鶴の恩返し
モニークは配電盤事件から私に話しかけるようになった。
話してみてわかったが、彼女は妖精と言ってもいいくらいに可愛らしいふわふわの外見の子だが、内面はそこらにいる男の子そのものだった。
よって、遊び方も男の子遊びとなる。
一緒に川の小魚を取ったり、家畜をペットみたいにして可愛がったりと、彼女と一緒の行動は楽しく、私達は二人一緒に行動することが多くなった。
そして彼女が話してくれたのだが、彼女はダグドが大好きだが、それは不思議なものを作ることが出来るからで、彼女は自分でも機械を作ってみたいと考えてもいた。
「だから分解するの?あれは魔法なんじゃ無いの?」
「うん。魔法と魔法じゃないものがあるの。まず、機械を動かすエネルギーがあって、それがあると動く機械が洗濯機やオーブンや電灯ね。それから、無くても動く機械もあって、これが水車小屋の粉挽き機や時計。あたしはエネルギーが無くても動くこっちの方だけでも自分で作れるようになりたいし、全部作れなくても、ダグド様の作った機械は全部直せるようになりたい。」
水色の目を煌かせて夢を語る彼女はやはり可愛らしく、十二歳という同じ年齢なのにこうも違うのかと、私は自分にがっかりとしていた。
そして、ダグドが屋敷に来ると必ずモニークに話しかけることに、女でしかない私は嫉妬もしていた。
モニークが大事に読む本はダグドが書いた本なのだという。
私も読ませてもらったが、意味不明の図面とその図面の説明というものだった。
モニークが危険な分解をしないようにと、城や私達が住む屋敷、そして領地内にあるすべての機械の内部構造を図面化し、その説明を添えてあるのだという。
「でも、分解しちゃうんだ。」
「うん。楽しいもの。ノーラも今度やってみない?」
「そうね。楽しいかも。」
ダグドは私達の館に来れるが、私達は屋敷と繋がっている城の台所や洗濯室に行けても、彼の生活空間には見えない壁があって通り抜けることが出来ない。
モニークのように機械の仕組みを知ることで、私はあの壁を突破できるのではないのだろうか。
「何を考えているの?」
「うん?ダグド様のお部屋に行ける方法。」
「あ、あたしも考えていた。ねぇ、台所のエレベーターはどうかしら?」
「そうよね。あそこに乗ればダグド様の広間に行けるわよね。」
私達は我先へと城の台所へと駆け出して行き、そして、食事を乗せるエレベーターの扉を開けて中に入り込もうとしたところで、強い力でぐいっと後ろに引かれた。
「何をやっているの。」
私達の腰を掴んでエレベーターから引っ張り出したのは、私達に強襲される予定のダグドその人である。
「ええとお、私達がこれに乗れるかなって。あの、このエレベーターの荷重制限は40キロでしょう。私は体重がどのくらいかなって、あの。」
ダグドは怒らなかったが、物凄く大きくて長い溜息をはああああと吐いた。
「すごく厭味ったらしい。単なる実験なのに。」
私が呟くと、モニークもうんうんと答えた。
「ねぇ、興味があることは良いことだって。ダグド様だって。」
彼は私達に顔を向けると、形の良い眉を片方だけ上げた。
君達の言葉は嘘でしょう、という風に。
勿論、体重を調べるなんて大嘘だ。
「えぇと、このエレベーターに私達が乗ってしまっていたらどうなるの、かな?」
「落ちる。落ちて体がバラバラになってしまう。」
「うそ。」
「ほんとう。」
そこで私は気が付いた。
「ダグド様は私達の危機に駆け付けてくれたのですね。」
「当り前でしょう!こんな馬鹿なことをして!死ぬところだったんだよ!」
私はごめんなさいと彼に素直に謝り、モニークも勿論同じようにした。
ただし、私達は言質を取ったと、お互いに目配せをしていたが。
「君達。他にも危険な事を今考えなかったかな。それからね、一言言っておくけど、俺の住居に来てはいけないよ。君達は嫁入り前の女の子だ。独身男性の家に行ったなんて知れたら、君達の名誉は傷ついてしまうんだよ。」
私達は道徳的すぎる竜に唖然として、再び目線を互いに交わしていた。
この人破壊竜だったよね。
悪竜で有名な人だったよね。
そんなテレパシーだ。
すると、私達の目配せにダグドは勘違いしたのか、彼は台所に置いてあった適当な椅子を三客持ってくると、私達に座らせてから彼も座った。
それから私達をじっと見つめてきたのである。
私達に長いお説教を始めるのかな、と思ったが、彼は私達の想定外の行動を取るという破壊竜であったと思い知らされることとなった。
彼は昔話をし始めたのである。
その内容は、布を織っている鶴の真実の姿を人間が見てしまうと、人間の姿をしていた鶴が飛んで逃げてしまうという内容だった。
「わかる?俺は鶴さんみたいに城で布を織っているの。君達にその姿を見られたら、竜になって飛んで逃げなきゃいけないんだよ。」
私達はやはり目配せをし合っていた。
竜を見て逃げるのは人間の方だよね。
ダグド様は自分の家から逃げてどこに行く気なの?
そんなテレパシーだ。
彼は頭を抱えた。
「あぁ、どうしたらわかってくれるんだろう。」
「この子達はダグド様に会いたいってだけですわ。一日の一時間だけでも絶対に会えると思えれば、この子達もこんなことを二度としないと思うの。」
私達はエレノーラの頭の良さに感心し、うんうんと大きくうなずき、ダグドはエレノーラの提案に苦虫を噛み潰したような顔をした。
「独身女性の家に独身の男性が毎日顔を出していたら、よからぬ噂の的になるのは独身女性の君達なのに。」
私達三人は悪竜様の清廉潔白な物言いに呆気に取られて、目配せどころではなくなっていた。