馬はとっても賢い
「じゃあ、どの子を呼ぼうか?」
作った事は知っていたが、どこまでも広い放牧場に私は驚いていた。
やりすぎでしょう、と。
閉じ込められた馬が可哀想だ、で、元々あった見張り台に付随していた厩舎に付随させるような形で、ダグドは城壁の一部を広げてまでも馬が走り回れる牧場を作ってしまったようなのだ。
いや、馬だけでは無い。
ダグドへの生贄で捨てられたという、メリーという名の真っ黒な牝牛、もはや乳も出なくなった老牛だが、彼女も幸せそうに草を食んでいた。
ダグドは他の生贄だった牛は食べたが、メリーだけは食べない、というか、屠殺禁止だ。
他の牛とどう違うのか不思議で彼になぜなのか尋ねたことがあるが、名前を付けちゃったから、とその時の彼は答えた。
「名前を付けちゃったら、それはペットだよ。殺せなくなる。肉牛を大事に育てる農家さんが牛に名前を絶対つけないのは、そういう事なんだよ。俺は彼女の肉だけは食べれない。」
実は黒い鶏もアヒルも彼が名前を付けちゃったものはいたが、それらの肉は普通に彼は食べた。
ヒヨコから育てた鶏を祖父によって鍋にされた記憶があるらしく、鳥関係に関しては仕方が無いと受け入れているようだ。
すごいな。
竜にも祖父っていたんだ。
何千年前の話なんだろう。
さて、ダグドに守られているメリーは守られているだけあって、ダグドの姿に気が付くとぶもおぅと鳴き、どすどすと地面を響かせながらダグドが立つ柵へと駆け寄ってきた。
「まぁ、凄い。メリーはダグド様が大好きなのね。」
「ははは。これじゃあ食べれないだろ。よしよし、メリー。これからお馬さんを呼ぶからね、蹴られないように気を付けるんだよ。」
メリーはわかったという風にぶもぅと鳴くと、ダグドの立つ柵近辺の草をハムハムと食み始めた。
「すごおぃ。メリーはダグド様の言うことが何でもわかるのね。」
「生き物はね、可愛がれば応えてくれるんだよ。」
私は私達の後ろに立っている大きな壁達が、俺達も可愛がって欲しい的な事を別々の思い思いの表現でぶつくさ言っているのが聞こえた。
彼らって意外と際限が無いのだろうか。
あれだけ色々とダグド様から貰って可愛がられているのに!
ダグドも彼らに一言いいたかったのか、ぐるっと彼らに振り返った。
「で、どの子を呼べばいいの?俺が決めていいのか?」
あ、そういえばここに来た目的が、お馬さんを呼ぼう会だった。
「うん、それじゃあ!」
カイユーがうきうきした声を出したが、一番下っ端の彼はすぐに年長の男に引っ張られて彼らの後ろにやられた。
フェールの方が幼く見えるが、フェールの方がカイユーよりも一つだけ年上なのである。
当り前だが頭領が偉そうなオーラを纏って、カイユーが下げられてできた空間、そのダグドの真ん前と言えるステージ位置に出て来た。
「では俺のジューンと言いたいところですが、エランのジェロニモをお願いします。持ち主がここにいないですからね。俺のジューンが俺目当てに来たら、証明にはならないでしょう。」
ふふっとダグドは笑うと、物凄い勢いで柵をぐるりと半周し、そこで、なんと、ジューンを呼んだ。
すると、遠くにあった真っ白い点が動き出し、それがぐんぐん大きくなって、嬉しそうにダグドに駆け寄って行ったのだ。
ダグドはジューンをよしよしと可愛がると、戻っていいよと馬に言った。
馬は二度三度地面を前脚でほじると、再び駆け出して、先程迄いた場所へと戻っていった。
ダグドはアルバートルの馬の従順さに満足な表情を見せると、意地悪そうな笑顔を顔に貼り付けたままぶらぶらと私達の方へと戻って来た。
なんてうっとりするぐらいに意地悪な破壊竜なんだろう。
「じゃあ、エランのジェロニモを呼んでみようか!」
目の前で自分の愛馬の裏切りを見せつけられた面目丸つぶれな頭領は、苦虫を噛み潰した顔だ。
歯噛みした音だって聞こえそうだ。
「鞍もですよ!エランでさえ手こずるジェロニモに鞍もつけてくださいね。」
それに対して、ダグドはいいよと、鬼の首を取ったような笑顔で答えた。
「さて、ジェロニモさんは、と。あれ、いない。」
「ダグド様はって、本当だ、いない。」
アルバートルは何でも見通せる目を持っているそうだ。
彼はダグドの隣に立ち、彼と同じようにしてエランの馬を探しはじめた。
「あれ、どこに行った?」
私はそれよりも今までに不思議だったことを二人に尋ねていた。
「エランはどこに行ったの?具合でも悪くて寝ているの?」
彼らは顔を見合わせ、そして馬を探す仕事に戻った。
「ちょっと。」
「ねぇさん。エランは買い物ですよ。シロロ様のお買い物の付き合いです。トレンバーチへ出かけています。」
こそっとフェールが私に耳打ちしてきた。
「あら、あなた方が壊したトレンバーチに二人だけで?危なく無いの?」
「そう。俺だって行きたかったけどさ。団長が駄目だって。」
カイユーは子供のような声を出した。
私はなぜかと私に背を向けた大男二人を見返すと、彼らはそろそろ会議室に戻るかと、ここに来た目的を放り投げ始めたのである。
「鞍はいいの?」
二人は仲良く私に振り返ると、問題は解決したとハモった。
「解決したの?」
「したさ。エランは馬で行ったようだ。俺は馬がちゃんと使われていると知って満足だし、」
アルバートルはダグドの後を嬉しそうに継いだ。
「俺達はダグド様の誤解が解けて大満足だ。さぁ、業務に戻るぞ!急げ!」
彼らは仲良く見張り台へと駆け出し、イヴォアールもティターヌも、そして、フェールまでも彼等の後ろ姿に追いつけ追い越さんと走り出した。
「え、どうしたの?」
「たぶん、問題発生でしょう。ノーラは戻りな。」
「私は知る必要が無い事?」
私の横に立っていたカイユーは私に振り返ると、ニヤッと笑った。
「違う。エレノーラさんに知られたくないっていう、団長とダグド様の小ささってだけ。多分、シロロ様が大騒ぎしている事に気が付いたんだと思う。」
「あら、シロロちゃんは何をしているの?」
「コカトリス。」
「え?」
「コカトリスの卵を買いに行ったの。殻が青いだけなんだけど、コカトリスの卵なんだって客を騙して高く売るってやつ。普通の卵の十倍の値段はするたっかい卵。シロロちゃんは青い卵が食べたいってね、それでトレンバーチ。」
「聞いた事が無い。トレンバーチに売っていたの?うそ。何度も行っているのに、私はそんなお店があるって知らなかった。」
「うん。怪しいお店だったからね。ほら、ノーラ達がトレンバーチに誘拐された時、俺とエランが君達が捕らわれている部屋を探して街の中を探索したでしょう。だからね、あそこの町はノーラ達以上に良く知っているよ。」
「そっか。で、シロちゃんはそこで暴れちゃったのね。」
「多分。じゃあ、俺も戻るから。」
「気を付けて。」
カイユーは嬉しそうに私に敬礼をすると、仲間達が詰める会議室へと駆け出していった。
あの怖かった数日間、怪我はしたけれど無事に終わったのはカイユーが見守ってくれていたからだったのだと、私は彼の後ろ姿を見送っていた。




