朝食は客人と一緒
アールはダグドの歓待を受けて、領地内に作られている迎賓館に泊ったのだという。
アスランが王様だった以前に、ダグドがアスランを招くために空き家に手を入れて作った迎賓館だが、歓待された経験のあるアスランは堕落の館と呼んでいる。
私もそう思う。
この領地に来て電気や水洗トイレにシャワールームに洗濯室の洗濯機、それから電気オーブンにレンジを経験して、それではそれらが無い世界に戻れるか、と言えば、無理、の一言なのだ。
この領地の外に出ての生活など、私には絶対に考えられないし、したくもない。
ダグドがそのことに思い当たらなかったという事こそ不思議だが、私達にどうして恋人を作って結婚を考えないのかと聞いて来て、その答えを知って滑稽な程に私達が結婚をしない理由を理解した事には笑いしか出ない。
本当の本当は、私達はダグドの妻になれるのであれば、彼が作った魔法の道具もすべて捨ててしまえる。
私達が離れがたいのは、ダグドのみ、である。
これこそ彼に気付いてもらいたい本音なのだが、口に出せない私達の内緒だ。
さて、私は自分が招いた客人の為に朝食を持ち、アールが泊ったという家のドアを叩いていた。
コポポル国は絨毯を売って生計を立てている国であり、この世界では貧しい方の国でもある。
しかし、ダグドから絨毯織機とシルクの糸を購入し、それで絨毯を作って売って、最近はかなりの大金を手に入れているらしい。
絨毯は様々あれど、コポポルの絨毯に施される伝統的な図案は、他国では作り得ない素晴らしいデザインでもあるのだ。
私の部屋にも最近敷いたばかりだ。
シルクではなく元々の素材であるウール素材のものであるが、沢山の鳥と花々が描かれている赤色の絨毯は部屋を明るくし、気持ちまでも華やかせる素晴らしいものだ。
私が自分の部屋の絨毯を思い浮かべたその時にドアが開いて、ドアを開けた王様が私の顔を見て絨毯のように真っ赤になった。
「す、すいません。ダグド様だとばっかり!君にこんな格好を見せてしまって。」
「あら、私こそごめんなさい。あの、朝食を。」
彼はシャワーを浴びたばかりのようで、濡れた髪と半裸な姿で戸口にいるのだ。
私はダグド領にいる時の仕事をしていない時の服、ダグドが作ってくれた小花模様のある黄色いカシュクールワンピースにカーディガンという組み合わせに大きな籠を抱えている、という姿だった。
他の子達はそれぞれの似合いそうな色一色のワンピースだったが、私だけ花模様があるというのは、やはり、私には華やかさが足りないからということか?と貰った当時は悩んだものである。
「女神だ。」
「はい?」
「い、いや。あの。最高の朝食です。感激です。待っててください。すいません。直ぐに服を着てまいります!」
バタンとドアが閉まり、だが、五分もしないでドアが再び開いた。
彼はシロロ、最近新たにダグド領に来た子供だが、私達と違って生贄どころかダグドを生贄にしにきた魔王らしいのだが、とりあえずダグドの子供となって領地内をうろちょろしている、そんなシロロが着ているワンピースのような形のチュニックを羽織っていた。
しかし、シロロのように膝丈ではなく、足首くらいまでの丈があるものだ。
そして、髪の毛はぽたぽたと雫を落としていた。
「あ、あの。一緒に食べてくれるのかな。」
昨夜のふざけていた彼と違い、とても誠実そうというか、物凄く照れた風に私を伺う彼を可愛いと思ってしまった。
「朝食を私がテーブルに用意します。風邪をひきますから、髪の毛を乾かしていらっしゃいな。」
「ハハハ。そうだね。うん、素敵だ。こんな朝が毎日だといいのに。」
私までも顔が赤く染まってしまった事だろう。
彼の言ったそんな朝を、そう、男の人と暮らす日常を、私は自分をそこに当てはめて想像してしまったのである。
アスランの息子となった若夫婦の暮らしは、このダグド領では目にする事の出来ない生々しいくらいの新婚家庭であり、結婚という言葉に私達が憧れてしまう程に幸せそうな二人でもあるのだ。
「あぁ、ごめん。本当に昨夜までの事はごめん。」
「あら、何を謝っていらっしゃるの?」
「いや。私がふざけすぎて君に失礼だったら事だ。」
「気になさらないで。楽しくフザケさせてもらいましたから。」
「いや、本気なんだよ。」
私は彼に両腕の上腕を掴まれ、そして、彼に引き寄せられたが、彼の頭の雫が私の顔にかかるというアクシデントも一緒に起きた。
「わぁ、すまない。ええと、君はここに座って。それで、ええと、とにかく私は髪を乾かしてくる。そこにいてくれ!」
彼は私を素早く開放し、私の手から朝食の籠を奪うとテーブルの上に置き、そして言葉通りに私を優しく椅子に座らせた。
それから、私の顔にかかった雫を指先で拭ってから、彼は一目散にシャワールームに駆け戻っていったのである。
「うーん。モテない女を揶揄った事に罪悪感ってことかしら。きっとダグド様に文化の違いを教わったのね。ダグド様はそういう所が本気で厳しいから。」
でも、昨夜は少しどころかかなり楽しかったのだ。
モニークがイヴォアールにあんな風に口説かれていて、いつも羨ましいと彼らを眺めてしまうのだ。
うん、勿論私はイヴォアールが好きだが恋愛感情は無いから彼に口説かれたいわけではないが、でも、一生に一度くらいあんな風にして、君は素敵だ、なんて男の人に言って欲しい自分もいたのだ。
「冗談でも、いいんだけどな。口説かれるってちょっと楽しかったし。さて、スープを温め直しましょうか。アールとの朝食は楽しそうだわ。」
私はスープを温め直し、でも、その後の朝食は楽しいどころでは無かった。
彼は王子時代は行商で各国を回っていたからか、沢山の見識どころか、国々での文化の違いのこれはという笑い話や、素敵な土産物の小物の話などが詰まっている話し上手の人だったのだ。
私も世界を廻ってみたいと、初めて一瞬でも考えてしまった程だ。
そんなアールは、私が旅というものに興味を示したと読んだのか、私にコポポル国に来て欲しいと言い出したのである。
「あなたの国に?」
「君に見て欲しい。貧乏でボロボロな国かもしれないが、君に好きになって貰いたいんだ。輝ける君に、私は国を差し出しても良いとも考えてもいる。」
やっぱり、どこまで本気なんだかわからない物言いをする男だったが。
私はダグドに聞いてみる、と、子供のような返答をしていた。




