ダグド領に戻ったら
ダグド領への帰還は意外とすんなりできた。
商談が成立し、それが儲け話となるのであれば私を閉じ込めてダグドの不興を買うよりも、普通に仲良くさようならをした方が得だと商売人ならば考えるからであろう。
でも、ダグドは私の行為には賛成できかねるって顔だった。
出迎えた彼は私によくやったと褒めるどころか、文句を言ったのだ。
「俺は鎖国していたい。」
「――お米は食べたく無いの?」
「他国と貿易してまで食べたくはない。俺は小さく生きていたいの。」
お前は巨大な巨悪な竜だったんじゃないのか!と、私は叫んでしまいそうだったが、彼の次の言葉に黙るしかなかった。
「君が無事で良かったけれど、今後も君があんな毒蛇の巣に行くことになるかと思うと、俺は心配で気が気でない。」
「もう、ダグド様ったら。」
なんて卑怯な物言いだろう。
私は私を心配する父の胸に飛び込もうとして、邪魔な客がいたことを思い出させられる結果となった。
「お父さん!心配はご無用ですよ。私がノーラ様をお守りします。えぇ、えぇ、一生だって守っていきます。」
アールは本当にふざけた男だ。
彼は帰りの飛行機の中、ずっとこんな調子で私を揶揄っていたのだ。
君は美しい宝石のようだ、とか。
どんな男だって君を妻にしたいと望むだろうって。
砂漠の男は女とみると口説くから気を付けろとカイユーに耳打ちされていたが、本当にその通りだったのだ。
これは、口説かないと女性に失礼に思うという、文化の違いなのかもしれない。
「もう。アールは冗談が過ぎます。冗談ばっかりな所はアスランにそっくりですね。アスランはあなたに会えてとても喜ぶはずだわ。私、アスランに伝えてきますね。」
「いや、いいよ、ノーラ。カイユーが既に走っていった。君は疲れたでしょう。部屋に戻ってゆっくりしておいで。こちらの御仁の案内は俺がする。」
私はダグドがアールに対して慇懃無礼だな、と思いながらも、アールに頭を下げて自分の部屋に戻ることにした。
ぶらぶらと領地を歩いていると、ぐいっと左腕を掴まれた。
「あら、カイユー。」
「送っていく。」
私はカイユーの真面目な顔を見て、それから腕を引かれた場所から自分が戻る自宅である屋敷の屋根を見て、何が起きたのだろうかと不思議に思った。
あと百メートルも無い帰り道だぞ、と。
そこで、カイユーはきっと悩み事があって姉と慕う私に相談があるのだろうと考え、彼が相談しやすいように、私は広場へ行こうと彼に提案した。
「広場へ?」
「うん。夜間は誰もいないから今の私達にはちょうどいいでしょう。」
カイユーは真っ赤に頬を染め、それから子供のように俯いて、うんと答えた。
広場へと歩く道すがら、カイユーは私の腕を離さなかったので、尚更に迷子の弟を連れて歩く姉のような気持ちになっていた。
彼は一体どうしたのであろう。
辿り着いた広場は昼食用のレストランも閉まっていて、領民が全員食べられる沢山のテーブルも出していない状態であれば、閑散どころか荒野のようなふきっ晒しの広々としただけの寂しい空間でしかない。
椅子も無ければ座るところは縁石だ。
私はカイユーを連れながら、適当な場所に腰を下ろした。
彼も私の隣に腰を下ろし、そして、私は彼の告白を聞こうと、でも、無理強いはしたくないからと星を見上げた。
ダグド領は夜でも家々の灯りが付いているからか星が遠くに見えるが、真っ暗な広場にいるせいか、今日はいつもよりも星の数も多く輝いて見える。
「星が奇麗ね。」
「……褐色の肌の男の方が男前なのかな。」
私は一体何のことかとカイユーに振り向き、彼は私から顔が見えないように顔を背けていた。
意味がわからない。
でも、もしかして、と思った。
モニークとイヴォアールの事だ。
カイユーの上官であるイヴォアールはモニークに凄く惚れていて、モニークの親友である私の仕事を手伝う事でモニークに少しでも近づこうと腐心している。
彼は褐色の肌に灰色の髪に灰色の瞳という砂漠の王子様のような外見であり、モニークは彼を最近避けているが、モニークが彼の姿を目で追っている所を見つけたのは一度か二度ではない。
そして、カイユーは色白だ。
アルバートル隊の中では一番の色白と言ってもよい。
彼と仲の良いフェールという名の黒髪に黒っぽい瞳の青年は、彼も色白でもカイユーよりは黄みを帯びている。
褐色の肌の男の方が良いとは、カイユーもモニークを好いていたのだ。
そうだね、カイユーはモニークをさんづけするのに、私はただの姐さんだ。
妹みたいに可愛いともカイユーは言ってたでは無いか。
自分の中の何パーセントかががっかりしているのも不思議だが、私は星を見上げて、自分が人を惹きつける星ではないと何度言い聞かせれば私という自尊心は私という人間を受け入れるのだろうと情けなく考えた。
「外見だけが全てじゃないし、でも、好きになるのは理由なんてないわよね。」
「……そうだね。理由なんて必要ないね。好かれるか、そうじゃないか、だ。」
「カイユー?」
彼は素早く立ち上がると、真っ暗な広場に私を残して駆け出して行った。
「そんなにモニークの事が好きだったのね。」
彼が立ち直れるように、明日からは少しだけ優しくしてあげようと思った。




