黒竜様
信じがたいが、彼こそが黒龍ダグド様本人であった。
「困ったよねぇ。近隣の人はここに色々なものを捨てるんだよ。黒い鶏や黒い山羊や羊、それから黒に近い牛もだね。黒い生き物だったら黒猫こそと思うのだけど、猫が捨てられた事は無いね。あぁ、犬も無い。それから、君みたいな訳アリの幼い少女。何か意味があるのかな?」
それは全部あなたへの生贄です、と生贄の自分は言えなかった。
彼にとっては全部いらないゴミ同然だったらしい、という事実の方がずんと胸の重しとなったからでもある。
「お腹は空いている?」
「いえ、あの。」
こんなに優しい人にとっても私は邪魔なゴミなのだと気が付いたら、両親だと思っていた叔父夫婦の無情さに涙も出なかった私なのに、涙が次から次へと零れてきてしまった。
「うわぁ。大丈夫。あぁ、足が痛いんだ。」
「きゃあ。」
私は宙に浮いていた。
ダグドが私を抱き上げたのだ。
それも、実の父親が幼い子供を抱き上げるしぐさでだ。
「足が痛いなら言いなさいよ。面倒だから瞬間移動をするよ。しっかりと捕まっていて。」
ひしっと彼に抱きつくと、ブランコに乗ったようにぐらっとして、気が付けば私は大きなお城を背にした大きな屋敷を目にしていた。
「あの、ここは?」
「うん?怖いけれど頼りがいのある女の子が住んでいるお家。」
え、あなたが怖いの?
彼が答えた言葉に連動したかのように、屋敷の扉がぎいっと開いた。
ドアを開けて現れたのは、見たことも無い位に美しい少女だった。
太陽の輝きを持つ金髪を無造作に一つ髷にして左肩に垂らし、空よりも青い瞳をしている十代の少女であるが、私よりは年上の十六、七ぐらいであろうか。
そして、私が思わずため息を吐いたくらいに美しい彼女は、美しいと評判の妹など美しくも無く、金髪と青い目と言っていいのはこのぐらい輝いていなければいけないと言っているほどに、神々しいとまでいえる造形なのである。
しかし、美しい彼女は意外とそっけなかった。
「ダグド様。お帰りなさいませ。蝶番がギシギシ言うの、何とかなりません?」
「わかった。エレノーラ。あとで油をさしておくよ。それよりもね、あの、君にお願いが。」
うわぁ、黒竜様が言い淀んでいる。
私は破壊竜ダグド様よりも偉いらしい少女を見返し、彼女が私を値踏み、違う、本当の姉のような眼差しで私を見つめていたことを知った。
「あなた、お名前は?」
「あ、ノーラです。あの、姓は。」
「それは言わなくていい。ここに来たら全員ダグド様のものなの。」
エレノーラの言葉にたじろいだのは私ではなくダグド様だった。
「俺のもももも。」
彼は真っ赤になって、ももももと、恐らく、俺のものって何!と言い返したいのだろうが、もももとまだ口ごもっている。
エレノーラがダグドに片眉を上げてみせると、彼は観念したようにはぁっと大きく息を吐き、それから少々威厳を取り戻したような顔つきを作った。
「えぇと、エレノーラ。見てわかると思うけれど、彼女は怪我をしているんだ。まず、手当をしてあげないと。あ、お腹は空いていないかな。」
私はそっと、それは優しい手つきでダグドに下に降ろされた。
こんな死にもしない怪我の手当よりも彼の腕の中にいたかったと考えた自分にぞっとしながら、あの両親の微笑みが嘘笑いだったと分かる、本気で私を心配しているダグドの顔つきに私は胸に何かが詰まったようだった。
「あ、あの。」
言葉が出てこないのだ。
そんな私に助け舟を出してくれたのが、ダグドよりも偉いらしい美女である。
彼女も竜なのだろうか。
それとも、耳の形は人間でしかないが、こんなにも美しいのだもの、彼女は妖精かあやかしの類なのだろうか。
彼女は気さくそうにフフッと私に笑いかけた。
羨ましいや妬みなど私の中で一瞬で消えてしまった程の素敵な笑顔。
彼女は私に手を差し出した。
「今更かもしれませんが、わたくしはエレノーラと申します。四年前にここに捨てられたあなたの先輩ね。さぁ、いらして。けがの手当てをしましょう。」
あなたも生贄だったのですか!