三枚のお札
「何よ、あなたたち。私達は恐れ多いダグドの娘よ。黒竜の呪いを受けたくなければ、さっさとそこを退くのね。」
馬車の上から、それも御者台に立ち上がって男達に指を突きつけて命令するアリッサの勇ましさに私は拍手喝采だが、アリッサの左隣で私の右隣、つまり真ん中で馬を御していたエレノーラがうーんと唸った。
男達を怒らせないようにお金でも渡そうと考えていたのだろうか。
「さぁ、エレ姐。こいつらを轢いてもいいから馬車を出して!」
「うーん。それも良いのだけど。彼らは立っているだけでしょう。」
「そうね。今のところはただのでくの坊なだけよね。」
ちょっと、どうして強盗を怒らせるようなことを言うかな、と思ったが、そういえば立ち塞がっているだけで男達の誰も私達を脅してはいなかった。
彼らは立ち塞がってニヤニヤと厭らしく笑っているだけだ。
「笑ってないで、何か言いなさいよ。」
男達は声を出して下卑た笑い声を出し、彼らに注意を引かれている私達は、そういえば横ががら空きだったと数秒後に思い知らされた。
男二人がそれぞれ左と右から飛び出して、私達を御者台から引き摺り降ろそうと試みたのである。
「きゃあ!」
私は当たり前のように恐怖に目を瞑って体を縮こませて叫び声をあげ、しかし、男達が私達を襲ってくることは無かった。
「え、どうして。」
ガタンと馬車は再び走り出し、馬車の振動に驚いて目を開けてみれば、私達に立ちふさがっていた男達も、私達に襲いかかろうとした男達も煙のように消えていたのだ。
「どうして。」
振り向いた私が目にしたものは、木々の枝に引っ掛かって脅えている男達の姿であった。
「どうして?」
「ダグド様の魔法よ。携帯魔法。お札一枚につき一つの魔法。凄いわよね。私も一度使ってみたいけれど、エレノーラにしか使えないの。」
「えぇ!」
私はアリッサの言葉にまじまじとエレノーラを見返し、しかし彼女は勝ち誇る顔ではなく恥ずかしそうな顔で俯いていた。
え、照れるようなこと?
「も、もしかして、私達には使えなくてエレ姐には使えるって、もしかして、エレ姐はダグド様と私達以上に親密な何かがあるの?」
「い、いやね、そんなことは無いわよ!」
もっと真っ赤になったエレノーラは抗議の声を上げたが、そこにすかさず切り込んだのは小悪魔のアリッサだ。
「声が上ずっているわよ。エレ姐。ノーラの言う通り、エレ姐はダグド様とキスとかエッチなことを抜け駆けしたの?」
「え、エッチって、そ、そんなことをするわけ無いでしょう!」
真っ赤になったエレノーラは、ぐいっと左手の指で胸元を引き下げた。
普通の白い下着が見えただけだ。
けれど、私よりも全てに詳しいアリッサが、あーと叫んだ。
「それ、ダグド様の下着!」
「え?」
エレノーラは真っ赤になりながら告白した。
ダグドの服を身に着けるとダグドの魔法が使えるようになる、という告白だ。
その日から私とアリッサがダグドの服を洗う機会を得るために、洗濯室当番を心待ちにするようになったのは言うまでもない。
洗濯室には服を勝手に洗濯して脱水迄するという凄い魔法機械があるのだ。
けれど、毎日洗濯当番だって構いやしないという心持だったのに、ダグドが下着を私達に頼むって事は一度もなかった。
エレノーラはどうやってダグドの下着を手に入れたのだろう。