コポポル国にて
飛行機で三十分もかからずにコポポル国に着いて見れば、なんてこと、アールは国賓を出迎える出で立ちで私達を出迎えたのだ。
いつもの生成りではなく、絨毯と同じ文様を編みこまれたテープで縁取りされたローブとベールを被ったアールは誰が見ても王様でしかなく、そんな彼は真っ赤な無地の絨毯を私が歩くだろう場所に敷いて出迎えているのだ。
あのダグド領でのそっけない出迎えを思い出し、私は本気でアールにすまないと心の底から思ってしまった。
一応私達はこの日の為に急いで製作されたワンピースをそれぞれ着込んでいたので、そこだけはアールに対して礼儀を尽くせたとホッとできた。
カイユー達は黒竜騎士としての真っ黒く、そして肩章に真っ赤な紐で作った飾りをつけているという真っ黒でも派手派手しい軍服姿だ。
それにしても、私はダグドの服への造詣にはいつも驚かされる。
今回作られたワンピースはハイウェストデザインの長袖のロング丈のものだったが、裾がほんの少しバルーンのようにもなっているのだ。
女性の肌や体の線を出してはいけない国向けの服でありながら、手足が長く華奢に見えるという不思議な服なのである。
私はドレスと言ってもよいこのドレスを着せられて、まるでお姫様の様だと鏡の前でくるっと回って見せたほどだ。
無論、同じデザインのシェールとアリッサも同じだった。
そして、今回は、全員が青みがかったグレー一色である。
と、二人を見回すと、シェーラは当たり前に私と同じに着ているだけだが、アリッサはなんと、胸元に手製のピンクのリボンのブローチを飾っていた。
さすが。
「あぁ、なんて素晴らしい眺めなんだ。ありがとう、ノーラ。美しい貴方に再会できる日を指折り数えて待っていました。待ち遠しかった、愛しい人よ。」
私は彼の差し出した手に右手を置いたまま固まってしまった。
なんて誑しな台詞を恥ずかしげもなく言えるのだろう。
「え、えと。」
「お誘いありがとうございます。コポポル王様。聞いていた通りに素晴らしい方で、そして、こんな温かい出迎えをしてくださるなんて、わたくしは夢のようですわ。姉のノーラが左側なら、わたくしは右側のあなたの腕にぶら下ってもいいかしら。こんな素敵な方と歩けるなんて、私は夢のようだわ。」
凄い。
ありがとう、アリッサよ。
そして、アールは初めて見ただろうアリッサの美しさに茫然として、その形の良い口を間抜け風に開けてしまっていた。
あんなにも饒舌な男を黙らせるなんて、アリッサは本当に恐ろしい女だ。
そして、物事は常にアリッサの思惑通りに進むのであり、アールはなんだかタヌキに化かされたような顔で私とアリッサを両腕にぶら下げて王宮の中へと私達を誘った。
ちなみに、タヌキという生き物を私は知らないが、ダグドがよく使う表現であり、タヌキは人間に変装して人を騙すとってもかわいい動物なのだそうだ。
だったら、シロロに化かされたと言えばとダグドに言ったら、そう、そんな感じの表現なんだと、俺は実体験中なんだと、子育ての愚痴を聞く羽目になったと思い出した。
その時は適当に面倒臭くなって、私は一般論で逃げようとした。
「男の子はやんちゃなものです。私達は女の子だったから、なおさらにシロロちゃんがやんちゃに思えるのじゃないかしら。」
「いや。君達は化かさないけど、俺の心臓を何度も止めたね。絶対にしないでね、って言ってる先からするものね。俺は君達が大きくなるまで昼寝も出来ない有様だったよ。」
ダグドの私達への愚痴も思い出されたので、私は現実に意識を戻した。
王宮と言っても石造りの平屋建ての大きくて簡単な造りのものであったが、暖を取るためかそこかしこに名品の絨毯が敷かれ飾られ、モチーフの動物や植物たちが色とりどりに囁くようで、とても温かな素晴らしい空間となっている。
「きれいね。絨毯で描かれた模様が物語の絵巻の様だわ。」
「ありがとう。あなたが選んだあの絨毯は、私も大のお気に入りの絵柄でした。エレノーラ様からあれを選んだのがあなただと聞いて、絶対にあなたに会うのだと心に決めていたのですよ。」
「まあ。」
「ノーラは春の女神だから小花と小鳥に惹かれるのよ。」
私はアリッサの物言いに驚いた。
驚いて彼女を見返したが、アールもとても興味深そうな顔つきでアリッサを見下ろしているのだ。
誰よりも美しいだけでなく、他の女性を褒めることができる彼女の言葉に驚いたのだろう。
そして、注目を浴びた美しき女王様は、それはもう誰もがとろけるであろう最高の笑顔を披露すると、アールに駄目押しをしたのである。
「アール様もそうお思いでしょう。ノーラは春の木漏れ日のようだって。」
「確かに。では君は夏の女神様かな。」
「いいえ。わたくしはただの春のコマドリよ。」
「いいや、孔雀の女王様だよ。」
「あら、孔雀の雌はじみーな鳥よ。」
それからアリッサとアールの掛け合いが始まり、私は純粋にアリッサ凄いと尊敬してしまっていた。
アールに褒められるの嬉しいが、それが延々と続くのは少し居心地が悪くなっていたのもある。
恋のさや当てなんて、本当に恋をしていなければ疲れるものなのね。




