最後に残ったエンプーサの撲滅方法
詳しく聞けば、アルバートルはシロロから提案された事は昨日一日で全部実践していたのだという。
それでもエンプーサの卵が取れないと私を呼んだ訳は、シロロ様のアドバイスの中で彼一人では実行不能なものが一つだけ残っていたからである。
塩を被っても駄目だった。
魔の王様であるシロロ様こそ塩の利いたバターが大好きじゃないか。
聖水もお祈りも駄目は、アルバートルこそ教会に見切りをつけてガルバントリウムから脱走した脱走兵である。
彼の忠誠はダグド様へ一直線なのだ。
信仰を捨てたマーラ神に対して彼が拝みなおすなど出来ないだろう。
ちなみに、ダグド様こそこのマーラ様が名前を聞くのも嫌な程にとってもお嫌いらしく、幼い頃の私達の誰かがマーラ様のまの字を言いかけたところで、彼は真っ赤になって怒り狂ったものであったのだ。
「うちの子はそんな言葉を人前でも口にしちゃあいけません!」
恐ろしい竜の彼が十二・三歳の女の子を叱るのにそんなお母さんのような言い方はどうかと思うが、私達が成長しきった今でさえも時々柱の影から心配して覗き込む母親みたいにして覗いている事もあるので、それは彼の仕様なのだろう。
私はそこで何となくダグドが隠れそうな階段下を覗けば、なんとそこにはシロロが丸くなってしゃがんでいた。
無表情でボーと私達を見ていた顔付にはぞっとしたが、白く輝くキノコのようにも見えて彼をそのままにしておきたい気もした。
なんて不気味可愛いのだろう。
でも、きっと仲間外れが悲しいのかもと、彼においでおいでと手招きをした。
「あれ、来ない。」
「あ、そこにいたか!シロロ様!」
アルバートルに気付かれて声をかけられると、なんと、シロロは立ち上がって廊下を走って逃げた。
しかし、構われたがりなのか、彼はすぐ近くの曲がり角に貼り付いてこちらを顔だけ出して伺っている。
「くっそ。近づきやしない。ちょっと、あなたは俺を何とかしてとダグド様にお願いされたたでしょうよ!どうして何もしてくれないのですか!」
シロロは廊下の曲がり角の壁に、ピュッという風に素早く姿を隠した。
「あなたはシロちゃんに何をしたの?あんなに脅えちゃって。」
「俺は何もしていないし、彼はダグド様に俺を頼まれた癖に何もしてくれず、俺から距離を置いて逃げる一方。もう俺はがっかりだよ、シロロ様の為にエランを呼び戻したのに、エランにもさらにがっかりさせられたしね。」
「あら、エランさんにあなたは何をなさったの?」
リリアナの珍しく驚いたような声の言葉に対して、モニークもうんうんという風に頷きながら言葉を続けた。
「そうよね、エランさんが人の頼みごとを断るなんてありえない気がする。」
アリッサもぴょこっと頭を出して口も出して来た。
「そうそう。エランさんは心遣いの人だって私も思うわ!」
アルバートルは自分は呼び捨てなのにエランが乙女隊では「さんづけ」であることを知って口角をピクリとさせたが、彼女達の質問に答えるどころか皮肉そうな笑顔を作った。
「さあ、お知りになりたいならば居間に移動しましょうか。」
「え、お風呂場じゃ無いの?あなたは本当に人前で裸になるのが好きね。」
「ば、ばかやろ。風呂場指定はちょっとしたプライバシーの確保だよ。何せ、最終手段は純粋な者からの祝福のキスだからな。」
私達四人は恐らく一人を除いて嬉しいではない悲鳴を上げたと思う。
ただし共通した悲鳴の声は一緒で、本気で嫌そうで投げやりにも聞こえる濁点のついた「あー」という声だ。
私達の嫌そうな悲鳴を受けた男は、そのことに傷ついた顔をするどころかそれはもう最高の笑顔を私達に向けた。
私達に室温が百度上がったような錯覚を与えて四人の頬を真っ赤に染めさせた上に、足元が力を失ってぐらついてしまう程に物凄く魅力的な笑顔だ。
この神を模した石膏像め!
「最高だよ、お前達。ぜったいに俺にキスさせてやる。シロロ様!俺にキスしたくないならば、全部の出入り口の封鎖を頼みます!」
私達の後ろで厭らしぐらいに大きな音を立てて、ガチャリと玄関の鍵が完全に施錠された。




