旅支度
九月になれば、標高の高いダグド領では厚手の生地による長袖の服を着込む事になるが、行き先が標高の低い外国であるならばと、薄手の生地によるワンピースを着込み、だが、ダグド領内を歩くには寒いと薄手のコートを羽織った。
ダグドの作ってくれたスーツは長袖でも夏向けの素材であるので、今回コートの下に着ているのはダークグリーンのロングワンピースである。
これは今回作って貰ったのではなく、昨年に秋服としてとダグドから全員に贈られたものだ。
ウエストを同布のリボンで後ろで縛るシンプルなデザインで、袖も肩部分がバルーンでありながら腕の部分は袖口まで細身という普通のデザインだ。
しかし、スカート部分の布をたっぷりと取っているのに重く感じない流れるラインというとても美しいドレスともいえる。
いつも思うが、ダグドはどうしてここまで女性服に造詣が深いのであろう。
ちなみに、全員が同じデザインだが、赤茶色と緑色と黒色の三種類のどれかを選択しろとのアンケートを事前にされてのこれ、だ。
全員が緑を選択してみたら、大好きだったチバのアトラクションを思い出すからと、エレノーラは黒にアリッサは赤茶色に変更されていた。
チバってどこなんだろう。
さて、私がこのようにお出掛け着を着用としているのは、私がエレノーラの秘書である、という一点に尽きる。
私がエレノーラの秘書であり彼女の代理であるとすれば、結婚式に頭を悩ませているエレノーラの仕事を私が完全に受け持つことは全く理に適っている。
また、十月一日のダグドの結婚式にダグドの親友であるアスランが贈り物をしたいと望むのは当たり前であり、アスランの言う通りのコポポル国の絨毯を私が手に入れることもやぶさかではない。
が、やはり絨毯をアスラン自身が選んだ方が良いだろうという事で、私が彼に同行するという形を取ることにしたのである。
この領地は人に見捨てられて未来が無くなった人々が集う所だ。
しかしながらアスランは誰にも見捨てられてはおらず、通常だったら客人として招くことは出来るが領民にはなれない人間だ。
しかし、彼が命を助け、そのことにより一生を共にしなければならなくなった若夫婦には未来が無い。
彼らの帰る国が滅んだこともあるが、妻のデズデモーナは拷問を受けた後遺症なのか絨毯を織る才能が消え、夫であるデレクは妻を助けるためにダグド領へ亡命をしてしまったがゆえに、元の就職先だった通商云たらからは脱走兵扱いだ。さらに、この世界の人間社会の基盤ともいえる教会からは、ダグドに与する人類の裏切り者扱いだ。
よって、彼等はここにいる。
そしてデズデモーナは広場のレストランで働き、デレクは働きに行った妻の為に家事をし、アスランの相手をし、そして時々アルバートルの隊の訓練に参加させられてもいるのだ。
通商云たらを裏切るまではそこで信任厚い銃騎士だった彼は、二十五歳という若さながら剣士としてはかなりの腕前なのだという。
カイユーは銃騎士としてのデレクはひよっこのひよっこだと笑うが、デレクが妻を見守るためだけにサーチアイというスキルがある銃騎士になったと聞くに、そこまで愛されているデズデモーナを羨ましいとさえ思う。
彼女は自分を見守る男と今やハッピーエンドでは無いか、と。
そんなデレクは、アスランに同行する私の手を握り、水色の綺麗な瞳で私を見つめながら私に何度も感謝の言葉を述べている。
そして、彼の後ろのデズデモーナ、デレクよりも五つ年上の金髪に青い瞳の美女は、物凄く晴れ晴れとした顔つきで私に父を頼みますと頭を下げた。
久々の夫婦水入らずになるからだろうと、私は彼等に笑顔を向けながら心の中で少々彼等に悪態もついていた。
悪態ぐらい良いじゃないか。
私はカイユーとそんな水入らずな事は一生できないのだから。
「おここー。永の別れじゃ無いんぎゃ。直ぐ帰って来るぞよ。デレクもデズデモーナもコポポルで欲しいものは無いぎゃな。蜂蜜漬けの桃はどうぎゃ?」
白髪頭の丸っこい頭をした小柄な皺くちゃな老人は、カッカッカと気さくに笑い声をあげ、彼の息子と娘に手を軽く振った。
「そんな。アスラン様が無事に帰って来ることが一番のお土産です。」
デレクもデズデモーナも目元に涙を浮かべ、本気で義父となった男の旅路への心配をしているようだった。
数十秒前に勝手に邪推した私を殴りつけたくなるくらいだ。
みんなに責められる通り、私は自分の性格を見直すべきなのかもしれない。
「じゃあ、僕にはちみつ漬けのモモを下さい!」
シロロの可愛い声にアスランに振り向くと、シロロがアスランの生成りの旅用のローブにしがみついていた。
アールも着ていたコポポルの男性用民族衣装の長い上着だ。
そしてシロロはいつものダグドが作ってくれた砂漠の国の民族衣装に似ているシャツワンピースではなく、真っ白なレースの襟のついた紺色のビロードのシャツにベージュ色のバルーンのような形のショートパンツ姿だった。
母になると決意したエレノーラによって、いや、ドレスのデザインが行き詰った彼女の逃避行動なのかもしれない。
ドレスを製作するためにと、レース織機やミシンというものを彼女はダグドから与えられたが、彼女はそれを使って毎日のように人形のような服を作り上げ、作り上げた服をシロロに着せて遊んでいるのである。
ドレスの為にそこまでするならダグドこそエレノーラに素晴らしいドレスを作ってあげれば良いと思うのだが、花婿が花嫁のドレスを結婚式前に知ったら不幸な結婚になるというジンクスを彼は大切にしているらしい。
エレノーラを羨ましいと思いながらも、ダグドが面倒臭くてエレノーラが可哀想と思ってしまうのは、やはり私が歪んだ性格だからなのだろうか。
「おここー。めんこいだぎゃな。おここー。」
アスランはダグド服の時よりも可愛らしくなっているシロロの頭を、いかにも祖父のようなしぐさで無造作にわしゃわしゃと撫でた。
あぁ、私も今すぐ可愛いシロロを抱きしめたい。
「おここー。よいよし、よいぞよ。魔王殿には桃じゃな。魔王殿はしろーいももと黄色のもも、どっちが好きだぎゃなぁ?」
シロロはうーんと考え、そして、私にどっちがいいのか尋ねようと私を見上げ、だが、彼はそこでぴゅうっと逃げた。
「え、どうしたの?シロロちゃん?待ってシロちゃん!」
シロロに声を掛けながらも、あんなにも懐いていた彼が私から逃げるようになったのは、あの呪いのワンピース事件からだったと自分の所業を再び責めた。




