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黒竜の養女となったノーラさんの備忘録  作者: 蔵前
皆が年を一つとる前に
124/127

乙女のキス

 キス一個でアルバートルはエンプーサの呪いから解かれるらしいのだが、そのお相手には私が選抜された。


 アルバートルの指名ではない。

 乙女隊の多数決の三対一の結果だ。


 もちろん、反対の一票は私であり、どうしてアリッサでは無いのかと考えたそこで嫌な事を思い当たり、私はリリアナの腕をつかむと部屋の隅に彼女を引っ張っていった。


「どういうこと?アリッサはええと、」


 奴隷市場に売られたあの子は、シェーラのように性的な乱暴をされた事でもあるの?


 こんな所で本人のいる前で声を出して尋ねる事でもなく、私は口を開けたまま次の言葉を紡ぎ出せなくなった。


「わたくしはそこは確認した事は無いけれど、あなたもあの子の告白を聞いて知っているでしょう。わたくしはあの子がダグド領に来た当時を知っていますからね、あの子にこれは無理強いしたくはないわ。」


 さすがのリリアナは私に尋ねたい事がわかっているようであった。


「おい!何をくっちゃべっている!とっとと終わらせてくれ。額へのキスでいいんだよ。さあ!俺の可愛い花嫁さんよ、さっさと来てキスをしてくれよ!」


 長椅子ソファに偉そうに腕を組んで座りながらがなる男をしばし見つめ、私はちょっとタイムと声を上げると居間を出ていくことにした。


「タイムって、おい!で、どこに逃げる気だよ!」


「うっさいな!失敗したらどうなるのかシロちゃんに確認してくるだけよ!」


「ノーラ。あなた最近言葉が汚いわ。流されるって一番よくないと思うの。」


 私は口元を押さえ、私の言葉を汚くした本人を睨んだ。

 カイユーはアルバートルのような汚い言葉を喋らない。


「ああ、本当に私は情けない。カイユーが好きになってくれたあの頃の私を取り戻さなければ。上品なノーラ様を。」


「ふふ。あなたはあなたのままでよくてよ。気を付けるのは言葉だけ。」


「ありがとう、リリアナ。では、シロちゃんを捕獲しに行きましょう。シロちゃんが慕うあなたが一緒ならあの子は姿見せてくれるかも。」


「僕はずっとここにいました。」


 しゅんとした寂しそうな声が響いたとその時、微かなバニラの香りも私の鼻をくすぐった。

 私は慌てた様にしてシロロのいるはずの空間に手を差し伸ばし、両手が彼に触れたと分かったそこで彼を引き寄せて抱き締めた。


「捕まえた!よっし、シロちゃん。お姉さんとちょっとお話しよう!」


 私に抱きしめられたシロロは私の腕の中で色彩を取り戻し、そして、真ん丸な目のまま頬を真っ赤に染めて私をまじまじと見つめている。


「あら、どうしたの?」


「すごいです!ノーラ姉さまも僕を捕まえられました!」


「ええ、あなたが大好きな人はみんなあなたを捕まえられるのよ。普通の人間だから、あなたがヒントをくれた時じゃないと気付けなくて悲しいけれど。」


「えへへへ。」


 小さな魔王は嬉しそうに私に抱きつき、私は彼をさらに抱きしめると彼に聞きたかった事を尋ねた。


「ねえ、失敗したらどうなるの?あなたはアルバートルから逃げ回っているでしょう。私はそこが心配で。」


 気分の高揚している魔王様はそれはそれは気軽そうに答えてくれた。


「エンプーサの卵が頭につくだけです。」


「女の頭にも?」


「女性の頭にこそつきます。だって、卵を産むのは女の人だもの。」


 アルバートルは私達の会話に対して大きな舌打ちをしただけで私から顔を背け、彼は全部シロロから聞き出していた上で私達に何の説明もしなかったのだと私はしっかりと理解した。


「ちょっと!私があなたの卵を貰っちゃったらどうするのよ!」


「お前の無垢な婚約者からチューして貰えばいいじゃねえか!相思相愛の恋人同士ならば絶対に呪いは解除できるんだからよ!」


 すると、私達の目の前でおかしなことが起きた。

 なんと、モニークがトテトテとアルバートルの前に歩いていくと、うわ、彼女はアルバートルの額にキスをしようとしたのだ。

 私はアルバートルが硬直どころか豆鉄砲で撃たれた鳩になる姿を初めて見た。

 ただし、モニークの行動を諫めようとするモニークの恋人がここにはおり、モニークはアルバートルの額に唇が触れる寸前でイヴォアールに掲げ上げられた。


「ダメでしょう!」


「あら、だって。アルバートルはあなたの親友じゃないの。」


 モニークを幼い子供のようにして持ち上げている男は、気軽な恋人の言葉に首を横に振って見せた。


「あたしたちは相思相愛じゃないの、どうしたの?あたしが失敗したらあなたが助けてくれるでしょう。」


 モニーク以外わかっていた事だが、イヴォアールは無垢な男で無いだろう。


 ただし、自分が無経験の男だと婚約者に思われていたと知った男は氷のようにカキーンと固まり、私を含めた誰も何も言えなくなった。

 いや、この状態を引き起こしたアルバートルただ一人だけが、私にだけわかるようにして声を出さずに口だけをパクパクとして見せていた。


「お前が何とかしろよ。」


 できるか!

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