アリッサという少女
ダグド領に隣接する形でディ・ガンヴェルという商業国家があり、その国のダグド領に隣接している部分にトレンバーチという名の都市がある。
ディ・ガンヴェルは首都エスメラルダを中心にして、魔法で防御された街道で都市間を繋いで五芒星のような形になっており、私が村にいた時も聞いた事がある程の巨大で有名な魔法商業国家だ。
その街の一つとはいえ、有名なディ・ガンヴェルの市に参加できるとはと、私は馬車の中でエレノーラに聞いて驚きの大声を上げたほどだ。
「えぇ!ディ・ガンヴェルがそんなに近くだったの?」
「ふふ。ダグド領が世界の中心ってだけよ。」
にやりと笑うエレノーラこそ、彼女の世界の中心をダグド一色に染めている。
彼女が領土でいつも一生懸命なのは、そこがダグドの住むところだから、という単純明快な原動力だけであろう。
私達はぽつぽつと領地やその近辺の事を荷馬車で語り合い、そして、そのうちに私の身の上話となったが、私はそこで口ごもってしまった。
私は本当の捨て子で、選ばれた生贄ではない、ということをアリッサやエレノーラ、それから他の生贄の娘達に知られたくないからである。
すると、口ごもった私を思いやってか,エレノーラが自分の事を話し出した。
彼女はリリアナと同じく家族を村人に殺されていた。
両親が亡くなって、内陸に嫁いだ叔母夫妻に呼ばれて引っ越したところで、そこで彼女は生贄として選ばれ、妹を助けようとした兄は村人によって枯れ井戸に落とされたのだという。
彼女が生贄になることを承諾し、生贄としてダグド領の門をくぐったその時、彼女の兄は枯れ井戸から助け出される約束だったらしいが、彼女は兄が生きていないだろうと言っていた。
「村からダグド領まで一週間かかったの。生きているわけが無いわ。」
「お辛いですね。」
「そうね。でもね、私は生きている。だったら、毎日毎日を楽しまなきゃ。それにね、私は兄を殺した村人を絶対に許さない。生きていれば復讐もできるし。」
「うわお、おっかない。」
アリッサが軽い口調で口を挟んだ。
「あなたはまだ八歳なのに。」
「ふふん。私は生まれた時から孤児よ。だから、価値が無いってみんなが言うからね、私を高ーく売ることにしたのよ。」
「はい?」
「ノーラ、この子はね、孤児院の資金の為に身を売ったのよ。凄いわよね。生贄に選ばれた名士の娘の代りを名乗るなんて。」
「ふふん。」
私は驚いたどころでは無かった。
この子は何て凄い子なんだ。
しかし、尊敬した私に向けて彼女は小憎たらしく鼻を鳴らし、それから、市に着いた後は私がぺしゃんこになるくらいの大活躍を見せた。
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。
何と彼女は自分の年齢と外見を大いに利用して客を油断させて引き込み、そして、反物の数よりも多くの客を反物を持つエレノーラの前に集めて注目させた上で、布の値を彼らに勝手に引き上げさせたのだ。
欲しいのならば、より高く値をつけろ、ということだ。
実際にダグドが織った布は薄くて柔らかく、その上、きらきらとした光沢までもあってつるつるして滑らかという、重さを金と同じぐらいに換算してもおかしくない程の不思議な魔法の布なのである。
私が驚いてる目の前で、アリッサによって反物は次々と金貨にとってかわった。
私達はその金で領地に必要な小麦などを購入する事が出来たのだが、その買い物にしても私は本当にここにいる必要があるの?というくらいに、二人は値切りや交渉と凄かったのである。
市で私にできた事は、出来る限り正確に素早くお金の計算をして、相手の誤魔化しをエレノーラやアリッサが見破れるように見える数字にする事だけだ。
でも、二人はそこを凄いと褒めてくれた。
簡単に人を褒めれる彼女達こそ素晴らしい心根だと、羨む自分こそ何だと思い知らされてしまったが。
ただし、帰り道は二人と私は打ち解けてもおり、凱旋と言っていいものだったからか、私達は意気揚々とお喋りに興じていた。
高く売り、出来る限り多くの必要品を買って帰れたのだ。
しかし、当り前だが子供二人と大人でない女性という三人は強盗には良い鴨でしかなかったようだ。
私達は数人の大柄な男達に囲まれたのである。