さあ、帰るぞ!
その後、コポポル滞在は楽しいまま終わり、アールは私にまた来るように、あるいは、ダグドに歓待されなくても自分を呼び寄せてくれと言い募り、私は彼の言葉に笑い、そして喜んで、何度も何度も頷いていた。
「私は君が傍にいるこの三日間がとても幸せでした。だから、君が去るこれからが怖くてしょうがない。」
「もう。アールったら。私も楽しかったわ。ここが素敵なのは、あなたのような王様がいるからね。」
「そうですよ。私がいるからです。そして私はあなたがいないと私でいられないかもしれませんよ。」
「アールったら。」
私に微笑んでくれたアールは、私に向けた眼差しに私への羨望も混じっているようで、私はそれだけで胸がいっぱいになってしまった。
「本当にありがとう。私はあなたがお友達になってくれたことこそ、今までで最良の出来事だと思うわ。」
「次は恋人になってくれたことこそと、私はあなたに言わせたいですね。愛しい人、どうぞ旅路を気を付けて。」
「三十分でダグド領です。そこはご心配なく、コポポル王さま。滞在中は本当にいろいろとありがとうございました。俺もまた来ていいですか、てか、来ます。あのモフモフという俺の恋人に会いに来ます。」
実は手を繋ぎ合う私とアールは飛行機の乗降口でずっとごちゃごちゃと同じようなことを言い合っており、痺れを切らしたらしいカイユーの出現で出発の時間を既に十分以上も延ばしていた事に気が付いた。
間に入って来たカイユーにアールはあからさまな「邪魔もの」という視線を投げ、だが、王であり大人の男性であるという自負からか、慇懃な笑顔でカイユーに友好的な口調で言い返していた。
「残念。あれは雄で、私の飼い猫です。あぁ、残念だ。マヌルネコを気に入った君に子猫のプレゼントも考えていたのに。そうかぁ、君は私の飼い猫こそ欲しかったのかあ。いやぁ、残念だ。」
「あら、あなたってそんな意地悪な側面も持っていたのね。」
「あなたには絶対に出さない面ですから大丈夫ですよ。」
「いや、ノーラは意地悪だから意外と喜ぶかもですよ。」
私はカイユーの脛を蹴り、そして、アールに微笑むと、ではまた会いましょうと言い切った。
カイユーの出現によって、飛行機内にはシェーラとアリッサという怖い年下がいるという事も思い出したからだ。
絶対に後でぐちぐち言われるだろう。
アールは察したのか、私の代り身に気を悪くするどころか吹き出した。
「何時でも来てください。私はあなたの為にダグドの旗を立てておきます。」
「まぁ!」
ダグドの考案した魔法で旗魔法というものがあり、それは、旗を立てた場所にその旗の領民がホームタウンの魔法で移動できるというものだ。
彼は自分の領土に私の為だけに他国の旗を立てるというのか。
「アール。」
「いつでも、待ってますよ。私の寝室で。」
私はアールの脛も蹴っていた。
彼は本気で物凄く嬉しそうに大笑いし、そのまま飛行機の搭乗口から下がった。
私の乗る飛行機はそれを合図に移動し始め、そしてしばらくの後にコポポルの大地から飛行機は飛び上がった。
どんどんと小さくなっていくアールは、いつまでも私に大きく手を振って見送ってくれていた。
私は今回は操縦席の後ろのベンチに座り、小さな窓に貼り付くようにして外を眺め、彼の姿が見えなくなるまで、いえ、見えなくなった後も、ずっと、コポポルの大地を見つめていた。
「うわ、完全に誑し込まれている。目の中にハート形がみえるなんて、やばいよ、姐さん。」
カイユーが狭いベンチの真横に座り込んで来た。
「うっさい。こんなこと一生に一度あるかないかなんだから、ちょっと夢見る乙女に浸らせて頂戴よ。」
「口説かれを体験したいんならさ、団長に頼もうか。あれは凄いよ。堕ちない女はいないってぐらい。」
「――アルバートルさんに本気で落ちていいの?」
カイユーは私の隣からすごすごと引き上げて、後部の壁側のベンチ、今回はアリッサとフェールが座っているベンチにと戻っていった。
「俺がって、口説くぐらい男を見せなさいよ。」
「何を団長頼みかな。だっさ。」
アリッサとフェールに馬鹿にされた彼は不貞腐れた顔になり、ベンチに座るどころかカイユーは床に座り込むやごろりと転がった。
「もう、カイユーったら。子供ね。」
「鈍感で残酷なだけのあなたよりも大人よ。」
私は向かいに座るシェーラを見返し、私の視線を受けた彼女はふんと鼻を鳴らして顎を上げた。
「どういう意味かな。まぁ、鈍感なのは事実だけど。残酷については心当たりが無いわ。いいえ、あなたの言う通りに気が付いて無いだけだと思う。だから、教えて欲しいの。誰かを傷つけていたのなら、私は――。」
「どこまでも良い子ね、あなた。自分が傷つけられたくないから、いい子ぶるって奴でしょう。あなたは良い子。だから、誰もあなたを批判してはいけない。」
私はぷっつーんと頭のどこかが切れたかもしれない。
でも、そう、シェーラの言う通り、私は良い子ぶって生きてきた。
特別でない取柄も無い子供が可愛がられるには、良い子である事が必要条件ではないか。
私はシェーラの目を、彼女が逸らせない位に真っ直ぐに見つめると――。
「ノーラは誰も傷つけていないし、傷つけられる奴がいたってね、そいつは姐さんの鈍感さが好きなんだから平気なんだよ。いわゆるマゾって奴。プレイだね、プレイ。だから、優しい君がそんな馬鹿な奴の為に怒んなくて良いんだよ。」
カイユーは飛行機の床に胡坐をかいており、そして、にこにことシェーラに対して微笑んでいた。
シェーラはカイユーの笑顔を受け止めると、真っ赤になり、なんと、私にごめんなさいと謝ってきたのである。
私こそごめんなさいだ。
私はもう少しでシェーラを傷つけるような言葉を言ってしまいそうだったのだ。
貴方は努力もせずに僻みばかりね、なんて、頭に来たからと人に投げつけるにはひどい言葉だ。
「ありがとう、カイユー。そして、気付かせてくれてありがとう、シェーラ。私は本気で性悪な女だって今わかった。反省して自分を見直してみる。」
「今更?」
どうしてアリッサがそう返してくるのであろう。




