モニークと一緒が良かった
「どうして私が行かなきゃかな。私は野菜工場という責任があるというのに。」
「あら、はっきりお言いなさいな。ダグド領に戻って来れなくなったら怖いんですぅって。」
シェーラはアリッサを睨みつけ、アリッサはシェーラを鼻で笑った。
ピンクブロンドにヘイゼルの瞳のアリッサが人を見下す態度を取ると、それはもう嵌るどころか女王様の風格まであると錯覚するほどだ。
それに対し、黒髪に黒い瞳のシェーラも負けていない。
私達とは違う骨格をした彼女は、頬骨も高く、孤高の女戦士、それも美女の、という風で、彼女のひと睨みで全てが氷に閉ざされるという程だ。
背中がぞわっと冷たくなるはずが、私の左横がべたっと温かいものに覆われた。
「こわいよう。ねぇさん。俺を守って。」
「あんたはぜんぜん相手にもされていないでしょうが。」
カイユーを振り払うと、彼はわざとらしい素振りで床に倒れた。
「姐さんひどーい。」
「もう、ふざけすぎよ。」
そして大きく溜息を吐いた。
ここにアールがいなくて良かったと。
アールは私がコポポルに行くと答えるや準備をしますとその日のうちに自国に戻り、私達の出発は彼が発ったその三日後となったのである。
「いやぁ、でも、仲が悪かったんですね。皆様方。」
シェーラと同じぐらいに真っ黒な髪色で、シェーラと同じような骨格だがシェーラよりも尖った部分が少ない男、つまり、ダグドが時々少年のような姿を取る時もあるが、それによく似た可愛らしい顔立ちの男がやれやれと言う風にカイユーが転がって空いた私の横に座った。
飛行機には四人掛けのベンチシートが後部の壁にが一列と操縦席側の左右の壁に二人掛けのベンチシートが設置されている。
乗り込み口となる左右の開口部の幅と同じスペースは何もなく、それは、戦闘時に開口部を開けて大砲やらガトリングやらを撃つからであるそうだ。
目の前で冷戦を繰り広げていたアリッサとシェーラは、仲が悪い事が一目でわかるという、操縦席側の左右のベンチに一人ずつだ。
ちなみに、一番の年長者で見守り役のティターヌは操縦席から動けないので、よって、放流されているフェールとカイユーは小煩い五歳児状態なのだ。
彼らは始終私にねぇねぇと、いろいろ話しかけてくるのである。
なぜ私に、なのかは、私が四人掛けの真ん中に座っているからだろう。
私の左側にカイユーが座り、私の右側にはフェールがいたのだ。
さて、カイユーが床に転がった事で私の左側は空いたのだが、フェールがわざわざ私の左側に座り直して来た意味がわからない。
そういえば、アールもダグド領に来るときに座ったのは私の左側だった。
何かあるのか?左側。
「ねぇ、フェール、真面目にしみじみと言わないでくれる?私はあの二人とこれから三日間ずっと一緒なのよ。」
「俺もカイユーといつも一緒なんですから、いいじゃ無いですか、それぐらい。美人と一緒だったら、これは役得ですよ。」
「私も女なんだけどね。フェールよ。」
「じゃあさ、俺の部屋においでよ。」
床に座ったカイユーが子供のように言い放ったので、私はとっても意地悪なお姉さんとなって彼に返した。
「あなたは私達の部屋の前の廊下じゃ無かったかしら。」
「ひどい!じゃあ、姐さんのベッドに入れてよ!」
私はカイユーを蹴とばしていた。
彼はゴロゴロと転がり、あ、アリッサの足元にまで行ってしまった
。
「あら、あなたは何をなさっているの?」
「吹っ飛ばされました。俺を優しく介抱してくれる美女を待っています。」
私はアリッサに大声を上げていた。
「その間抜けに急所潰しをしてやって!」
カイユーはきゃあと叫んで私のベンチの方へと逃げてきて、アリッサの見事な踵落としの音が船内に響いた。
「すごい。いい脚だ。」
フェールのため息交じりの声に、こちらもため息をつきながらシェーラを見返したが、シェーラはフンという風に顔を背けただけだった。
あぁ、気の置けないモニークと一緒だったなら。
あの子は誰とも仲良くしていけ、そうだっけ?
私は初めて気が付いてしまった。
彼女は私と仲が良くて色々と喋ってくれるから他もそうかと勘違いしていただけで、彼女は慣れない相手にはとっても内向的だ。
誰とも同じぐらいの距離感に私相手の気さくさな彼女のイメージが重なって、私は彼女が誰とも同じぐらいの付き合いが出来ると思い込んでいたのだ。
そんな彼女への間違ったイメージを私が作り上げたのは、彼女がイヴォアールと一緒の時に私と一緒の時のように生き生きとするからでもある。
「うわぉ、凄い、イヴォアールって。」
「ちょっと姐さん。どうして、なんで、ここで突然にイヴォアール?」
「だって、引っ込み思案のモニークどころか、彼は私達の誰とも気さくに話せる人だなって気が付いたから。人心掌握術を持っているなんて、さすが副官って感じねって。」
カイユーは自分の上官が褒められて喜ぶどころか唇を尖らせた。
「でもさ、姐さん。イヴォの旦那はモニークちゃん一筋ですよ。」
モニークに横恋慕している人にしては不思議な物言いだなって思いながら、でも、ライバルを認めて彼はモニークを諦めようとしているのだと気が付いて、私はカイユーに微笑んでいた。
彼の気持ちは、ダグドに恋していてもエレノーラとの幸せを望む私と同じ気持ちと同じなのだと、私は気が付いたからだ。
「一途な人っていいわよね。私達ってきっと同士ね。」
私の左隣りがぶふぉっと吹き出して、聞いていた通りだと意味不明の事を呟いたが、私はフェールを問いただす機会を失った。
カイユーは怒ったような顔をしていたからだ。
「カイユー?」
無言のままカイユーは私の横を立ち、それからなんとシェーラの隣に座り、そして、シェーラを揶揄い始めたのである。
シェーラが頬を染めて嬉しそうにカイユーに揶揄われる姿に、良かったと思う私もいたが、どこかにシェーラを埋めてしまいたい私もいた。
何を考えているのだか。
これはきっと弟を取られた姉の気持ちって奴ね。




