?」
「は、はい」
相変わらず、セレナおばさんは優しい笑顔のままだった。
……アリシャおばさんも優しいけど、セレナおばさんもすごく優しい……。
緊張が解れた私は、ようやく落ち着いて、セレナおばさんの姿を見ることができた。
セレナおばさんは、とても優雅で物腰柔らかく、口調も優しくて、常に穏やかな表情をしている、お嬢様然とした雰囲気を醸し出していた。
いや、もうお嬢様と呼ばれるような年齢ではないんだろうけども……。
私には、セレナおばさんの持つ雰囲気が、アリシャおばさんの持っている雰囲気と重なって見えた。
「あ、あの、セレナさんって、どういう人なんですか? 皆、恐縮しちゃってるみたいなんですけど……」
テリオルさんやフィリナさんの様子が気になっていた私は、セレナおばさんに、そう尋ねていた。
「……教えなくちゃダメ?」
「……」
「う~ん、きっと、りんさんのことを驚かせてしまうわ……。それでも知りたい?」
「……えっと、や、やっぱりいいです……」
……なんとなく、セレナおばさんがどういう人なのか、想像はついてるんだけど……。
セレナおばさんの困っている表情に申し訳なくなって、それ以上のことを聞くことはやめることにした。
一応、私の見立てでは、セレナおばさんは、このサルクトア王国の『王妃様』なのではなかろうかと思うのだが、結局、本人には聞けなかった。
「そうですか……。ところで、りんさんは、どのようなご用でお城へいらしたのですか?」
「……あ、えっと」
セレナおばさんの問いかけに、私は言葉に詰まってしまった。
考えてみれば、私は祐太さんの提案で、ここに連れてこられただけであって、その辺のことは何一つ聞いてはいなかったのだ。
返答に困った私は、そっと祐太さんの姿を探して、ぐるりと辺りを見回した。
「……………………」
どこまで図太い神経をしているのだろうか?
祐太さんは、近くの壁に背中を預けて、器用にも立ったまま眠っていた。
「ちょっ、祐太さん起きてください!!!」
「へっ?」
私の叫び声に、祐太さんが、驚いた表情で顔を上げた。
祐太さんは、目を擦りながら大きなあくびをすると、私の方へと顔を向けた。
「祐太さん、このお城に来た目的って何ですか!!」
「ん? あれ? 言わなかったっけ?」
「聞いてません!!」
祐太さんの、のんびりとした口調に、私は早口でまくし立てる。
「……神暦だよ、サルクトア城の書庫になら、神暦の妖精語の翻訳ができそうな辞書とかがあるかもと思ってね」
「神暦……? そのような難しい言葉を調べるために、お城へこられたのですか?」
セレナおばさんが、とても驚いたように声を上げる。
「う~ん、私も長年いろいろな方を見てきたので、りんさんが悪意を持っていない方であることはよく分かるのですが……」
「?」
「……書庫ですか……」
セレナおばさんが、とても困ったような表情で俯く。
何か、悪いことを聞いてしまったのだろうか? 私は、セレナおばさんの表情に、少し不安になった。
「セレナ様、お願いです。責任は私が持ちますから、書庫への入室を許してください」
アリシャおばさんが、セレナおばさんに頭を下げて頼んでくれていた。
それを見た私も、深々と頭を下げる。
「……分かりましたわ……。本来は、王国と関係のない方を書庫へと入れることはできないのですが、アリシャがこんなにも頼むということは余程のことなのでしょう」
「あ、ありがとうございます、セレナ様」
「ありがとうございます!!」
セレナおばさんは、不安そうな表情をしていたものの、アリシャおばさんの懇願に、書庫への入室を了承してくれた。
「その代わり、私も一緒に書庫へ参りますわ」
セレナおばさんはそう言って、私に背を向けると広間の奥へと歩き出した。
ルドルフおじさんがその後に続く。
「さ、りんちゃん……テリオル君達も」
アリシャおばさんに促されて、私や、テリオルさん、フィリナさん、そして祐太さんもまた、セレナおばさんの後へと続いた。