謝罪
ふわふわとした足取りで王宮に戻ると、朝食の時に私を完全に無視してはしゃいでいた男が、今や電池が切れたかのように落ち込んでいた。
頭を下げて背中を向けた格好で、王宮の中庭の隅にある石で出来たベンチに座っているのである。
彼のその姿によって、私は昨夜から今この時にかけての罪悪感に押しつぶされ、これは何とかしないと、と、彼の背中へとそろそろと近づいて行った。
「あの、カイユー。昨夜はごめんなさい。私の言う特別って、ダグド様との特別って事。私は今でも、うん、情けないけど、ダグド様の子供でいたいと思うし、モニークやエレノーラみたいに特別の子になりたいってひがんじゃっているの。ごめん、あなたに当たってしまって。あなたの言葉は素敵だった。でも、昨夜の私は、十二歳の子供みたいになっていたの。」
カイユーの背中はピクリとも動かず、それどころか、彼は私に振り返りもしなかった。
言葉も返してくれないとは。
私はそんなにも彼を傷つけてしまったのか。
私は彼から一歩下がり、だが、太いだみ声に足を止めた。
「なあ。」
だみ声だが、一応猫っぽい鳴き声だ。
私はカイユーが落ち込んでいるという事も忘れて、彼の正面へと回り込んだ。
「あんたは、何をやっているの。」
右頬と両手の甲にしっかりとひっかき傷を作った男は、茶色の縞模様の丸い毛玉にしか見えないモフモフを両腕でしっかりと抱きしめていたのである。
彼は不貞腐れた子供のような表情で顔を上げ、俺は癒されているんだと、偉そうに言い返して来た。
私は彼の腕の中のモフモフを見下ろすと、それは、左右で瞳孔の大きさが違うようなぎょろ目で睨み返してきて、顔を歪めてなーおと鳴いた。
「ものすっごく嫌そうな顔しているじゃ無いの。そのモフモフさんは。放してあげなさいよ。可哀想に。」
「こういう顔なの。こんな不細工顔で手足も短いのが標準装備なの。そんで、こういう顔で小さな真っ白なふわふわさんがいっぱいいて、でも、俺には金が無いから一匹も身請けしてあげられなかったんだ。俺は誰も助けられない路傍の石でしか無いんだよ。」
私は彼の頭を叩いていた。
そんなに痛くないというか、半分、ぽんっという感じだ。
ところがカイユーはわざとらしく痛がり、モフモフを抱いたまま石のベンチにごろりと横になった。
「なーう。」
モフモフは彼の腕の中でもがき、本気で嫌そうな顔をしている。
「放してあげなよ。」
「いやだ。庭に落ちていたんだからこいつは俺のものだ。」
「いや。王宮の庭にいたんなら、単なる放し飼いの王宮のモフモフさんでしょう。もう、あなたは何をやっているのよ。」
「可哀想な俺を一人で慰めている。」
「もう、あなたは。」
私は彼の頭を撫でていた。
さらっとした髪は陽の光を浴びて琥珀色に輝いて、彼の整った顔を際立たせ、いや、不貞腐れた顔で全部台無しだ。
でも、そこがカイユーらしいと思ってしまった。
「本当にごめんなさいね。でも、私も昨日の自分がわからない。あんな風に誰かに感情的に当たった事も初めてで、本当に自分が情けない。」
ぴょんっとモフモフがカイユーの腕から飛び出して、私はカイユーから目が離れてしまった。
そして、再び彼を見返せば、彼は私に背を向けていた。
「許してくれなくてもいいよ。それだけあなたを傷つけたってことだもの。」
「ばか。俺がノーラを許さないときなんかないよ。」
「カイユー?」
「もう、おっかなくてさ。」
私は彼の背中を軽く叩いていた。
「もう、あなたは。でも、ありがとう。」
彼が許してくれたことが、なんだか、今日一日で一番うれしい出来事だったかもしれない。




