女子会と野郎会
「乾杯は少し残酷かな。」
アリッサはソフトドリンクを掲げたまま、私ににやりと笑いかけた。
彼女はシェーラの事を言っているのだろう。
リリアナの音楽室に集まっての飲み会だが、本来は面白おかしく女達だけで集うはずの予定だったが、エレノーラはぐずるシロロを放ってはおけないと辞退し、シェーラは姉の遺骸が眠るという北の地へと二日前に旅立った。
街道も無く雪も降って来たというこの季節では、シェーラがその地に辿り着くまではきっとひと月はかかるだろう。
「じゃあ、あの二人の旅路が安全であるようにって、そういう乾杯は?」
「うわ。でたよ。このいい人ぶった極悪が。」
「どこが極悪なのよ。」
「あら、アリッサの言う通りだと思うわあ。カイユーに失恋したシェーラどころか、あなたに失恋したエランまで追い払ってしまうのだもの。これで心置きなく二人でいちゃいちゃできるものね。さすが、ダグド領一の策士。」
リリアナの言い方には少しどころかかなりの棘があり、私は少々どころかかなり頭に血がのぼってしまっていた。
「見ていたらわかるでしょう!いちゃいちゃなんてしていません。」
「そうね。カイユーが逃げているわね。」
私はリリアナの言葉にグラスを手から落としかけた。
「うそ。見え見え、だった?」
リリアナはつまみ用の小さなクラッカーをつまむと、タクトを振るようにして歌うような口調で私を揶揄ってきた。
「見え見え。あなたがバラクーダで、カイユーが逃げる小魚って感じ。」
「うそ。」
「あはははは。ノーラってば、何をしたのよ。あのカイユーがノーラから目を逸らすなんて。もう、明日は天変地異どころじゃ無いじゃない。」
アリッサが腹を抱えて笑い出し、私は取りあえず乾杯も無いが果実酒をグイっと煽った。
一気に体がかあっと熱くなり、酒のお陰か思考力もいい具合にぽわんと濁ってくれた気がする。
こんな意地悪魔女達に囲まれている時に思考を鈍らせるのは、今後を考えるととても危険かもしれないが、やけ酒をかっ喰らいたい自分もいるのである。
私はシロロを捕獲した後に、エランのいない寂しさに泣く彼を自分に置き換えてしまい、昨日のうちにカイユーを説き伏せてダグドへの挨拶に行ってもらった。
だって、そうだろう。
キス一つも無いまま、彼との事を何も知らないまま彼が戦死してしまったら、私もシロロと同じくらいに何もないと泣くしかないのだ。
彼は私と婚約関係になることに対して、私を縛り付けたくないと言った。
自分は何も持たないからこそ、何も返せないのが辛いのだと。
だから私は、私が欲しいのはあなただけなのだと、だからあなたを婚約者にしたいのだと、あなたが死んだらあなたのしゃれこうべを私が抱きしめていたいのだと言い張った。
婚約した後だって、私と別れたいのならば別れたいと言ってくれてかまわない。
でも、私を愛している今ならば、私はあなたの全部が欲しい。
そう私は言い募り、結局彼が折れてダグドの元へと行ってくれたのである。
呼び出されたダグドが、俺を騙すつもりか、と笑い出したどころか、私ではなくカイユーを労った事には納得がいかないが。
「若いんだから色々体験するのもいいかもな。」
ダグドはカイユーの肩を抱いて、しみじみと言い切ったのだ。
なんだそれは。
ダグドはモニークと私は同じぐらいに可愛いと言い張るが、絶対的に扱いが違う事を彼は気が付いていないのだろうか。
「首に縄を付けられたカイユーちゃんは可哀想ね。」
リリアナも絶対的にカイユーびいきのようだ。
「鈴、じゃないの?」
すると、最初からカイユーびいきの女が追い打ちをかけてきた。
「縄でしょう。ご飯を貰えて寝床も貰えるって喜んだ野良の子犬が、室内で狭い檻に入れられての飼育だって知った時の顔よね。」
「ひどいわ!あなた方!じゃあ、どうすれば良かったのよ!何もしなくても離れていくし、何かしようとすると逃げて行くのよ!私はモニークとイヴォアールみたいな関係になりたいだけなのに!」
「でも、あたしはイヴォアール以外の人とキスしたことは無いから。」
リリアナとアリッサが今まで黙り込んでいた参加者の発言に色めき立った。
私は両目をぎゅうと瞑って、我が身の間抜けさを呪った。
女子会なのにモニーク一人を仲間外れにする事は出来ないだろうと、私は律義に彼女にもちゃんと声をかけて呼び出していたのだ。
もちろん、この女子会がアルバートル隊の真っ裸を鑑賞しよう会であることは彼女には内緒にしてあるが。
何も知らない幸せ真っ最中のモニークはふわふわして、まるでシロロのように小首を傾げて私を伺っている。
まあ!ふわふわさんのくせに私を非難するような目をしているじゃないの。
「――言いたいことがあるなら聞くわよ。」
「うーん、言いたい事って言うか、あたしが分からないだけ。あたしはイーヴとのキスに電気が走ったような気がしたって言ったわよね。だけど、それを他の人で試してみたいとは思わない。でも、ノーラはアールとキスしてそう感じたのでしょう。それなのにカイユーを選んだから。」
確かに、私の実情を正確に知らない人には私が物凄くふしだらに思える私の行動であっただろう。
「あの、それに。二人の事を別の男の人に相談するのはいけないと思うの。」
はははは、確かに。
カイユーがシェーラに相談事をしていたら、私はぶちぎれる事だろう。
私は最低な相談女をしていたと、自分の頭を両手でかきむしった。
「うあああああ。巻き戻したい自分の行動!」
「うわぁ、さいてぃ」
アリッサが本気で呆れたような声を出した。
「ノーラ。シロちゃんの養育は私が受け持つことにするわ。あなたちょっと道徳観念が乱れすぎている気がする。」
男の裸鑑賞会を提案した女に道徳を責められてしまった。
「悪かったわね。悪かったわよ!でもね、アールにキスされたのは手の甲なの!びっくりして、でも、すっごくびくっとしたから、私は大好きなカイユーとキスしてみたくなったの。てか、カイユーと本当のキスをしてみたいの。」
「ええ!手の甲だったの!」
モニークはパシンと自分の口元を押さえ、真ん丸な水色の目にしまったという色をあからさまに浮かべた。
「あ、この、イヴォアールトンネルめ。おしゃべり!イヴォアールに知られたらアルバートルに直じゃないの!あいつめ。どうりでキスしてやろうかなんて言ってくるかと思ったわ!」
「ちょっと待って!キスしてやろうかなんて言って来たの?アルバートルが?私には一度も言って来たことは無いわよ。」
「アリッサは本気でアルバートルに何かしてほしいの?あいつはろくでも無いわよ!私を壁に追い詰めて、それからキスして宥めてやろうかって言い放ったのよ、あの助平が!」
「で、あなたはどうやってアルバートルをいなしたの?」
リリアナの輝かせた菫色の瞳には興味しか書いていない。
「うわ、リリアナったらものすっごく興味津々ね。」
「うふふ。私も恋をするのが楽しそうだなって、ちょっと思ったから。」
「ちょっと待ってよ。アルバートルは私の獲物よ!」
慌てた様なアリッサの様子に、私は少々の悪戯心が湧いていた。
スカートを捲り上げて靴下止めに差し込んである鞭を取り出すと、それをハイっとアリッサに投げ渡したのだ。
「ハイって、え、ナニコレ?」
「鞭よ。アルバートルはそれが欲しいみたい。」
「うそ。」
「ほんとう。その鞭を渡すか俺とキスするかって迫ってきたもの。」
「それでここに鞭があるって事は、ええと、キス、したの?」
「ううん。それは二代目。その鞭は私の手作りだから。」
「二代目って、手作りって、ええ?」
珍しくアリッサが二の句が継げなくなってしまったその時、花火が打ち上がった。
正確には、騒々しい若い男の歓声が外で上がったってだけだけど、丸裸の男達が子供のように露天風呂の塀を駆け上って来たのだから花火でいいだろう。
そして、そんな花火たちは、駆けあがった塀の上で飛び上がり、今日に限ってリリアナの音楽室に集まっている私達をみつけ、物凄い笑顔のまま塀から落ちた。
彼らが地面に落ちたすぐ後に、彼らによって痛めつけられた塀も彼等の方へと揺らいだ勢いで大きく倒れた。
私は彼等の怪我した今ではなく、塀の上でアルバートルと大笑いしていたカイユーの笑顔にこそ切なくなっていた。
最近の彼はあんな笑顔を私に見せてはいない。




